『死神』の倒し方
足音? 結構な人数だけど、さっきの連中の仲間か?
「ノーグルさん! よかったすぐに町に来てください。魔王が出たんです」
やっぱりさっき一瞬見えたのは魔王か。
「俺達が担いでいきますので背中に乗ってください」
「あ、うん。ありがとう」
あれよあれよと担がれ、首が折れそうなほどに急発進しする。
今どんな状態なの?
急いでるのはわかるけど、なんで一緒に走ってる獣人は「ウォル・ノーグルがいたぞ!」って叫んでるの?
「今どんな状況なの?」
「舌を噛むので口は閉じていろ」
「はい」
何の説明もないんだ。
魔王がいるって情報以外は確かに重要じゃないけど、心の準備もなしに魔王の元に運ばれる人の気持ちってわからないかな?
俺が走るよりもかなり時間は短縮され、獣人の町に着くことができた。
かなり乱暴だったせいで、首とかが結構痛いけどまあ、大丈夫だろう。
「ウォル。シャルが魔王を抑えてくれている。あそこにいる熊が血の魔王だ」
「シャルが一人で戦ってるのか?」
「説明は後でする。今は一刻も早く助けてやってくれ。お前なら魔王に勝てるんだろ?」
「終わったら俺がいなかった時の事教えろよ」
一切合切自体が飲み込めない。
なんでシャルが一人で魔王を抑えられているのかもわからないし、町が赤黒く染まってるし、なんかよくわからない大穴も開いてる。
わかってるのは魔王を倒せばいいってことだけってどういうことだよ……。
「シャル、交代だ!」
「ウォルくん!」
傷だらけのシャルを見て、理由なんてどうでも良くなった。
魔王を倒す。
それだけわかってれば良くなった。
「お前がこの騎士が待っていた男か?」
「シャル、耐えてくれてありがとう。後は任せてくれ、長、シャルの事お願いします」
「オレを無視するとはいい度胸じゃないか」
魔王が振り下ろす腕は触れた瞬間灰に変わる。
「その腕は義手なのか?」
「そうか、お前もあいつと同じ死を操る職か。それならやり方を変えるしかないな」
「腕を引っ込めてどうするつもりだ? 降参するなら大人しく倒されとけ」
「お前が人ではないなら諦める所だがな」
分身を増やしてどうするつもりだ?
その分身たちはいっせいに俺めがけて覆いかぶさってくる。
当然、その分身たちは俺に触れた瞬間に灰に変わる。
灰に視界を奪われ、それを払った直後にまた分身が襲い掛かる。
鬱陶しいな、これだと先に進めない。
それが狙いか?
灰が段々と体を埋めていく、このままだといずれ顔まで埋まる。
「お前が生み出した灰だ、その灰を消滅させることはできないだろ? そのまま灰に押しつぶされるといい」
こいつにしか使えない『死神』殺しか。
死の魔王対策の攻撃を考えていたのか。
「騎士がお前を切り札と言っていた意味はよくわかるが、オレのほうが一枚上手だったな」
覆いかぶさり続ける分身に俺の視界が真っ白に染まる。
ここを打破できる方法は確かにあるけど、発動の条件がわからないんだよな。
灰が覆いかぶさっているから、あの分身が直接俺に攻撃してくることはないし、やるだけやってみるか。
『死神』を解除する。
光も届かない程に厚く灰が積もっているせいで、自分が灰色なのか白色なのかわからない。
約束された勝利の一撃を放とう。
剣を振るスペースはそこにはないはずだった。
なのに、灰が剣を避ける。
何にも触れることもないまま振るわれた剣は、光の線に変わり降り積もる灰を一瞬で吹き飛ばし、血の魔王の体を両断する。
「か、体が、戻らない……、なっ、何だ今のは……?」
「『英雄』の攻撃だよ」
「死を操る職業ではないのか?」
「『死神』は進化前の職業なんだよ。じゃあな、魔王」
「や、やめろ! 俺はまだ――」
血の魔王の灰が崩れるのを見届け『死神』を解除する。
すでに灰色に変わっているけど、さっきの一撃が出せたってことは白かったってことだよな。
ピンチになると白くなるのか?
