憑依
この世界にも四季が存在する。
幸いにも激しい寒暖差はなく、年中穏やかな気候に恵まれた。
ウィルモルツが元いた世界で例えるなら、ずっと春が続いてるような心地よさだ。
ただ、季節の移ろいに合わせて、咲く花や実る果実は変化があった。
当然、冬には雪が降る日もあった。
さすがにそんな日は冷え込みが厳しく、森で見つけた洞窟の入り口付近へ移動し、身を寄せ合いなんとか凌いだ。
そんな日々を続けて、約三年が過ぎる───。
✿
センナは十歳になり、だいぶ髪が伸びた。
センナが言うには、ウィルモルツは外見の変化がないそうだ。
悪魔であっても歳をとるのだが、この世界に転移させられた影響かもと、ウィルモルツは解釈していた。
二人は良い関係を構築し、だいぶ普通に会話するようになっていた。
海が青い。今日も砂浜で、謎の一連動作をする。
その時、ウィルモルツはふとあることを思い出した。
「そういえば、お前の母さん……憑依がどうたら言ってたな……」
「ひょおい──?」
センナがそう言葉を口にした瞬間だった。
ウィルモルツの身体が、まるで溶けるようにセンナへと引き寄せられる。
「なっ、なんだっ!? ウっ、ウオオオォォーッッ!!」
驚き叫ぶウィルモルツだったが、センナの身体に吸い込まれた途端、その声はピタリと途絶えた。
センナの全身が、ほんの一瞬ピカっと光る。
「──何が起きた!?」
ウィルモルツが言葉にすると、センナが「ぎゃあ!!」と声をあげ動揺した。
「……おっ……おじさんの声が、頭の中からきこえる……」
どういうことだ……?
その言葉にウィルモルツも理解が追い付かない。
「……と、とりあえず落ち着けセンナっ! これはおそらく母親の魔術だ!」
その言葉を聞いたセンナは、目に見えて落ち着きを取り戻し始めた。
もちろんこれが、ミレシュの魔術なのは事実だ。
この数年間の付き合いで、ウィルモルツは学んでいた。
センナには「母親の何か」と伝えれば、ある程度の事に対処できることがわかったのだ。
センナの〝扱い〟に慣れていた。
「あー……いいかセンナ。これはたぶん融合──そうだな……分かりやすく言うと『合体』したんだ。なにかしらの方法で解除できるはずだ」
「かいじょ?」
センナがその言葉を口にした瞬間、ウィルモルツはセンナの背後へと、強制的に排出されるように弾き飛ばされた。
「──センナっ!!」
急に背後から名前を呼ばれ、センナはビクッと身体を震わせる。
恐る恐る振り返ると、そこにはウィルモルツが立っていた。
ウィルモルツは無言で「大丈夫だ、安心しろ」とジェスチャーで伝え、センナを落ち着かせた。
センナだけでなく、自身も落ち着かせる。
そして、一連の出来事について原因を考え話す。
「いいかセンナ。おそらくだが、お前が『憑依』と言うと合体するのかもしれない。これに関しては、お前の母さんから聞かされていなかったから、俺も驚いた。それで解除と言うと、またこうして元に戻るのかもしれない。わかるか?」
センナは考える素振りをみせ、頭を縦に振る。
「よしっ! それじゃあ、もう一度合体してみるぞ、いいか?」
センナは露骨に嫌そうな顔をしたが、できればしてほしい思いだ。
憑依に関して、ある程度は既に理解ができていたので、色々と試しておくことで今後の取り組み方が変わってくる。早ければ早いほど助かる思いだ。
「いいかセンナ。これは母親が、お前に残してくれた力だ。俺もお前も、この力について知る必要があるんだ。あー、練習──練習だと思ってやってみるんだ」
ウィルモルツはやる気を引き出そうとするが、センナの表情は見るからに嫌そうである。
それを見て説得は諦め、仕方なく待つ。
センナもウィルモルツをじっと見ていた。
センナもウィルモルツが何を思っているのか考えてたのかもしれない。
