103日目② 奇跡(?)の組み合わせ
――ということで、私はこのなかなか広いサタンの秘書室の中を、ヒューの後ろに付いてぐるりと回って行った。部屋の大きさは総務大臣執務室の二倍ほどだろうか。
その内の四分の一は半透明な壁に守られた高セキュリティシステムの部屋が占めており、そこには鍵付きの部屋でないと保管してはならない書類やデータが入ったパソコンなどがあるそうで、ヒュー曰はく、『例えば、一ヶ月前に行われたルシファー様の公開罰の映像データなんかがその対象です』とのことだ。
もしもチャンスがあるなら、その映像を現在BL不足のこの私に是非とも拝ませてもらいたいものである。
そして、残りの四分の三は、至って普通の執務部屋という感じで、先述した高セキュリティシステムの部屋のような特段変わったところはない。
ずらりと並ぶ巨大なキャビネットに本棚、大きな作業用テーブルなどはグラス達の総務大臣執務室と同じものだし、コピー機やその他の事務用の備品もおそらく一緒だ。
しかし、一点だけ、執務机の配置だけは、グラス達の執務室とは大きく異なっている。というのも、グラス達の方は執務机が出入口の扉から一番離れたところで隣り合わせになっているのに対して、こちらは出入口の扉付近に執務机が二つ向かい合うように設置されているのだ。それも、まるで主を来訪者から守るために控える門番のように――!
……いや、『門番のように』じゃなくて、きっと本当にそのつもりなのかもしれない……! だって、さっき本人も予期せぬ訪問者は返り討ちにすると宣言していたし――! 身を挺して攻めを守ろうとするなんて、その姿勢は本当に――!
「――す、すんばらしい……!!」
「え? 何がですか?」
「……あ?! いえ、あの……執務机の配置とかが! 無駄が無いと言うか、導線をよく考えて配置されているので、素晴らしいなぁ、と!」
思わず口から出た言葉を誤魔化すように私がそう言うと、ヒューは一瞬びっくりした目をしてから、フッと目を細める。
「……それはありがとうございます。そう言ってもらえると、なんだか嬉しいですね。効率重視の配置のため、飾り気などは一切無い部屋ではありますが、仕事のしやすさは保証しますよ。と言っても、今は少々散らかっているのであれですけど……」
そう言ったヒューの視線の先には、高々とした書類の山がいくつも出来ている執務机があり、ヒューはその執務机の一方――扉から向かって右側――を手で指し示しながら「こちらが美咲さんに使っていただく机です」と言った。
どうやら本日の私の仕事は、これらの書類の整理や判押しらしい。
「これらのほとんどは、下級悪魔街の復興復旧作業に関係する書類なんですが、最終的に全ての部署からここへと集まってくるため、量がすごいことになっていまして……なので、美咲さんに来ていただけて、本当にありがたいんです……!」
「え、あ、いや、そんな! むしろこちらこそ感謝ですよ!」
サタンから秘書室勤務を言い渡されなければ、サタンに相手がいることも、そしてそのお相手がこんな素敵なワンコ系であることも、知ることは出来なかったのだから――! だからこの感謝の言葉は、本心からのものだ。
でも、一つだけ……本当に一つだけ、声を大にして言いたいことがある。それは苦言や文句という類ではなく、完全に私のエゴなのだが――。
……ヒューがこんなに素晴らしいワンコ系なのに、なぁんでサタンは眼鏡系じゃないのぉおおお?!
私はキィーーーッとしたい衝動をなんとか抑えながら、たった今仕事の説明を始めたヒューの顔を真顔で見つめる。
もちろん、サタンが悪いと言っているのではない。魔王様とワンコ系秘書の主従ものと考えれば、二人の力関係からしてサタン×ヒューはベストのカップリングだ。
けれど、私の大好物のカップリングは眼鏡系×ワンコ系であり、そのワンコ系が偶然にも目の前にいる――となれば、その相手に眼鏡系を求めてしまうのは、息を吸うのと同じくらい自然なこと、性なのである!
