【第九十話】影喰う瞳、導かれし剣
影たちが、動いた。
漆黒の輪郭を保ったまま、渓谷の闇より現れた“それら”は、人のようで人でなく、魔物のようで魔物でもない。歪んだ殺意と、無機質な敵意のみを纏い、言葉もなくただリクたちへと殺到する。
「来るぞッ!隊形を崩すな!」
ゼルドが叫び、剣を抜いた。
瞬間、ミナが地を蹴る。素早く側面へ回り込んだ彼女の両手には、既に細身の双剣が握られている。その刃が一体の影を斬り裂く――だが、抵抗がない。斬ったはずの影が、煙のように崩れて再び形を成す。
「効いてない……っ!」
「ただの影じゃない!」
メイの術が飛ぶ。雷撃が直撃し、一体を打ち砕くも、やはり同じ。砕けた闇は地面に溶けるように消え、数秒ののちに再び現れる。
それは“死なない”。あるいは、“殺せない”。
リクは前に出て、鋭く叫ぶ。
「みんな、一時防御に回って!こいつら、存在が不完全なんだ。肉体じゃなく、“裂かれし印”の残響みたいなものなんです……!」
ゼルドが応じる。
「じゃあどうすれば倒せる?」
「印を……“断ち切る”しかない。存在の核ごと、浄化できる攻撃じゃないと」
言い終わるより先に、黒い影のひとつが、リクへ飛びかかってきた。
そのときだった。
「下がれ、リク!」
ゼルドの剣が唸り、影を真っ二つに断ち割る。その刹那、剣身が赤く煌めいた――まるで、影の中の“核”を見抜いたかのように。
影は完全に消えた。
「今の……っ」
リクが目を見開く。
「ゼルドさんの剣……“核”を断ちましたか!?」
「偶然じゃない。見えたんだ、一瞬だけ、奴の中心が赤黒く光った」
ゼルドは歯を食いしばる。
「だが、それが何かは……お前の方が分かるんだろ、リク!」
リクは頷き、全力で《解析》を展開する。空間を構成する粒子、敵の構造、そして――“裂かれし印”との関係性。
(これは……この空間そのものが、奴らの“器”だ。印が残す情報が、闇となって具現化している)
リクは叫ぶ。
「この渓谷そのものが“媒体”なんです!裂かれし印が刻まれた時、空間に影が焼き付き、それが今……実体化してる!」
メイが応じる。
「なら、空間に浄化の術を放てば……」
「いや、“座標”を特定して、印の中心へ集束させないと意味がない!」
その瞬間、“印”がうごめいた。歪んだ渦のように揺れ、中心から黒い光が放たれる。
ゼルドが吠える。
「やるしかねぇな。リク、導け!印の中枢まで俺たちを!」
「はい――“解析”します、“座標”を開示します……!」
リクの視界に、幾重もの光の輪が走った。刻まれた魔痕と空間の歪み、全てを結び、導かれる一つの点。
「そこです、中央の浮遊粒子群、その中心点が……“核”です!」
ゼルドが駆ける。メイとミナが左右から援護し、リクは一歩も退かず、印の中央を凝視する。
(断ち切るんだ。この呪われた残響を)
戦いの渦のなか、“裂かれし印”との対峙が、いま本当の意味で始まった。




