【第四十九話】原核への道
観測体を名乗る少女を先頭に、リクたちは薄暗い通路を進んでいく。
遺跡の奥へと向かう道は緩やかに傾斜しており、階段のように加工された岩盤はところどころ崩れかけていた。天井の光源装置はすでに機能を失って久しく、リクは《照明術式》で魔素の光を灯し、慎重に歩みを進める。
「……ここ、空気が違うね」
ミナがぼそりと呟く。
「うん。魔素濃度が不安定だね…地下へ向かうほど、過去の痕跡と近づくからだろうね」
リクの声には緊張がにじんでいた。
空間の魔素は微かにうねり、まるで目に見えない“感情”が染みついているかのようだった。
「記録の封印層、接近中」
少女の声が響く。まるで遺跡そのものと繋がっているような、不思議な響きだった。
「ここが……?」
たどり着いたのは、厚い金属の扉が三重に設けられた空間だった。扉の表面には、古代語と見られる術式が無数に刻まれている。
「これらは……封印符式の変形?」
リクは目を凝らし、指先でその文様に触れた。
「封印の中でも“記録保持”に特化した形式だ。記憶の痕跡を、物質内に残留させるための……」
《解析:封印式構造》を起動。魔素が走り、扉の術式がわずかに発光する。
「通行認証、完了」
少女の声とともに、扉がゆっくりと開いた。
その奥には――黒曜石で造られた半球状の部屋が広がっていた。
中心に据えられた祭壇のような装置の上には、直径一メートルほどの半透明な球体。
中に漂っていたのは、青と黒の混ざり合う渦。
それはまるで、静止したまま鼓動しているような……生きている“記憶”だった。
「これが……“原核”……」
リクの声は、自然と小さくなった。
「これは魔源体の最初期観測時、分離した“情報因子”の保管器。記憶、感情、存在意識の断片。すべてがここに凝縮されている」
少女の瞳が、ほんのわずか揺れた。
「……君は、見てもいいのか?」
リクがそう問うと、少女は首を横に振った。
「私は観測の“器”。内容の理解は許されていない。だが、あなたには選択の自由がある。見るか、見ないか」
リクは、ミナと隊長へ視線を送る。
隊長は静かに頷き、ミナも小さく「リクなら大丈夫」と言った。
「……見ます」
そう告げて、リクは“原核”に手を伸ばした。
魔素が逆巻くように彼の体へ流れ込み、視界が暗転する。
そして――
世界が、開かれた。
◇
見えたのは、遥かな昔。
世界がまだ、秩序と混沌の狭間にあった時代。
人々は魔素を観測し、制御し、命を灯す光として受け入れていた。
だが、ある日、誰かが問うた。
「この力には、“意志”があるのか?」
その問いは、“存在”を生み出した。
魔素は、答えようとした。
答えようとして、形になった。
それが、魔源体。
望まれたから、現れた存在。
だからそれは、問う者に似ていく。
知識を欲し、理解されることを求めた。
だが――
人はそれを恐れた。
彼らは封印し、切り離し、記録とした。
そしてこの場所に、すべてを遺した。
◇
リクが目を開けた時、意識は現実へと戻っていた。
「……ありがとう、原核。あなたの記録、確かに見届けました」
球体の魔素がわずかに揺れ、まるで応えるかのように淡く光った。
隊長が言う。
「収穫は大きい。だが……ますますわからなくなってきたな。こいつがなぜ俺たちの前に現れたのか」
リクはゆっくりと頷く。
「でも、少しずつ繋がってきてます。魔源体は“理解”を通じて進化する……その意味も」
ミナが不安げに尋ねた。
「じゃあさ……もし、リクがそれを“理解”しちゃったら?」
リクは一瞬考えて、静かに答える。
「……その時は、僕自身が“変わる”覚悟をしないといけないかもしれない」
少女が最後に言った。
「記録の転送完了。次なる観測座標は――“白霧の谷”」
その言葉を合図に、部屋の灯りが消えていった。




