不可解な出来事と実践
次の日からは、一連動作の「盾」の部分を「宵闇の傲岸」に変えることにした。
センナが憑依し、砂浜で修行をしていると事件は起こった。
「剣を振る、宵闇の傲岸を発動する、避ける動作をする」を順に行動し、三回目の宵闇の傲岸を発動させた時、センナはまた倒れてしまった。
「──おいセンナッ、大丈夫かッ!?」
ウィルモルツは、頭の中から必死に呼びかける。
「センナッ、頑張って解除と言うんだッ!! なんとか頑張れッ!!」
「か……かい…じょ……」
センナが言葉にすると、砂浜に転げるように排出された。
すぐさま起き上がり、センナを抱きかかえ、急いで森の寝ている場所に運んだ。
センナが寝ている間、ウィルモルツは考えた。
そして、一つの可能性に辿り着いてしまう。
それは病気だった。
この環境で暮らしている中で、何らかの悪影響を受けてしまい、病気になってしまったんじゃないかと。
最終的に辿り着く先にその存在を置くと、安易ではあるが綺麗に繋がってしまっていた。
他にも可能性は考えられた。
そもそも元から病気だったとか、身体が弱いとか。
いや……身体が弱いはないか。七歳の時に、小屋まで自分の足で歩いている。
しばらくしてセンナが起きる。
また、何事もなかったかのように立ち上がった。
ただ、前回よりも立ち上がるまでの時間は伸びていた。
このまま問題を放置しておくわけにはいかない。
ウィルモルツは問いただしてみることにした。
「なあセンナ……お前、何か病気だったりするのか?」
センナはすぐに頭を横に振った。
「…………」
ウィルモルツはじっとを見る。
センナは目線を逸らさずこちらを見て、嘘をついているようには見えない。
ウィルモルツは悪魔だから、そういった部分を見抜く自信は持っていた。
お互い無言でいて、しばらくしてセンナを信じて声をかける。
「センナ──合体した状態での修行はなしだ。これからは前みたいに母親──母さんが教えてくれた方法で、また修行するぞ」
もうさせてもらえないと思っていたのだろうか、センナはぴょんぴょんと跳ね、とても嬉しそうにしている。
次の日からはミレシュの一連動作に戻した。
修行を続けていくうちにセンナが避けるために必要なパンチも、日に日に速くなっていった。
✿
月日は流れ、センナは十二歳になった。
十二歳になったセンナは顔つきがしっかりして、体も細身ではあるが、二年前に比べると大きく成長していた。
身体が成長したことで、着ていた紺色の稽古着がかなりきつくなっていた。
ウィルモルツが城で盗った裁縫道具を使って、今の身体に合うように直す。
破れた部分や拡張する部分は、その辺で地道に集めていた布や、赤いドレスを切って繋ぎ合わせた。
紺色と赤色が繋がり合って、多少おかしくみえる。
髪もウィルモルツと同じ腰あたりまで伸びていた。
裁縫でみせた器用さを活かして、肩あたりまでウィルモルツが切る。
センナが言うに、器用に裁縫を行う姿は「似合わない」そうだ。
ウィルモルツの中では、ハサミを使った作業は結構楽しめるそうだ。
「宵闇の傲岸!」
いつもの砂浜で、ウィルモルツが大きな影の腕を形成させる。
「いいかセンナ──お前もいつか、この技をまた使うときが来るかもしれない。だから一応、どんなものか知っておく必要がある。そういう学びが大切なことも覚えるんだ。じゃあ、とりあえず殴って来い」
センナはあの日以降、闇の腕を使ってないが、決してトラウマになったわけではない。
「おじさん、思いっ切りいくけどいいの?」
「ああ、構わん」
センナはウィルモルツに向かって走っていく。
子供用サイズの剣を両手で持ち、思い切り影の腕に剣を振った。
──ガキイイィィン!
