人攫いの正体
「長、至急の伝令があります!」
森を抜ける直前、一人の森人が息を切らせ近づいてきた。
確かこの人は町の護衛に残る人だったはずだ。
「今から魔王を探しに行くのだ。それよりも大事な様があるのか?」
「今朝また一人集落から子供が消えました。目撃者の証言から犯人は獣人だと思われます」
「ふざけるな! そんなわけはないだろう!」
「落ち着け、あたしは獣人の仕業だとは思っていない。少なくともお前の住む村とは関係ないと信じている」
凄い、一瞬ルードに向いた敵意がすぐに収まった。
この人本当に森人の長なんだな。
「血の魔王は他者を操れるのか?」
「そんな話は聞いていません」
「それならはぐれの獣人の可能性は十分にあるな。面識のある獣人以外は集落に近づけるな」
この場はどうやら丸く収まったらしいけど、集落内の雰囲気が気になる。
「やめぬか! あいつはそんな卑怯な手は使わぬ!」
森を出ると、町長が元の姿に戻り大声を上げていた。
「来たぞ森人達だ」
こちらに向けられる目には殺気が込められていた。
何があったのか聞く前に、何が起ったのかを理解した。
村が燃えている。
青く茂っていた芝生は燃えカスになり、昨日まで建ち並んでいた家屋は赤く燃える。
泣き叫ぶ子供、それを必死にあやしながら涙を流す女性、武器を持ち殺意を向ける男性。
俺達がいない間にここが襲われた。
「酷い……」
「ガルバ、これはお前の仕業か?」
「あたしがそんなことすると思うか?」
「思わん。聞け獣人の民よ! 此度の襲撃に集落の森人達は無関係だ!」
「だが、俺は見ました! 今朝森人共が子供を攫い町に火を着けた、今までの人攫いも全部森人の仕業だ!」
同じ時間にこっちでも同じことが起きていたのか?
「ふざけるな! お前達こそ森人の子供を攫っただろ!」
あっという間に悪意が連鎖していく。
ここまで憎悪を増えてしまうと、流石に二人だけでは止められない。
「ウォルくんどうする? 止めるならやるよ」
「それじゃ、ダメだ。絶対に軋轢を生む」
このままだといつ攻撃ぶつかり合ってもおかしくない。
それにこれは確実に魔王に作戦だ。
血の魔王は吸血鬼みたいに人を操れはしない。
傷を負わせ血を力に変えている。
そう言えば傷を負わせてどうやって血を奪ってるんだ?
勝手に映画みたいに血を吸い取っているイメージだったけど、戦闘中にそんな悠長に吸っている時間なんてあるのか?
「ヴァレンシア、血の魔王はどうやって血を奪う?」
「傷を負わせてですよ。傷を負わせてその血を操って体内から全て抜き取るんです」
「血を操れるんだな?」
「はい。その血を操る姿から血の魔王と呼称されていますから」
それなら矛先を変えることくらいはできるな。
実際に魔王がそうできるかどうかはこの際どうでもいい。
それができる可能性があるのが大事だ。
「只人よ、何かいい案があるのか?」
「はい。ルードにも頼みたいことがある。今回の件は魔王の作戦だ。それを両陣営に伝えればおそらく怒りは敵に向きます」
「はぐれの獣人ですらないということか。わかった、その理由についてはお前が説明しろ。あたしとグリノワールが必ず時間を作る」
「お願いします」
やばい緊張してきた。
大見え切ったのは良いけど、俺の言葉をみんなが聞いてくれるかなぁ……。
ヴィーグだったら功績もあるから耳を貸してくれる人も多かったけど、こっちでは完全に無名なんだよな。
二種族のにらみ合う真ん中に立つ頃には、二人の長に説得された二種族が険しい目でこちらをにらみつけている。
集会でもこんなに人に見られたことないんだけど……。
「今回の事件は血の魔王の策略に他ならない! 魔王は血を操ることができる、その能力を使えば、人の形を模した血液を作ることも可能だ! 後は朝日や夜の闇に紛れさえすれば実際に獣人や森人が人を攫ったように見える!」
「俺はしっかりと森人の姿を見たぞ! あれが血液で作られた物だとは思えない!」
「本当に森人だったか? 顔立ちは? 服の色は? 髪型は? それらをしっかりと説明できるか?」
「っ……!」
「森人や獣人はそれぞれ特徴的な体のパーツを持っている。耳だったり体型だったりな。その特徴をよく知っている人達には影だけでも判断してしまう。そんな曖昧な証拠だけで仲間割れしてもいいのか? 今憎むべきは子供を攫い、その罪を被せようとしている魔王ではないのか?」
皆が口を閉じた。
後もう一押しだな。
「獣人と森人が手を組むことを魔王は恐れてるんだ。だからこそ仲間割れを誘っている。全員が持っている怒りは互いにではなく、卑劣な血の魔王にこそ向けられるべきだ!」
これでどうだ? いい感じにまとめたはずだ。
しんと静まり返って数秒、雄たけびが上がった。
「そうだ、魔王を追い詰めろ!」「魔王に鉄槌を!」
一人が叫ぶと両陣営に連鎖していく。
よかった、本当に緊張した。
