400話:そして繋がる物語
廊下を進み、大広間へと向かう。
睦はニコニコ顔で、バレッタに話しかける。
「ほんっと、こんな美人さんがお嫁さんになってくれるなんて! バレッタさん、ありがとうね!」
「い、いえ! 私のほうこそ、カズラさんと結婚させていただいて、ありがとうございます!」
「これから、よろしくね! あ、それって婚約指輪?」
「はい。カズラさんが、プロポーズしてくれた時にくれました」
「かわいい指輪ね! カズラ、やるじゃないの!」
「は、はは……」
うきうきの母に、一良は戸惑い気味だ。
彼女はいつも元気なのだが、今日はそれが爆発している感じである。
そうして広間に着くと、そこには一良の親族数十人が、一堂に会していた。
それまでがやがやと話し込んでいた面々が、一斉に一良たちに目を向ける。
若い夫婦から高齢夫婦までさまざまだが、独り身の者や子供の親族は1人もいない。
長テーブルには寿司やオードブルが並び、ビール瓶やウーロン茶のペットボトルが置かれている。
「おっ! かず君が来たぞ!」
「わあ、綺麗な人……」
「かわいい! えっと、人間……かな?」
「耳は普通だし、尻尾もなさそうだよね。鱗とかはどうなのかな?」
「私と同じ、ヴァンパイアだったりして」
「普通の人間だとしたら、かなり珍しいですよね!」
口々に話す親戚たちに、バレッタがたじろぐ。
だが、はっとすると、姿勢を正して腰を折った。
「バレッタと申します。種族は人間です。よろしくお願いします」
バレッタの挨拶に、皆が「よろしく!」と声を上げる。
「まあまあ、座って! 主役はここね!」
睦に中央の席を勧められ、2人が座布団の上に腰を下ろす。
一良の左側は義忠とりあ、バレッタの右側は睦と父親の真治だ。
睦が、一良とバレッタのコップにウーロン茶を注ぐ。
真治はビールを入れたコップを手に、立ち上がった。
「皆さん、息子のお嫁さんのお披露目会に集まっていただき、ありがとうございます。まあ、特に何をやるってわけでもないんで、大いにくっちゃべって飲み食いしましょう。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
何とも適当な挨拶で乾杯し、皆がコップに口をつける。
ぱちぱち、とお決まりの拍手の後、女性陣が一斉にバレッタに話しかけ始めた。
「私、エリシスっていうの。こっちでも名前は同じよ。よろしくね!」
「私はサフィー。こっちでは桜って名前で――」
若い女性陣を中心に、次々にバレッタに自己紹介をする。
エリシスは赤毛のロングで、西洋風の顔立ちをした美人だ。
サフィーは黒髪で童顔のかわいらしい女性なのだが、頭に猫耳が付いていた。
バレッタは自己紹介されるたびに、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
どうやら、瞳の色がブラウンで、髪が黒く顔立ちが日本人っぽい人は日本名を名乗っているようだ。
そういった人は、全員が女性だ。
皆、見た目は人間そのものなのだが、よく見てみると数人の女性の頭に、動物のような耳が生えていた。
バレッタは思わず、サフィーの頭に付いた猫耳を見つめてしまう。
「あ、これ? 本物だよ。普段は帽子で隠してるの」
サフィーが、ピコピコ、と猫耳を動かす。
本来人間の耳があるはずの場所は髪で隠れているのだが、その部分はどうなっているのだろうと内心首を傾げた。
「バレッタさん、初めてこっちに来た時、びっくりしたでしょ? いきなり頭の中に、ばーって何かが入ってきてさ」
「え? 頭の中に、ですか?」
何も思い当たらず、バレッタが小首を傾げる。
「うん。聞いたこともない言葉の情報が、ばーってさ。それで急に日本語が話せるようになるんだもん。私その時、頭がパンクしそうになって吐いちゃったよ」
「あ、あの、私にはそんなことは何も……」
「え? 頭に何も入ってこなかったの?」
「はい……あ、もしかして、あちらの世界にいる間に、日本語を覚えちゃったからでしょうか?」
「……自力で日本語を覚えたの?」
サフィーが信じられない、といった顔になる。
隣にいるエリシスも、「マジか」と唖然としていた。
ちなみに、エリシスは一良の従弟と国際結婚したと、一良は聞いていた。
やたらと日本語が上手いなと思っていたのだが、そういうからくりがあったらしい。
「頭がいいんだねぇ。それはそうと、バレッタさんは、りあさんと握手した? 力比べのやつ」
エリシスが興味津々といった顔を、バレッタに向ける。
「はい。頑張ったんですけど、ものすごい力で。簡単に負けちゃいました」
「あはは、だよね! 私なんて、今までやった中で一番非力だって言われちゃったよ」
「あんなの、無理無理。素手で鉄パイプをへし折れるんだよ? 勝てるわけがないって」
サフィーが、やれやれといったふうに笑う。
「あ、あはは……」
