五日目② 攻めのメンタルケアは腐女子の務め
そして本日の仕事終わりの午後四時過ぎ。今回で三度目となるいつもの謁見室にて、私はたった今、自分の雇用云々と合わせてグラスの復帰を魔王に嘆願したところだ。
私が話している間の魔王は終始無表情だったが、話を遮られることがなかった以上、感触は悪くないはず――と、そう思って束の間、玉座から「絶対ダメだ」という魔王の一言が響き、私の小さな希望は打ち砕かれてしまった。
「――なっ……?! えっ……?!」
「そんなに驚くほどのことでもないだろう。グラスは大天使化しているのだぞ。私はこの先その姿を魔界中に晒すつもりも、知らせるつもりも一切ない」
「一切……?! ……そ、それはつまり――」
グラスは堕天使に戻らなければ、ずっとあの館に幽閉されたままということではないか――!
「――察しの通りだ。よって、グラスの仕事復帰は堕天使に戻り次第となる」
「っ……!」
魔王のあまりにも厳しいグラスの処遇に、私は思わず複雑な顔で成り行きを見守っているショタへ助けを求めて視線を投げる。
しかし、ショタは私を咎めるように小さく首を振っただけだった。どうやらこの場には、魔王の決定に異を唱える者は私以外いないらしい。
そのことに軽くショックを受けていると、魔王はもっと厳しい事実を突きつけてくる。
「だが、美咲の解雇の件は心配しなくてもよい。大天使の迎えが来れば自動的に解雇になると決まっている。それにその迎えもあと一週間かそこらだろう」
「……いいっ、一週間……?! そんな……っ!!」
……それはいくらなんでも早過ぎるんですけど! こっちはようやく魔界の生活にも慣れ始めて、趣味の合う友達も出来て、これからもっと楽しくなるところなのに――! そして、グラスとレオのラブラブハッピーフィナーレをこの目で見る予定なのに――!
「……何やら随分と魔界を気に入っている様子だな。ここに居たいのであれば好きなだけ居てもいいのだぞ」
「えっ?! いいんですか?!」
「ああ。だが、大天使の迎えは一度きりだ。それを踏まえた上でここに残るかそれとも天界へ行くか……好きな方を選ぶがいい」
好きな方と言われても、その条件だと選択肢は二択のようで一択しかない。期待させて落とすとは、さすが魔の王だ。
「……残るのは止めておきます……!」
「……ふん……賢明な判断だな」
「ですが――」
だからと言って、グラスとレオが結ばれる瞬間を諦める必要はない。たとえ残りの滞在日数が短くても、理想の攻めと受けが目の前で結ばれる瞬間を見届けられるかもしれないこの千載一遇の機会を、みすみす放棄するなど愚行そのものである――!
むしろ、魔王にリアルなタイムリミットを教えてもらえたおかげで、私は当初の目的を再確認出来た。そのことに感謝してもいいくらいだ。と、いうことで――。
「――私は最後まであがき続けます! 感動のフィナーレを目の前で見届けるまでは! 初志貫通! ……あ、違った。ゴホンッ……! 初志貫徹!」
私はメラメラと心の炎を燃やしながら、二人にとっては何のことかわからない決意表明をしてみせる。
すると案の定、ショタはクエスチョンマークを頭に浮かべた顔をしており、一方魔王は眉をピクリと動かして、私の顔をまじまじと見つめた後、なぜか微かに口角を上げるという反応を示した。
「……ふっ……好きせよ」
「!」
「それではこれにて謁見は終了とする」
ところが――。魔王はそう宣言したにもかかわらず、玉座からサッと立ち上がると、今日は何故か後ろの天幕の奥とは逆方向へ――そう、つまり私の方へと向かってくるではないか。
私は訳が分からないまま咄嗟にその場で直立し、すでに私の目の前に移動してきた魔王――私の頭一つ分くらい背が高い――の顔を緊張の面持ちで見上げる。その顔は国宝級イケメンという言葉がピッタリなほど男前で美しい。
そんな魔王が、私を見下ろしながら声を潜めてこう言い放った――。
「――感動のフィナーレとはグラスとレオが枕を交わすことだろう?」
「ぅんぐぅっ?!」
……いや、普通に伝わってるぅ?! なんでぇ?!
「やはりそうか。グラスの身を案じて来たのかと思えば結局は自分の欲を優先するところに着地するとは、其方もなかなかだな」
「ぎぴっ……!!」
言われてみれば確かにその通りである。
……グラス、本当にごめん――! でもグラスの恋のアシストは絶対するから許してほしい――!
