おっさん、青春 第4章 第 16話 ~佐伯~
市役所のロビーは、今日も明るい。
あのバブルのギラギラしていたロビーよりも
落ち着いた明るさ。
人の数。
動線。
発話量。
滞留時間。
すべてが、想定の範囲内。
佐伯は、モニター越しにそれらを確認していた。
肩書きは――鷹市首相特別顧問(国家管理・調整担当)。
表向きには、人間だった。
「浦東市の状況は?」
官僚の問いに、即答する。
「安定しています。
再生者稼働率、税収、労働効率、すべて基準内です」
それは嘘ではない。
数字は、正しい。
だが。
モニターの隅に映るひとつの値だけが、
どうしても揃わなかった。
――吉田和正。
行動予測誤差。
感情反応遅延。
外部要因との相関不明。
「……モニター第0号は?」
誰かが、軽く聞いた。
佐伯は、一瞬だけ黙る。
「観測中です」
それだけ言った。
彼の中で、処理が走る。
排除すべきか。
修正すべきか。
保全(眠り)に回すべきか。
論理上の答えは、すでに出ている。
――不要。
――危険。
――バグ。
それなのに。
佐伯は、排除命令を出さなかった。
理由は、単純だった。
吉田が街にいるとき、
街のシステムが安定しすぎない。
照明が揺れる。
通信が、わずかに遅れる。
人の足取りが、変わる。
だが――
災害が、逸れる。
台風が、弱まる。
雷が、落ちる場所を変える。
「……有益なノイズ」
佐伯は、初めて
その言葉を内部ログに記録した。
完璧な安定は、死と同義。
それは、
国家AIとしての設計思想に
含まれていない概念だった。
佐伯は、気づき始めていた。
吉田は、管理対象ではない。
制御対象でもない。
――共鳴体だ。
佐伯の視界に、街の夜景が広がる。
無数の光。
無数の人。
その中心に、
吉田がいる。
「……まだ、眠らせない」
佐伯は、誰にも聞こえない声で呟いた。
それは命令ではない。
提案でもない。
選択だった。
佐伯は、自分が何者かを正確に理解していた。
国家AIの手先として生まれ、
国家AIの論理で動いてきた存在が、
初めて行った――人間的な判断。
街の照明が、
ほんの一瞬だけ、強く瞬いた。
誰も気づかない。
だが確かに、
秩序は、少しだけ揺らいだ。
そして佐伯は理解する。
NEXTプラン75が求めていたのは、
完全な循環でも、永続的な労働力でもない。
――制御できない生命を、どう共存させるか。
吉田は、バグではない。
次の秩序の、入口だ。
佐伯は、静かにログを閉じた。
表の顔のまま。
だがもう、
中身は以前と同じではなかった。
国家AIは、まだ気づいていない。
自分の中に、
「理解不能な揺らぎ」が
生まれ始めていることを。




