【第七十五話】風を裂く声
風が、どこか不自然だった。
平原に足を踏み入れてから三時間。リクたちは、調査団とともに緩やかな丘陵地を進みながら、随時魔素濃度の測定を続けていた。
空は晴れている。風もある。しかし、何かが“引っかかる”。
「……この風、流れが一定じゃない」
ミナが立ち止まり、髪を抑える。風は前方から吹いていたはずなのに、次の瞬間には横から、また後ろから――。
「風の向きが断続的に変化してる。しかも、同じ場所にいても」
リクは測定器を構えたまま、視線を前方へ投げた。広がる草原、その奥にぼんやりと霞む影のようなもの。
「これは……魔素干渉。気流に乗って魔素の流れそのものが歪められてる」
「交差点みたいになってる、のか?」
ミナの言葉に、リクは小さく頷く。
「断定はできないけど、可能性は高い。通常の地形では説明がつかない、魔素の“ゆがみ”だ」
そこへ、背後から隊長がゆっくりと歩いてきた。
「観測班から報告が入った。“座標ズレ”が複数地点で同時発生している。地図と現地の距離感が一致しない」
「……空間干渉、ですね。歪みが発生している箇所を特定すれば、中心が見えるかもしれません」
リクの言葉に、隊長はわずかに目を細めてうなずいた。
「それと……“声”を聞いたという報告が数件上がっている。“風の中に誰かの声が混じっていた”と。……子どものような男の声、らしい」
ミナが反射的にあたりを見回した。
「風の中に……?」
リクは眉をひそめる。風は確かに吹いている。草を撫で、空気を切り裂いて。
「――《感知:魔素流》」
リクはその場に静かに立ち、術式を展開した。視界が揺らぎ、空気中の魔素が細い糸のように浮かび上がっていく。
その中に、一筋だけ――異なる色の流れがあった。
「……これは、“魔素の声”だ」
「声?」
ミナが聞き返す。
「魔素が記録を帯びてる。あるいは……何かの意志が風を介して情報を送ってきてる。ごく微弱な意識波」
その言葉に、メイが歩み寄る。
「発信源は?」
「まだ特定できない。でも、“来い”と……呼ばれてる感触がある」
その瞬間、風がひときわ強く吹きつけた。
ザァアア――と、草が逆巻き、空がきしむような音を立てる。
その風の奥から、確かに聞こえた。
――こっちへ、おいで。
リクは息を呑んだ。ミナも、メイも、同時に顔を上げる。
「……今の、聞こえたよね?」
「うん。子ども……の声だった気がする」
「――対象の音質は幼い男性。明瞭度低。幻聴の可能性も否定できないが、魔素波との一致率が高い」
メイが短く分析する。
隊長は、沈黙のまま周囲を確認してから言った。
「お前たち三人で、異常発生源を探れ。位置の特定ができれば、こちらも対応がしやすくなる」
「はい。わかりました」
リクは即座に応じる。
「ミナ、メイ。行こう。風が、こっちを誘ってる」
ミナは小さく頷き、メイも黙ってその場を離れた。
風の音が、変わった。
草を抜けるそれは、まるで“言葉”のようで。
その向こうに――何かがいる。




