【第四十五話】封じられた音の記憶
霧の谷にある小さな村。
村人たちは静かで、どこか慎ましい暮らしをしていた。便利な道具も、華やかな衣もない。けれど、彼らは穏やかで、自然と調和していた。
「――あの、古老の言っていた“彼方の扉”、本当に音で開くのか?」
隊長が火に当たりながら呟く。焚火の灯りが、彼の横顔を温かく照らしていた。
「ええ……音と魔素の反応を組み合わせた古代式の封印方式みたいです。遺跡でもいくつか似た例を見ました。旋律を“鍵”にする発想は合理的に思います」
リクはそう答えながら、既に何冊かの村の古文書をめくっていた。
宿代の代わりとして、村の倉庫の整理を任されたのだが、ありがたいことに、彼にとっては宝の山だった。
「ミナ、これ……」
リクは一冊の古びた楽譜を取り出した。羊皮紙に描かれた譜面、ところどころ掠れてはいるが、確かに音の構造が記されていた。
「……《霧晴らしの詩》?」
ミナが声に出して読む。楽譜の下には、簡素な詩が添えられていた。
《風が運びし音の調べ 封じられし道に響け
忘れられし記憶を呼び醒まし
彼方の扉よ、今――》
「この旋律……記録魔素と相性がいいかもしれません。《再構成:記憶痕跡》で再生できれば、封印装置との共鳴を起こせる可能性が」
「音で……魔素を操作するってこと?」
ミナが不思議そうに眉を寄せる。
「うん。魔素は“意志”と“波”に反応するから…音という“波”に魔素の“符”を組み合わせれば、条件解放のトリガーになり得るんだ」
と、そこに先ほどの古老・ガノが、土産物のように瓶詰めの果実酒を持って現れた。
「おぉ、その譜面を見つけたか。あれは“霧の音律”と呼ばれとる。今では奏でられる者もおらんが……村の昔語りにだけは残っておる」
そう言って、懐から取り出したのは――小さな笛だった。黒檀でできたその笛は、長く使われた形跡がある。
「これは……」
「音が合えば、それが“鍵”となる。が……今は、ただの笛じゃ。旋律も、奏法も……もう忘れ去られてしもうた」
リクは、笛をそっと受け取ると、静かに呟いた。
「……いいえ。きっと、思い出せます。忘れ去られたものでも、魔素は覚えているはずです」
夜は静かに更けていく。
翌朝、彼らは“彼方の扉”へ向かう予定だった。
だがその前に、リクにはやるべきことがあった。
失われた旋律を、魔素と記憶から蘇らせること。
それが、この“寄り道”の意味だった。