金属のような音が響き、硬い何かに弾かれたセンナは尻もちをつく。
「いっ……いったぁ~……」
「どうだ? こうして自分で体験することで、これがどれくらいなのかとか、どう使うのかが知ることができただろう」
センナは立ち上がり、影の腕を剣で軽く叩く。
「でも、これ、攻撃には使えないんでしょ?」
「……試してみるか?」
ウィルモルツは闇の腕を空へかざすと、センナに向かって振り下ろした。
急なウィルモルツからの攻撃だったが、素早く察知して横に避ける。
「よし、いい反応だな。だが、今ので判定がないことが分かっただろ。足の部分が当たってたぞ」
「──ええっ!? 当たってなかったしぃ~!」
センナはほっぺを膨らましたが、当たり判定がないため、どっちの主張が正解だったかはわからない。
このように、センナは自分の意見をはっきり言葉にするようになっていた。
そしてなぜか、センナが歳を重ねるごとに、ウィルモルツの呼び名が「おじちゃん」から「おじさん」に変わっていた。
「……ねえおじさん。私って、こうして修行ばっかりしてるけどさ……実践みたいなのってしなくていいの?」
「どうした、やけに積極的だな?」
「だって、こうして修行してるけどさ……自分がどれくらいになったとか分かんないし……」
「まあ、確かにそうだな。なら、試してみるか?」
✿
二人は砂浜から森へ移動し、一頭の猪みたいな生物を茂みに隠れて眺める。
その生き物は、木の実や果実を採取している最中に時々見かけていた、特にこれといった理由はないが手を出さずにいた生き物。
かつてウィルモルツが地獄にいた頃、地上界に「猪」という似たような獣がいた。
この世界のそれは、その時に見た獣より一回り大きめだった。
「あれが標的でいいのか?」
対象はセンナが選んだ。
「昔、お母さんが外に連れていってくれたとき、近くに一緒に居た兵士さんがアレを倒してた。たしか名前は……『イノシッシー』だったかな?」
どうやらセンナは初見ではなさそうだ。
初めての実践が、まったく未知の生物になるよりはいいだろう。
しかし、どこの世界でも生物の名前は似てくるものなのだろうかと思うウィルモルツであった。
「なるほどな。じゃあ、憑依はするか?」
「え~っと……する!」
センナは憑依すると、正々堂々とイノシッシーの前に立った。
センナの性格を知るウィルモルツからすれば、実に彼女らしい行動だった。
「いいかセンナ──ヤバそうなら、迷わず宵闇の傲岸を使え。ただし二回までだ。それ以上は絶対に使うな。二回使ったら諦めて、全力で逃げることを考えるんだ。それと、実践は練習と違って、上手くいかないのは当たり前だと思って気楽にいけよ」
「わかった!」
イノシッシーがセンナに気づくと、突進の姿勢から荒々しく前足で土を蹴る。
狙いを定めたのだろう、凄まじい勢いで向かってきた。
何度も練習したパンチを思い出し、センナは突進を冷静に横へ飛び、ひらりとかわす。
勢いよく通り過ぎていったイノシッシーは、動きを緩める。
ゆっくりと動き、向きを変えると、再びセンナに狙いを定める。
土を蹴りはじめ、もう一度向かってきそうな気配だ。
センナは思いついたことがあり、ウィルモルツに確認する。
「ねえ──たぶんイケると思うんだけど、試してみていいかな?」
「なんだ、何か勝てる方法でも思いついたのか?」
「失敗してもいいなら、自分で考えたことをやってみたい」
ウィルモルツが少し考え告げる。
「あー、わかった! やってみろ!」
「宵闇の傲岸っ!!」
センナは左手に影の腕を創った。
危険な状況でもないのに贅沢な使い方ではある。
だが、ウィルモルツはその行動を注意しなかった。
センナには、自分で考えて戦うことを学んでほしかったのだ。
とりあえずは何も言わず見守ることにする。
突進してくるイノシッシーを、センナは影の腕で正面から受け止めた。
激突の瞬間、イノシッシーが宙に舞ってひっくり返る。
ドシーンと地響きを立てて落下し、そのまま横転した。
センナには強い衝撃による影響はない。
影の腕が勢いを吸収していたのだ。
イノシッシーが起き上がれずにいるのを見て、すぐさま間合いを詰める。
影の腕を消すと同時に、横転している胴体に臆することなく飛び乗る。
持っていた剣を両手で握り直し、左、右と胴体を斬った。
暴れる上でバランスを保ち、最後に剣を胴体に突き刺して引き抜くと、そこから飛び下りて様子をうかがった。
イノシッシーが動きそうな気配はない。
センナは初めての実践を、予想していた以上にあっさりと終えた。
「どうやら倒せたようだな。よかったぞセンナ!」
センナが試みた対処法は、ウィルモルツからしてみれば普通だ。
だが、自分で考えて対処してみせたことに嬉しさを感じていた。
「……くが食べたい……」
「──え、なんだって……?」
はっきりと聞こえなかったセンナのつぶやきを聞き返すと、抑え込んでいた感情を露わにするように言葉にした。
「お肉が食べたいっ!!」