足なんてもうがくがくだし、野次でも飛んで来たらもう心が折れてた。
「ウォル・ノーグル助かった。獣人の長として感謝する」
「あたしも同じ、森人の長として感謝を」
「止まってよかったです。二人には伝えておきますけど、さっきはああ言いましたけど、魔王はここに居る全員を餌としか思っていません。より簡単に血を手に入れるために殺し合いをさせるのが目的だと思います」
「そうだろうな」
「空気が戻っている内に作戦に移った方がいいだろうな」
†
「姉さまどうやらこっちは外れみたいです。野生動物の足跡だけで獣人や森人の足跡もありません」
「ありがとう。それじゃあ戻ろうか」
ここは一番可能性が低いって長も言ってたしな。
目星をつけて置いた四か所の一つに来てみたが、ルゥ曰く痕跡は残っていないらしい。
他の場所に向かった連中からも連絡はないし、戻るしかないか。
「この足跡変」
来た時とは別のルートでの帰り道、ルゥが足を止めた。
「この足跡の何が変なんだ? っていうかどの足跡だよ」
変だと言われてもどの足跡の事を指しているのかわからない。
獣道っぽいし足跡もいくつかの足跡が重なってるから、素人目にルゥが何に引っかかったのかわからん。
「なんでわかんないかな、この人間の足跡がこんなところにあるのはおかしい。比較的新しいし、踏み込みも結構深いから急いでいたか重い物を身に着けてる」
「重い物ってことは、攫った子供か?」
「流石に何を持ってるかはわからない。前に重心が寄ってるから急いでるし、こっちは町の方だから可能性は高い」
「ルゥちゃんって本当に凄いね」
シャルに抱き付かれて嬉しそうだけど、鎧って痛くないのか?
「俺が先行して行くから、三人はみんなに伝えてくれ」
ルゥに足跡を教えてもらい一人先行して先に進む。
一応足跡は確認しながら進んでいるが、獣道からも外れた足跡は小さな草木を潰しながら進んでいるらしく、追いやすい。
でも、なんで急にこんなにわかりやすい足跡が見つかったのか。
道の奥にうっすらと人影が見えた。
それに誰かを背負ってる。
「見つけたぞ!」
森人っぽいな、今朝獣人の子供を攫った奴か。
背負っていた誰かを地面に放り出し、こちらに切りかかってくる。
短剣二本か、こいつは魔王の手下なのか人攫いなのかどっちだ?
剣で受けるが二本ある短剣の一方しか受けきれず、血が流れる。
どっちかなんて考えていられる強さじゃないよな。
『死神』の力を使い二本の短剣を灰に変える。
「子供を返して投降するなら命は助けてやるがどうする?」
鎌を突きつけるが、人攫いは隠していた武器を取り出す。
「そりゃそうだよな。投稿するつもりがあるなら人攫いはしないよな」
こいつ強いな。
向こうの攻撃は効かないけど、こっちの攻撃も全部躱される。
ってかこいつの武器はどんだけあるんだ? もう十本は使っているはずなのに、まだ出してくる。
あのマントの収納凄いな、あれも何かの専用装備なのか?
「お前、後何本隠してんの? 流石にその収納力高すぎるだろ」
こんだけやってるのに、向こうの武器も体力も削れないってどんだけだよ。
しかもさっきからニヤニヤしてるだけで一言もしゃべりやがらねぇ。
こっちは流石に疲れてきたぞ。
でも、何とか隙は作れそうだ。
「次は足狙うから避けてみろよ」
姿勢を低くし、大鎌を横に振る。
そうなると跳んで避ける以外に選択肢はない。
「空中なら姿勢は変えられないよな」
ここでカッコよく空中にいる人攫いを叩ければいいけど、俺にそんな技術はない。
それなら落とし穴を作ればいい。
人が埋まるくらいの穴を俺なら即席で作れる。
着地するはず場所に大鎌を突き立てる。
深く開いた穴に人攫いは灰を巻き上げながら落ちる。
『死神』の能力を消し、首に剣を突きつける。
「他の仲間はどこにいる? ここから逃げれるとは思ってないよな」
負けが確定しているのに、なんでまだ笑ってられるんだ?
何かされる前に止めは刺さないといけないか。
剣を突き立てると、灰は赤く染まっていく。
確かな感触に気持ち悪さが残るが、それよりも人質の救助が大事だ。
「大丈夫か? 何があったかわかるか?」
捕まっていたのは獣人の子供ではなく、大人の獣人だった。
「なっ!」
目を開けた獣人はそのまま俺の手に噛みついてくる。
咄嗟に『死神』の能力を使ってしまい、噛みついた獣人は灰に変わる。
「ビックリして『死神』になっちゃったけど、仲間だったってことか? は……?」
灰が赤く染まってる、いや、それよりもさっきの人攫いはどこ行ったんだ?
確かに殺したはずなのに、なんで死体がないんだ?
誰かが持って行った? 何のために?
混乱している俺を更に混乱させるように地面が激しく揺れる。
周囲を見渡すと森よりも大きな何かが現れる。
あれは魔王か?
「くそっ!」
俺は急いで獣人の町に向かって走り出した。