しばらくして、渋々「わかった……」と言いながら頭を縦に振ってくれた。
お互い砂浜で向き合いながら立つと、言われた指示に従いセンナは声にした。
「ひょおい!!」
また溶けるようにウィルモルツが吸い込まれる。
どうやら「憑依」と言うと融合するのは正しいようだ。
「いいぞセンナ──しばらくこの状態のまま何もしなくていいからな。この状態をどれだけたも、あー……一緒にいられるかを確かめるんだ。だから、別に何もしなくてもいい。……あー、待て……今の状態でも確かめられることはあるな。センナ──お前から、今の俺の姿は見えるか?」
言われて周辺をキョロキョロとみる。
「……おじちゃん見えない……」
「いいぞセンナ。次に、お前に俺の力を使わせてみる。大きい手が出るから怖がるなよ。そのまじゅ……魔法は、俺と母さんのがくっついた力だからな」
ウィルモルツはミレシュの「付与」の言葉を思い出していた。
実はウィルモルツは、センナが憑依したあと、宵闇の傲岸の使用を意識していた。
だが、その時には何も起きなかった。
これにより、ウィルモルツが持つ能力を扱うためには、〝センナ自身の意志が必要〟なのだと考えたのだ。
できれば本当にそうなのかを試しておきたい。
それと、センナが魔法という言葉に過剰に反応したのを感じた。
おそらくだが、憑依している状態だと、センナの感情の変化が多少なりこちらにも伝わるのだと知った。
どうやらセンナは魔法が好きなようだ。
それがわかったウィルモルツは、やる気を引き出すように言葉を述べる。
「よしセンナ、魔法を使うぞ! 宵闇の傲岸と言うんだ。よ・い・や・み・の・ご・う・が・ん・だ」
「よいやみの、ごうがんだ」
センナが言われた通り言葉にすると、左腕からボワッっと影の腕が出現する。
自身の腕より一回り大きい、黒紫色の大きな腕だ。
もちろん、その腕はウィルモルツの魔術。
影の腕のサイズは、ウィルモルツではなくセンナに合わされて形成されていた。
センナは突然出現した腕に驚くと、後ろにのけぞり、砂浜に尻もちをついた。
動揺して、自分の左腕を身体から遠ざけるよう嫌がる様子だ。
ウィルモルツは母と魔法という言葉を使って落ち着かせようとする。
「──大丈夫だセンナ、落ち着けよ! これは俺と、お前の母さんの魔法だぞ!」
あらかじめ腕について伝えておいた効果があったのか、落ち着くまでは早かった。
その場で立ち上がり、お尻についた砂を払う。
お尻の砂を払った際、自分の足から影の腕が貫通しているのに気づく。
それを見て、すごく気持ち悪さを感じて、それがウィルモルツにも伝わった。
「大丈夫だセンナ。それは見た目はあれだ……怖いかもしれないが、傷つけるモノじゃなくて守るモノだからな。よし、それじゃあセンナ──次は、それを消すように頭の中で考えてみるんだ」
言われたセンナは、すぐに頭で消すイメージをして、宵闇の傲岸をとっとと消した。
消し方を覚えたセンナは、口をにんまりさせた。
「いいぞセンナ、それは盾だ。お前もたぶん盾は知ってると思うが、俺がこうしてお前と合体している時は、そいつを盾として使えると思えばいいぞ」
センナが考えて理解しているのが伝わってくる。
ミレシュに読んでもらっていた本のおかげか、そういった部分の意味を、深く早く理解しているようだ。
「よし。それじゃあ、しばらくこの状態でいるからな」
ウィルモルツに言われ、憑依した状態のまま暇そうに過ごす。
……海が青い。海を眺めながら数十分後──。
「どうだセンナ、疲れてきたりはしてないか?」
「だいじょうぶ。疲れてない」
憑依している状態でのデメリットは、どうやらなさそうだ。
一通り試したかったことを終えたので、解除するようセンナに伝える。
「よし! 今日はこのくらいにしておこう」
無理はしない。二人は修行以外の日常に戻った。




