二十三日目① 火山にて再び
セシルに大きな貸しを作った日の翌日。今日からまたいつもの一日が始まって、私はすでに自分の日常の一部となりつつある魔王城に出社した。迎えはもちろんショタ(本日もツンツンはご健在)だ。
そのショタに付き添ってもらい、たった今魔王との謁見(持ち物検査と昨日のお礼)を無事終えた私はほんのりと懐かしさを胸に、一日ぶりの執務室へと足を踏み入れた。その室内の光景は一昨日とほぼ変わっていない。きちんと片付けられている作業テーブルに、隅の方に置かれている書類が入った箱の数々。そして、すでに仕事に取り掛かっているレオの姿――。
「お、来たか……ショタ、今日もありがとな――」
レオはそう言って席を立つとこちらに向かってくる。いつもならその場でショタに声を掛けて終わるのに珍しい。
しかし、本当に珍しいのはこの後に続くレオの台詞だった。
「――でさ、今日の帰りはオレが美咲を送っていくから」
「……は?」
「へ……?!」
今のは幻聴だろうか。私はレオから出た台詞が信じられず、思わず自分の耳を疑いながらも、もう一度レオの台詞を頭の中でリピートしてみる。
……いや、幻聴じゃない……! 確かにレオは言っていた……! 『今日の夜グラスに会おうと思う』と――! ハ、ハレルヤーーー!!
私はその場にしゃがみ込んで、天に向かって祈りのポーズをとる。その横で、少々不機嫌な声のショタがレオに詰め寄っていった。
「空耳……じゃないみたいだね。急に何? どういう風の吹き回し?」
「どうって……そりゃ、仕事が少し落ち着いたからに決まってるだろ? 送迎は本来オレがやるべき仕事だしな」
「…………何か企んでるとかじゃないよね?」
「たっ?! べっ、別にオレは何も企んでねーよ!! ただ、オレはその……! 美咲に借りを返そうと思っただけだ!!」
どうやら私はいつの間にか、レオにも大きな貸しを作っていたらしい。
「……ふーん。借りねぇ……」
「な、なんだよ……?」
「……ま、大丈夫か……美咲も喜んでるみたいだし……で、その借りはどうやって返すつもりなの?」
「……飯だよ。それもロイヤルタワーのフルコースだ!」
「ロイヤルタワー?! 随分高級な……あ、いや、それよりも……一応聞くけどそれっていつ行くつもりなの?」
「今夜だよ」
「「今夜?!」」
声を揃えてそう言った私とショタは、思わず顔を見合わせてしまう。何故なら――。
「――あの、それってちなみに何時に予約してる感じ……? 実は私、今日は夜の七時過ぎぐらいまで大事な予定が入ってるんだよね……」
その予定のためにわざわざ私物を持ち込んで、朝から魔王と謁見をしたのだ。
「いや、時間は指定してないぞ。今夜の営業時間全てを貸し切ってあるから、好きな時間を選び放題だ。つーか、もしかしてその予定ってやつはオレが付き添うことになるのか……まあ、いいけどよ。で、その予定はどこであるんだ?――」
◇
「――まさかマジで火山に来る羽目になるとはな……! それも徒歩で!! 飛んで行けばすぐなのにおかしいだろ?!」
「レオ、しーっ! だから、最初に言ったけどここに来てるってことを誰かに知られたらまずいんだってば!」
時刻は夕方の五時半過ぎ。先述の会話の通り、仕事を終えた私とレオは魔界の火山(魔死山)へとやって来ている。その目的は一つしかない。そう、ビビとアサコに会うためだ。
「知られたらまずいって、闇取引でもするのかよ……つーか、オレはお前がその友達とかいう奴とここで会うって話自体、信じてねーからな。プライベートで火山に来る奴なんてお前以外見たことねーぞ」
「うっ……! あ、でも一人居たじゃない! ほら、モップちゃん!」
「ああ、クソモップ……って、それはオレが騙して連れて来たやつだろ?! なんだよ?! 遠回しに責めてんのか?!」
「そんなことは――」
そう言いかけた瞬間、私達が今向かっているところ、すなわち頂上の方からするはずのないざわめきのようなものが聞こえてくる――。
「――ねぇ、気のせいだよね……? 今、何か声みたいなものが聞こえたような……?」
「あ? そりゃ聞こえるだろ。この時期になると二日に一回は残業があるからな。下級悪魔共がまだ仕事してるんじゃねーの」
「は……?! ……うっ、嘘でしょ?!――」
だが、残念なことに――それはもちろん嘘ではなかった。火山の頂上に到着した五時四十分ちょうど。そこには、屈強な悪魔達が黙々と凝固剤の袋を運んでいる光景が広がっていたのだ。
私は一人木の後ろに隠れながら(レオはルシファーに会うと言って監視塔へ行ってしまった)、その様子をそっと見つめる。
