おっさん、青春 第4章・第14話 ~洗わない雷~
雷は、
もう洗わなかった。いや洗うのをやめた
と言っていい。
落ちるはずの場所に、
落ちなかった。
それが、
最初の異変だった。
空は、
十分に条件を満たしている。
湿度。
電位差。
上昇気流。
人間の尺度では、
「確実に雷が来る」状態。
だが――
来ない。
雲は、
集まらない。
いや、
集まっているのに、選ばない。
《……判断は、終わった》
声が、
空全体に広がる。
怒りではない。
威嚇でもない。
事務的な、
自然の声。
《洗う必要が、なくなった》
かつて雷は、
洗っていた。
均すために。
線を引くために。
間違った流れを、
元に戻すために。
《人は、洗われることで、
考える時間を得ていた》
《だが――》
雲の奥で、
光が生まれ、
消える。
《今は、洗っても、戻らない》
雷は、
人間を見ていた。
国家。
計画。
数値。
期限。
《時間を、区切る者》
《終わりを、先に決める者》
《説明で、世界を閉じる者》
《……それでも、
変わらなかった》
雷は、
高木の姿を“思い出す”。
説明を、
途中で止めた男。
空白を残した設計図。
《一人、考え始めた》
《だが、遅い》
次に、
吉田を“見る”。
山を見る男。
猫と話す男。
説明しない男。
《あれは、洗う対象ではない》
《あれは、
すでにこちら側の時間に立っている》
雷は、
結論を出す。
《洗うのは、“戻る可能性”があるものだけだ》
《戻らないものは、洗わない》
それは、
見放した、という意味ではない。
《人は、洗われなくなった瞬間から、
自分で選ばねばならない》
雲が、
低く唸る。
だが、
稲妻は走らない。
《次に落ちる雷は》
《洗うためではない》
《選ばせるためだ》
遠くで、
風が道を作る。
一本だけ。
風の道。
《そこを、通るか》
《外れるか》
《それだけだ》
雷は、
静かに退いた。
音もなく。
光もなく。
人間の観測装置は、何も記録できなかった。
「雷は、来なかった」
そう、
報告書には書かれる。
だが――
本当は、違う。
雷は、役目を変えただけだ。
洗う存在から、
選ばせる存在へ。
空が、
少しだけ軽くなった。
山は、
何も言わない。
ただ、
一本の風だけが、
静かに通り過ぎていった。
――それが、
雷の答えだった。