だがしかし、今回に限っては、いつもと話が違ってくる。というのも、サタンは私が求める眼鏡系の大事な容姿を一つ、すでに持っているのである――! それは漆黒のストレートロングの髪だ――! なお、理想の眼鏡系のグラスも、無論、ロングヘアーの持ち主である。
よって、サタンは眼鏡をかければ……魔王様系から素晴らしい眼鏡系の攻めに大変身というわけだ。
……ああ、もう……っ! サタンが眼鏡さえかけてくれたら……眼鏡さえかけてくれたら……!
グラスのような銀縁眼鏡がいいとか、そんな贅沢なことは言わない。だから、どうにか眼鏡をかけてもらえないだろうか――?! そうしたら、あとは私の妄想で、完全無欠な眼鏡系にするから――!
と、私がそんなことを考えていた時である。突然ヒューがハッとした顔をして説明を止め、素早く後ろを振り返った。
「――お電話が終わったみたいです」
ヒューがそう言った直後、背後からカチャリという鍵を開ける音が響く――。どうやらサタンが執務室から出て来るようだ。その証拠に、ヒューはすでに軽快な足取りで扉の前へと向かっている。
そして、ヒューが扉の少し前で待機が完了したちょうどに、扉がゆっくりと開き始め、開いた扉の先からサタンが姿を覗かせた――と言っても、私の位置からは扉が邪魔をして、その姿は見えていないのだけど。
でも、聞こえてくる声だけで、そこに居るのはサタンだとわかる。
「思ったよりも少し長引いたな」
「お電話、お疲れ様でございました。もしかして何かトラブルでも?」
「いや、それはない。話が少し盛り上がっただけだ。それよりも、美咲はもう来ているか?」
「はい、いらしておりますよ。あちらです――」
ヒューがそう告げてサッと身を引いた瞬間、今度こそ本当に扉の裏からサタンの姿が現れ、その姿が、その顔が、ダイレクトに私の瞳へと入ってきた――それも、もの凄い衝撃と共に。
「……んなっ?! うえ゛っ?! サ、サタン、それっ……えーーーーー?!?!」
「……なんだ。顔を合わせて早々いったいどうしたというのだ?」
「いや、だって……?! それぇっ……?!」
私が顔の前であわあわと手を動かしながらそう声を上げると、ヒューが「ああ」という顔でサタンに進言する。
「魔王様、おそらく美咲さんはお顔に掛けているもののことを言ってらっしゃるんですよ。パソコン用の眼鏡をお掛けになったままです」
そうなのだ――! なんとサタンは、眼鏡を掛けていたのである――! だが、まさかパソコン用だとは思わなかった……!
なんせ、サタンが掛けている眼鏡は、形状がスポーツ用のサングラスやスノーゴーグルに近く、私が日本の眼鏡屋さんで見たことのあるオーソドックスな眼鏡タイプのものとはデザインも厚みも大きく異なっている。正直なところ、『これから雪山に行く』と言われても違和感が無いくらいだ。
……って言うか、パソコン用ってことは、あの眼鏡、ブルーライトカットメガネってこと?!
「ああ、そういうことか。これはパソコンのようなディスプレイから受けるブルーライトの影響を抑えるための眼鏡だ。私はパソコン作業をする際は、必ず使うようにしている。最近、長時間のブルーライトが目にきつくなってきてな……」
サタンは私にそう説明しながらその眼鏡を外し、目頭を押さえてから、もう一度掛け直した。
……ま、魔王が……魔界のトップが、パソコンのブルーライトにやられている……! って、いやいやいやいや、そんなことはどうでもよくて――!
