一日目④ サタンへ報告(レオ視点)
「――レオ、こんな夜中に全員を叩き起こすとはいったい何事だ? さほど重要でない内容なら承知せぬぞ」
魔王城の最上階――堕天使のみが入室許可される会議室――で、オレことレオナルドは魔王であるサタンと三人の堕天使たちの視線を一身に浴びながら、事の重大さを強調するべく大声を張り上げた。
「重要とかそんなレベルじゃねぇよ! 魔界始まって以来の大事件だ!!」
「ほう。大事件とは物騒だな。話せ」
「っ………………グラスが……闇落ちした……っ!」
「「「「………………」」」」
オレの予想では、「なんだと?!」とか「そんなバカな?!」というどよめく声が返ってくるはずだったのだが、予想とは全く逆の静けさが返ってきてしまった。どうやら選ぶ言葉をミスったらしい。
ありのままを――グラスが大天使に戻った、と――報告するのが効率的で簡潔なのはわかっているが、その言葉を使うことに躊躇ってしまうくらい、オレ自身グラスが大天使に戻ったなんてまだ信じられないのだ。
「はぁ~……何言ってんの? 俺らみんな闇落ちしてるじゃん。バカはほどほどにしてっていつも言ってるでしょ。それとも完全にバカになったの? 堕天使からバカにジョブチェンジしたの? その発表のために起こされたわけじゃないよねぇ?」
そう言って、オレが作ってしまった静けさを真っ先に破ったのは、幼気な外見とは正反対な物言いが特徴の堕天使のショタだ。
オレはショタとの舌戦には基本勝ったことがないので、ぐっと言葉に詰まってしまう。
「こらこら、ショタ、落ち着いて。レオ、みんな寝起きなんだ。だからみんながわかる言葉で説明してね」
そんなオレに、すかさず大人なフォローを入れたのはショタとは逆で外見も中身も同じの堕天使のセシル。やはり魔界一モテる男は違う。
「……っ……わかる言葉で言いたいのは山々なんだけどよ……その、オレ自身、その言葉を言いたくないっつーか、認められないっつーか……」
「ハッキリ言ってよ! サタンの秘書にも聞かせられない位の大事件なんでしょ?!」
「?! そ、その通りだ! “大”事件、なんだっ!」
グラスが大天使に戻った事件、略せば大事件だ。
「あーーー!! もう俺帰っていい?! それか誰かバカレオの通訳者呼んでくれない?!」
「レオ、言うのがダメなら書くのはどうだろう?」
グラスの身に起きたことを文字に起こす――それは、口にするよりも重い気がする。セシルの申し出にオレは力なく首を振った。
「……ダメか。それじゃあ、ルシファーはどう? さっきから何か考え込んでるようだけど、レオの言う大事件が何かわかった?」
「いや……ただ、レオの言う闇落ちの意味を考えていた」
「っ! そうなんだ! 重要なのは『闇落ち』なんだよ!」
彫刻のように表情をピクリとも動かさずにそう言った堕天使のルシファーに、オレは期待の目を向ける。
「俺たちは闇落ちしてるのがデフォルトだ。むしろ本来の姿と言ってもいい」
「まあね。誰が何と言おうとこっちが真の姿だし」
「その状態から闇落ちしたということは、逆になったと考えればいい。つまり――」
「――大天使に戻った、ということか?」
ルシファーの頭が切れる名推理の結論をサタンが結んだ。
「くっ……その通りだっ……!」
「はあぁぁあ?!?!」
「そんなまさか……!!」
「……!」
「まさに“大”事件だな……レオ、詳しく話せ」
サタンにそう命令されたオレは覚えている限り――人間を保護したことから始まりグラスが大天使に戻るまでの経緯――の全てを話して聞かせる。もちろん、セシルに向かって壁ドゥ~ンが効かなかったことも付け加えて。
「――なるほど……グラスが大天使に戻った原因は不明だが、その人間が関係しているのは確実だな。その人間に事情聴取する必要があるだろう」
「それはいいね。壁ドンが効かないなんて僕も個人的にどんな女の子か見てみたいし」
「セシル! そんなことよりグラスの身を案じる方が優先でしょ?! レオも壁なんとかのどうでもいい情報はいらないから!」
「案じるのはグラスの身だけじゃないだろ。レオ、グラス抜きで仕事は回るのか?」
ルシファーの問いで、オレは明日以降の仕事量を想像して思わず天を仰いだ。グラスがいないとなると、大半の仕事を一人でこなさなくてはならない。
「定型業務だけならなんとか出来るんだけどよ……イレギュラーな仕事の方が追っつかなくなる」
「渡航違反者の増加の件だな……セシル、ヤンに緊急の連絡を入れてくれ。休暇中だが戻ってこさせてグラスの代理をさせる」
「了解。無視される可能性の方が高いけど……サタン、その場合はどうする?」
「そうだな……もしヤンがダメなら……その人間に手伝わせるか……落とし前をつけてもらわねば、な……」
「げぇっ……」
サタンは落とし前と言っているが、美咲に回せる仕事はそんなにない。おそらく監視が目的だろう。
……ってことは、オレは明日以降、美咲と一緒に仕事をしなきゃなんねーのかよ。人間とデスクワーク……?!
それは前代未聞だ。
「レオ、明日の出勤前にその人間をここに連れてくるんだ。いいな」
「ああ。わかったよ……」
魔界に来てかれこれ四千と数百年――今日ほど明日が来ないでほしいと思った日があっただろうか。
いっそ、起こったこと全てが夢であってほしいと思いながら、オレは自分の館へと飛び立った。
次話投稿は本日8/9の16:30です
※本日の22:30まで一時間おきに一話ずつ投稿します