たぶん自分なら鉄パイプくらいはいけるなと思いながらも、バレッタは愛想笑いをする。
皆がバレッタのことを、かわいい、美人だと褒めたたえており、子供が楽しみだと話している。
バレッタが隣にいる一良の膝を、テーブルの下でとんとんと叩く。
「カズラさん、リーゼ様たちのビデオを見てもらわないとですよ」
「う、うん。でも、この空気で上映って、かなりまずいような……」
「でも、この場で言っちゃったほうが絶対にいいですって」
ハンディカメラと吊り上げ式スクリーンとモバイルプロジェクタは持ってきてあり、別の部屋に置いてある。
この状況で、「実は側室があと3人います」と宣言するのは、一良的にはかなり勇気がいる。
「そんじゃ、一良。恒例ってことで、あっちで何をやってきたかを話してくれ。長くなっていいからな」
真治が話を振ると、皆が口を閉ざして一良に注目した。
「えっと、その前に、俺からも聞きたいことがあるんだけど」
「おう。何でも聞いてくれ」
「別の世界に行く敷居がある部屋なんだけどさ。あそこを初めて見つけた時に、南京錠が掛かってて。それに触ろうとしたら、いきなり割れて消えちゃったんだけど、あれって何なの?」
「あれは、お前にだけ見えた幻覚だよ」
「げ、幻覚?」
「ああ。見る人によって、掛かっている鍵が違う。開かない扉に付いているものって思い浮かぶものが見えるんだ。俺の時は、木製の扉なのに溶接されてたぞ」
「ということは、鍵を無視して扉を開こうとしても、開いたってこと?」
「いや、当人と相性がいい相手がまだどの世界にも存在していないうちは、どうやっても開かない。仕組みは分からないがな」
「へ、へえ……」
とりあえず1つ目の疑問が解消し、一良が頷く。
「じゃあ、2つ目。ばあちゃんはドラゴンで、桜さんやエリシスさんも人間じゃないんだよね? 母さんも、人間じゃないの?」
「そうだよ」
真治が睦に目を向けると、彼女はにこりと微笑んだ。
「私ね、種族はラミアなの」
「ら、ラミア? 神話に出てくる、下半身が蛇みたいなやつ?」
「うん。びっくりしたでしょ?」
「そりゃもう……ていうか、母さんってまるっきり人間じゃん。ラミアなら、どうして足があるの?」
「私の種族は、いつでも脱皮できて自分で足を作ることができるのよ。脱皮すると怪我や病気が全部治って若返るから、実質寿命が永遠なの」
以前、睦が言っていた、「ずっとあなたのことを守ってあげたいと思ってるし、それもできるの。あなたがよぼよぼのおじいちゃんになってからも、それは同じなの」という言葉の意味が、ようやく分かった。
半ば不死である彼女なら、いつまでも若い姿のままで一良の傍にいることができるのだ。
「脱皮って……俺も、実はラミアだったりするの?」
一良が自分の足を触りながら聞く。
先ほど義忠から睦は魔眼を使えるといった話も聞いたが、そんな力を一良は自覚したことがない。
「ううん。私たちから生まれる子供は、全員が普通の人間として生まれるみたい。今までずっと、例外はなかったらしいよ」
「そ、そっか」
「他に、何か聞きたいことはある? あ、私の本当の名前はイレアだよ。睦っていうのは、真治が付けてくれたの」
「『目は口ほどにものを言う』っていう意味で、ちょうどいいかなってな。仲良しって意味もあるし」
はっは、と真治が笑いながら言う。
「酷いと思わない? 最初はいい名前って思ったけど、後から意味を聞いて凹んだもん。いくら魔眼があるからってさ」
少し不満げに言う睦に、真治が「別に悪い名前じゃないだろ」と苦笑する。
「あと、魔眼っていうのは、催眠術のもっとすごい版みたいなやつね。志野家の人間には効かないから、安心して」
「うん、それはよかった」
知らぬ間に性格を矯正されていたのでは、と一良は少し考えていたので、ほっとした。
あの、とバレッタが睦に話しかける。
「このお屋敷って、そもそも何なんですか? あまりにも超常的すぎて、どうなってるんだろうってずっと考えてて」
「それが、分からないのよ。大昔からあって、志野家の男は皆、あちこちの世界でお嫁さんを見つけてるってことしか分からないの」
睦が真治を見ると、彼は頷いた。
「前に一良には話したんだが、口伝であの扉の使いかたしか伝わってないんだ。ごめんな」
「いえ……それと、こっちでお嫁さんを見つけたら、その人はお屋敷を使わないってことですよね?」
「ああ。ただ、どういうわけか、こっちの女の人とだと子供が作れないんだ。だから、俺の世代までは、皆が半ば強制的に他の世界に行かされてた。俺は別に、子供が作れなくても本人が幸せになるならいいと思って、一良にはそう仕向けなかったけど」
「でも結局、使わせることになっちゃったよね。一良、全然彼女ができないんだもん」
「な、なるほど。ありがとうございました」
バレッタがぺこりと頭を下げる。
「一良、他に質問は?」
真治が再び、一良に聞く。
