おっさん、青春 第4章 第15話 ~名前を呼ばない~
その部屋に、時計はなかった。
正確には、
時間を測る必要がなかった。
窓の外には、国会議事堂の屋根が見える。
だが、景色は重要ではない。
その人間は、先に座っていた。
静かな応接室。
「高木です」
名刺を差し出す。
返ってきた名刺には、
内閣総理大臣 特別顧問
浅生 太郎
とある。
高木は、この男とメールでは何度もやり取りしているしているが、初めて名刺を交換した。
そういえば、初めて会うな。
メールの返事をここで、言ってみた。
「浦東市の件ですが」
「失敗ですね」
浅生は即答した。
責める声ではない。
確認だった。
高木の答えは、
「…自然条件が想定を超えました」
「想定外ではありません」
浅生は言う。
「データです」
高木は黙る。
「今回の開発は、都市計画ではありません」
「では?」
「問いです」
短い沈黙。
「国家は知りたいのです」
「人間が、どこまで“分かったつもり”で進み」
「どこで止まるのか」
「これは、政策です」
迷いがない。
「ネクストプラン75は延命ではない」
「文明の適応です」
高木は静かに聞いた。
「人が死ぬ可能性もある」
「人は常に死にます」
「それが変数になるかどうかです」
部屋の空気が冷える。
「吉田のいる市を選んだ理由は?」
「偶然です」
間を置いて、
「ただし、偶然は必然的に観測します」
高木は理解するし、できる。
国家は未来を作るのではない。
人間の反応を測っている。
「あなたは、人間ですか」
浅生はわずかに笑った。
「私は、人間の言葉を使う役割です」
そこまでの話で終わった。
廊下に出た高木は、
ポケットの名刺に触れる。
名前はある。
だが――なんだか呼ぶ気がしない。
この計画は、開発ではない。
国家が、人間を試している。
そして自分は、
その側に立ち続けられるのか?
いろんな考えが交錯して…
少しの予感だけが、残った。