「――わー……本当にまだ働いてる……!」
「……そうなんだよね。アタシもそれを知らなくてさ」
「っ?! あ、アサコ?! ビックリした~!」
「わたしもいるわよ」
「っ! ビビ?! 二人共そんな近くに隠れてたの?! 全然気付かなかった……!」
二人と会うのはかれこれ二週間ぶりだ。私達はひそひそ声で久しぶりの再会を喜ぶと、早速これからの予定について話し合う。
「それでこの後はどうしましょう? この感じだとゴブドワの逢瀬はない可能性が高いわよね。それでも現場に行くべきかしら?」
「アタシは逢瀬がなくても行きたい。万が一ってこともあるじゃん」
「うん、私もアサコの意見に賛成。それに逢瀬がなかったとしても……見られたら厄介だし」
私は細心の注意を払い、最後の方だけかなり声を潜めてそう言った。それに対する二人の返事は当然のことながら「確かに」で、その見られたら厄介なモノが何なのかは、全員一切口にしない。
「……持ってきた?」
「ええ」
「もち」
「……それでは現場に向かうことに異論は?」
「ないわ」
「なし!」
ということで、私達は悪魔達の終業後に逢瀬の現場へと足を運ぶことが決定した。
「現場までの指揮はアサコにお願いしていい?」
「うん、任せて。今回も前回と同じく凝固剤の山を隠れ蓑にして進むルートで行こうと思う。先頭はアタシ、中央に美咲、後尾はビビの順番ね」
「「了解」」
「あとは美咲のダイブの件。美咲、生き残る準備は出来てる?」
「出来てるよ! 今回はハーネスベルトを持ってきたから、二人のどちらかと繋がっている限り落下の心配はナッシング!」
ちなみにこのハーネスベルト(それも三つ)はショタから渡されたものである。逢瀬を見に行くなら装着必須とのことだ。また、万が一の遭難にも備え、リュックの中には発煙筒に水と携帯食料を少々、スマホには登山用の位置情報アプリをダウンロード済みと、対策は万全と言っていい。
「オーケー。じゃあ今の内に全員ベルトだけ着けておこうか……何やら動きがありそうだし」
「動き?」
私が二人にハーネスベルトを渡しながらそう聞き返すと、アサコは監視塔の方を指さした。監視塔の入口付近には、たった今塔の中から出てきたらしいレオとルシファーの姿が見える。
「……あら? あの私服の赤っぽい髪色の彼は……ショタ様じゃないわよね? もしかして、今日のお目付け役は彼?」
「あ、うん。そうなんだよ。今日の午前中に急遽変更になってね」
まあ、変更と言っても本来のお目付け役はレオなのだが。しかし、その事実を知らないせいかアサコはそれが引っかかったようで、ハーネスベルトを着けるために動かしていた手をピタリと止めた。
「急遽変更……? それ、なーんか臭うな。てか、実際ここに来てからずっと臭ってるわけだけど」
「……へ? ここ、何か臭ってるの?」
私は四方八方をくんくんと嗅いでみるも、特段気になるような臭いは全く感じられない。
「……そんな気になるような臭いなんてしてるかしら……? いえ、ちょっと待って。それってまさか『腐臭がする』とかいうジョークじゃないわよね?」
「ああっ?! 腐女子が集まっている故に?!」
「……あのさ、アタシがそんな冗談を言うキャラに見える?」
「「見えない」」
「わかってんじゃん」
「じゃあやっぱり何か臭いがしてるって言うのね?」
「うん。風が吹く度に……金属がサビたような、そんな臭いが――」
アサコがそう言った瞬間、カンカンカンカンという高い鐘の音が鳴り響く――。終業の合図だ。
「――っし! 終わったぁ!!」
「案外早く終わったわね」
「うん、そうだね――」
時刻を確認すれば、現在は六時ジャスト。残業と言っても三十分だけの延長だったようだ。もちろん、何時間でも待つつもりでいたが、それでも早く終わるに越したことはない。
「――これでようやく始められる……!」
私はホッとして、この後控えているスペシャルな予定に胸を躍らせる。ところが――。
「ようやく始められるって、お前今まで何してたんだよ?!」
それは、突然頭上から聞こえてきた台詞により、一気に驚きのドキドキへと変えられてしまった。更にその台詞に続けて別の声が、それもかなり厳しい声色で私達に問いかけてくる。
「こんなところに隠れてコソコソと……いったい何を始めるつもりなのか、聞かせてもらおうか?」
それらの声の正体は確認せずとも明白だ。私が振り向きざまに声がした方を見上げてみれば、そこには予想通りの人物――左手を腰に当てやや呆れ顔のレオと両腕を組んで私を見下ろすルシファー――が立っていた。
次話投稿は明日8/25の15:30です




