【第二十三話】影と鏡
少女は、静かに目を開いた。
カプセルの中から姿を現した“ミナに似た何か”は、ひとつひとつの動作に迷いがなかった。
それは、生きた人間の自然な振る舞いというより、事前に緻密にプログラムされた“動作通り”のようにも見えた。
『起動完了。識別中──対象……存在確認。コード:M-01……保守対象、不明……警戒モード、移行』
彼女──いや、それは少女の姿をしてはいたが、明らかに“ヒト”とは異なるものだった。
目の前に立つミナと見分けがつかないほど似ているのに、その瞳からは一切の感情が欠落していた。
リクは、解析スキルの表示を確認する。
──《対象名称:M-01 試作型対魔導体》
──《制御中核:未設定。感情制御機能:未起動》
──《状態:不安定》
──《模倣対象:ミナ・タイプα》
「……これは……模倣……?」
リクがぽつりとつぶやいた。
遺跡で発見されたこの“存在”は、ミナを模した人工の存在──対魔導兵器の試作体だったのだ。
ミナ本人ですら、自分がその“原型”であることを知らなかった。
「まって……私は……私は、何なの……?」
ミナが、自分の腕を抱きしめるようにして呟いた。
彼女の記憶は、村で目覚めたところからしか始まっていない。
それ以前の記憶が抜け落ちていることを、彼女自身が今、ようやく正面から受け止めはじめていた。
「落ち着け、ミナ。お前はミナだ。それ以上でも以下でもない」
隊長が、低く、けれど力強く言った。
だがその瞬間、試作体“M-01”が反応した。
まるで、その言葉を否定するように、蒼白い魔素の粒子が彼女の周囲を渦巻き始める。
『……警戒レベル、上昇。敵対存在……確認』
リクの解析スキルが、即座に警告を発する。
──《高濃度魔素発生検知》
──《敵意反応、解析中……》
──《戦闘行動の兆候──即時対応推奨》
「来るぞ!」
リクは叫び、即座にミナの腕を引いた。
その直後、M-01の掌から淡く光る魔力の刃が具現化され、空を裂いた。
鋭く、無機質なその一撃は、感情も迷いもなく、ただ“排除”のために振るわれた。
「解析スキル、全開ッ!」
リクの頭の中に、無数の計算式とデータが流れ込む。
動きの軌道、魔素の波長、反応速度──すべてを読み取り、導き出される唯一の回避ルート。
「そっちじゃない、隊長、左だ!」
「ちっ……! わかった!」
隊長が身を翻すと同時に、爆風が吹き抜ける。
わずかでも反応が遅れていれば、誰かが傷を負っていた。
だが、それでも攻撃は止まない。
M-01はまるで、感情を持たない機械のように、ただ命じられた行動を繰り返している。
リクは、はっと気づいた。
「違う、こいつは……攻撃してきてるんじゃない。“確認”してるんだ」
「確認……?」
「僕たちが、“ミナ”の敵かどうかを、戦って判断してる。こいつ、思考じゃなくて、条件分岐で動いてるんだ」
瞬間、ミナが前に出た。
「わたしは、あなたを傷つけたくない」
静かなその声に、M-01の動きが止まる。
『……ミナ、識別中……中核反応──微弱……連携拒否──』
リクが息を呑んだ。
「中核……やっぱり、ミナが本体なんだ」
だが、その反応は不完全だった。
ミナの中に眠る“何か”──それが未だ目覚めていないため、制御が成立しない。
「……私は、私はいったい…!」
その瞬間、M-01の魔素が霧散し、彼女はその場に崩れ落ちた。
目を閉じ、まるで命令の終わりを待つように、静かに眠りに戻ったのだった。