「んー……あ。この屋敷が、30年間放置されてたってのは、嘘なんだよね? 初めて来た時、やたらと綺麗だったから、何でだろって思ってさ」
「そうだ。綺麗だったのは、じいさんばあさんが掃除しに来てたからだよ。お前が向こうに行ってからも、時々掃除してくれてたんだ。建物はどういうわけか、まったく劣化しなくて、ずっとこのままだな。時代によって、いきなり外観が変わることがあるみたいだが」
「そっか……あと、父さんたちの馴れ初めも気になるけど、それは後でいいや」
「よし。じゃあ、お前たちの話を――」
「ごめん。その前にさ、皆に見てもらいたいものがあって。ちょっと待ってて」
そう言って、一良が立ち上がる。
バレッタも席を立ち、2人して広間を出て行った。
何だろう、と皆が待っていると、ハンディカメラ、プロジェクタ、吊り上げ式スクリーンを手に、2人が戻って来た。
それらを部屋の壁際に手早く設置し、一良がプロジェクタの電源を入れる。
「ん? 何を見せるんだ? 映画か?」
「ううん。見れば分かるから」
一良は強張った笑みを浮かべ、バレッタに目を向けた。
バレッタが頷き、パソコンの電源を入れた。
デスクトップに置いておいた動画ファイルを再生する。
真っ白なスクリーンに、バレッタの家の居間を背にした、リーゼ、ジルコニア、エイラの姿が現れた。
真ん中にいるのはリーゼだ。
「うわ! 真ん中の子、超美人! やばくない!?」
エリシスが思わず声を上げ、男たちからも「おおっ」と声が漏れる。
『お義父様、お義母様、初めまして。リーゼ・イステールと申します』
『ジルコニアです』
『エ、エイラです!』
緊張した様子で、3人が名乗る。
真治たちは皆、唖然とした顔でスクリーンを見つめる。
『このたび、私たちはカズラの側室にしていただきました。子供ができ次第、改めてご挨拶に伺わせていただきますので、その時は――』
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 一良、どういうことだ!?」
真治が大慌てで、一良に叫ぶ。
「い、いや。今、リーゼが言ったままなんだけど……」
「言ったままって、お前正気か!? バレッタさんを含めて、4人も嫁さんを貰ったのか!?」
「う、うわぁ。かず君、マジかぁ……」
「ハーレム……ってコト!?」
エリシスとサフィーが騒ぐ。
この2人、とても仲がいいようだ。
そうしている間に、リーゼが自己紹介を始めた。
簡潔に話し終え、ジルコニアに顔を向ける。
『では、次はお母様が』
『ええ。私は、元イステール家の者で――』
「お母様!?」
「親娘丼だ!?」
エリシスとサフィーが、即座に反応する。
睦は驚愕の顔で一良を見た。
「一良! あんた、不倫したの!?」
「違うって! ジルコニアさんは、ちゃんと旦那さんと別れてるから!」
「略奪愛!?」
「フルコンボ!」
まるで合いの手を入れるかのように、エリシスとサフィーが言う。
2人とも顔は驚いているが、どことなく楽しそうだ。
ジルコニアとエイラも自己紹介を終え、3人が「どうぞよろしくお願いします」、と頭を下げて動画が終わった。
しん、と広間が静まり返る。
「……え、えー、そういうわけで、もうしばらくしたら、彼女たちもこっちに来ます。その時にまた、皆に挨拶をさせてもらいたいです」
「皆さん、よろしくお願いします」
深々と腰を折るバレッタに合わせ、一良も腰を折った。
プロジェクタとノートパソコンの電源を切り、そそくさと自分たちの席に戻る。
皆、唖然とした顔で2人に視線を送る。
「じゃ、じゃあ、俺たちの馴れ初めを話せばいいのかな?」
一良が真治の顔をうかがう。
「……まあ、お前もいろいろあったんだよな」
真治が苦笑し、ビールをあおった。
とん、と空になったコップをテーブルに置く。
「よし、お前たちの物語を聞かせてくれ」
にっと笑う父に、一良は頷くと口を開いた。
「宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する」
これにて完結となります。
一良たちの物語、お楽しみいただけましたでしょうか。
2010年8月15日から投稿を開始し、約13年半もの長期連載となりました。
最後まで読んでくださり、心より感謝申し上げます。
最終巻となる書籍18巻のほうには、完結後の一良たちの後日談と、異世界に通じる屋敷の秘密が明かされるエピソードが書かれています。
もしよろしければ、書籍を手に取っていただけると嬉しいです。
また、完結設定にはしますが、そのうちこちらで番外編を書くことがあるかもしれません。
思い出した時にでも、チェックしていただけると嬉しいです。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
皆様の心に、本作が末永く残り続けてくれますように。