そうだとしたら負けることはないけど、扱いにくい職業だよな。
†
「ウォルくん!」
討伐が終わると、誰よりも早くシャルが俺に飛びついてきた。
「間に合ってくれてよかった。間に合わないかと思ってた」
「迷惑かけたみたいでごめん」
シャルの体から傷はなくなっているが、鎧や衣服に泥や血がついている。
どれだけ激しい戦いがあったのかは見ただけで伝わってくる。
「それはそれとして少し離れてくれると嬉しいかな」
「あ、ごめん。汗かいたし臭かった?」
「そんなことは全然ない!」
寧ろいい匂いです。
ほとんど同じ生活をしているのに、俺にはないいい匂いがします。
「ただ俺も男なんで、シャルみたいな可愛い子に抱き付かれると困る」
「死刑。恩を売ってからの口説きとか男として恥ずかしくないの? 姉さまもうっかり靡かないでくださいね」
「えっ? ああ、うん」
「口説いてるつもりはなかったんだけどな」
本心だし。
でも、口説いてると思われてもおかしくない発言なのは認める。
「只人の戦士達よ、この度は尽力いただき感謝する。一族を代表して感謝をしたいのだが……」
「それよりも町の復興が大事だろ? こんな状態じゃ感謝も何もないしな。俺も手伝うぞ」
「それは気にしないでくれ。森人も手伝って早急に復興はさせる。お前達は魔王を倒さないといけないのだろ? こんな辺境に構っている余裕はないはずだ」
「そうだな。それじゃあお言葉に甘えて俺達は東に戻るか」
「ばばあ、そんな遠回しな言い方では追い出すようだぞ。明日の朝、ルードに道案内をさせるから、四人共今日はゆっくりと休め。そんな感じの事をこいつは言いたいんだ」
「わかった。ありがとう」
†
その後は森人の集落に行き、体をゆっくりと休めることができた。
翌朝、長に起こされ俺達は目を覚まし、準備を終える。
「大したもてなしもできずに申し訳ない」
「それは俺じゃなくてシャルに言ってやってくれ。シャルがいなかったら俺も間に合ってないしな」
今回は魔王に止めを刺しただけで、獣人と森人を守ってくれたのはシャルだ。
『聖騎士』から『守護者』に進化もしたらしいし、どれだけ危険だったのかも昨日聞いたしな。
「そうだな。シャル・ロワイエ殿あなたがいなければ我ら両種族は全滅していたかもしれない。最大限の感謝をあなたに送ろう」
「あなたの勇気がなければ我らが再び立ち上がることはなかった。『守護者』の名に恥じぬ働き、この恩はいつか必ず返そう」
長二名の言葉にその場にいた人が一斉に膝をつく。
「皆さんの命が助けられて私も嬉しいです。魔王を倒し終わったらまた挨拶に伺います」
「その時までには復興も終わらせよう」
「今度は盛大な歓迎をする」
「ありがとうございます」
全員に別れを告げ、ルードに案内され山道を登る。
†
「子供達はどうなってたんだ?」
「想像通りだ。魔王の住処に亡骸が並んでいたよ」
「そうか……」
「お前等のせいじゃない。魔王に狙われてあれだけで済んだのはお前達のおかげだ」
シャル達に聞かれないようにルードから報告を受けた。
ルード達はそう言ってくれるが、俺達がもう少し早く動いていれば犠牲は出なかったんじゃないかとつい思ってしまう。
「魔王殺しの『英雄』よ、悲しむより先を見ろ。魔王を相手にしている以上人は必ず死ぬ。死者達を想うのは全てが終わってからでいい。全部が終わってから墓の前で報告するくらいでいいんだよ」
その考えは俺の中にはないものだった。
日本で生きて、平和な村で育った俺にはその考えは新しく、すっと胸に落ちた。
「うん。次に来た時は墓に案内してくれ。東の土産でも備えてやりたい」
「その時までには町を元以上に綺麗にして待ってるよ」