大事なのは、この分厚いゴーグルのようなブルーライトカットメガネが、私の求める眼鏡系の眼鏡と同等であると判断しても良いものか、ということだ。
先ほどは、贅沢なことは言わない、ただ眼鏡を掛けてくれたら――なんて思っていたものの、これを眼鏡系と言うのには、だいぶスポーティー過ぎる。
けれど、次の瞬間――そんな問題は、あっという間に解決してしまった。なぜなら――。
「……それは、魔王様がご自身の睡眠時間を削ってまでお仕事をしていらっしゃるからですよ。もっとわたしに任せていただければ――」
「――それはダメだ。ヒューこそ、いつも以上に仕事を抱えているだろう」
「ですが、限度というものがありますでしょう?――」
――という具合に、サタンとヒューが私の目の前で急にイチャつき始めたからである!
「はっ……はわわわ、わわわ……!!――」
それにより、私の腐った脳が一気に刺激され、私は一瞬にして腐り(悟り)の境地へと達することが出来た。
……私ってば、何をそんなに難しく考えていたんだろう……! ちょっとくらいスポーティーでも、サタンが眼鏡を掛けているというその事実だけで、充分だったのに……!
なんなら、もっと眼鏡に近いデザインのものをプレゼントするのもありだし、例えそれをしなくとも、私には持ち前の腐った瞳と妄想の力があるではないか――!
「――ハッ……?! 私には見える……! 私にはサタンが普通の眼鏡を掛けているように見えるぞぉ……!!」
よって、あれは眼鏡系×ワンコ系だ――! 今、私の目の前に居るのは、眼鏡系×ワンコ系の、新たなカップリングだ――! それも主従ものの――!
そう認識した途端、私の心がパーッと温かい光に包まれたような感覚になり、私はふと気が付くと、その場で五体投地をしていた。
多分、昨日のショックがあまりにも大きかったせいで、ほぼ瀕死の心境の中、新たに生まれた希望が本当に嬉しくて、全身全霊で喜びを表現したかったんだと思われる。
そして、そんな私の奇怪な行動にいち早く気が付いたのはヒューだ――。
「――って、美咲さん?! どうされました?! 大丈夫ですか?!」
「……美咲、それはいったい何をしているのだ?」
「魔王様、美咲さんはたまに発作が起きるそうで、今日もついさっき、お体の具合が悪そうだったんです!」
「発作に、具合が悪いだと……? 私にはそんな風には見えんぞ。むしろ、何かの儀式をしている格好のように見えるが――」
――けれど、私のこの喜びは、そんなに長くは続かなかった。それはもちろん、五体投地に至ったわけが、二人にバレてしまったから、とかではない。というか、その辺はバレるどころか、勘付かれてもいないので大丈夫だ。
では、何が理由かというと――。
『こんなに素晴らしい眼鏡系×ワンコ系の主従ものは、絶対漫画で描いて魔界中に広めなくちゃ!! って言うか、私にはそうする義務がある!! そう、義務がある!!』
――と、そう思って束の間、それを描いたことが本人にバレた場合、恐ろしい結末……『個人的な同人誌即売会も禁止』という未来が待っているかもしれないという可能性に気が付いたからである。
もしもそんな事態になったら、腐悪魔女子の友人らにも、私達のBL同人誌を買ってくれた腐悪魔女子のみんなにも、そして、まだ見ぬ潜在的腐悪魔女子のみんなにも、申し訳が立たない――!
かくして――。この日、新たな悩み『サタン×ヒューのBL漫画を描けない』が加わり、私の悩みは合計三つになったのだった。
それらをまとめると、以下の通りだ。
一、グラスとレオを二人きりに出来ない
二、同人誌即売会が開催出来ないかもしれない
三、サタン×ヒューのBL漫画を描けない
全ての悩みが腐り事関連なのは、腐女子の私に対する罰か何かなのだろうか――?!
やはりこの世界は、どんなに明るく進歩的に見えても、魔界という名の地獄であることには、変わりないようである――!
次話投稿は11/8の15:30です