「ふっ……まあ、せいぜいあがけ」
そう言った魔王は真っ赤な瞳を楽し気に細めて笑っていて、私はその不意打ちの笑顔に思わずドキッとしてしまう。そして、それが『あがいても無駄だろうが』という煽りなのだということに気付いたのは、魔王が天幕の奥へと消えた後だった。
◇
その日の夜。今朝よりは少し浮上したがまだまだ元気のないグラスを誘って、私は館の屋上に来ていた。それも、天体観測をするために。ちなみにモップちゃんも一緒だ。
「――あっ?! 始まったみたいデシよ?!」
その声に慌てて夜空を見上げてみると、魔界の澄んだ夜空には淡い虹色のグラデーションの線が雨のように降り注ぎ始めており、その勢いはとどまるところを知らない。
「ホントだ……! ……私、肉眼で流星群を見たのって初めてかも……!」
「ぼくも初めてデシ……! 天界には夜がないデシから」
「そうなの?! じゃあ、魔界にいる内は夜も楽しめるから一石二鳥だね」
「……そう言われると返答に困るデシが……とりあえず今はあの流星群を望遠鏡で見てみたいデシ!」
モップちゃんはそう言って、パタパタと天体望遠鏡の方へと飛んで行ってしまう。こんなに楽しんでくれるのは大変結構なのだが、それがモップちゃんだけではこの催しを企画した意味がない。
ということで、私は一番楽しんでもらいたい人物――先ほどから私の真横で黙って夜空を見上げている――に小さく声をかける。
「……私、魔界の流星群がこんなにキレイだなんて知らなかったよ。グラスには見慣れたものかもしれないけど」
「……いや……そうでもないぞ。私もこうやってじっくり星を眺めるのは初めてだ……いつでも見られると思っているものほど、ちゃんと見る機会を作らないものだからな」
「わかる……! 仕事に忙殺されていると余計にまた今度でいいかってなっちゃうんだよね」
それで結局私は色々やり残したまま死んでしまったわけなのだが、もしも叶うなら生前オタクをしていた私に「仕事(特にミナミの動画編集とか)や会社の付き合いは最低限にして、オタ活を最優先にしろ!」と言ってやりたいくらいだ。
「ああ……それにしても、流星群が地上に降り注ぐ光景は実に神秘的だ……眺めているだけで全身が洗われている気持ちになる……!」
そうこぼしたグラスの顔は夕食後よりも格段に生気が戻っており、私はホッと胸をなでおろした。なぜならグラスのメンタルケアは、私が自分の目的を達成するためにも最重要任務だからだ。もちろん、純粋にグラスに元気を取り戻してほしい気持ちもあるけれど。
私は流星群のことを教えてくれ買い物にも付き合ってくれたショタに明日の朝感謝を伝えなくてはと思いながら、グラスにまた新たな提案をしてみる。
「ねぇグラス。もしよかったら、これから毎晩、気分転換でこんな風に屋上で過ごさない?」
「……うむ、それもいいな」
「ホント?! じゃあ私、明日は花火を買ってくるよ!」
「花火……いいと思うが……実はやったことがない」
「え」
私が意外だという声を出すと、グラスは少し恥ずかしそうにそれは自分だけではないと言った。
「サタン含め堕天使はほぼ全員やったことがないのではないか? ……うむ。とにかく明日は花火だな? 楽しみにしているぞ」
「……うん、任せて! 定番から奇抜なものまで色々買ってくるから!」
……グラスの初めての花火――楽しい思い出になるよう、俄然張り切らせていただきます!
――と、そこへ、望遠鏡での観測に満足した様子のモップちゃんがこっちに向かって飛んでくる。
「二人共、何か盛り上がってる感じデシね?!」
「うん! 今ね、明日の夜は花火をしようかーって話してたんだよ。モップちゃんももちろんやるでしょ?」
「花火?! もちろんデシ! 魔界の花火はどんな花が光るんデシかね?!」
「いや、確か魔界の花火は花ではないと記憶しているぞ?」
「そうなんデシか?! それでどうやって光らせるんデシ?!」
何やら二人は気になる会話をしているが、それよりも私は明日の花火をどう盛り上げるか考える方に集中だ。
「……花火と言ったら浴衣を着た方がテンション上がるよねぇ……? ってか、レオを誘うのもありなんじゃない……?! 攻めと受けの浴衣姿とかヤバぁ……! ぐひひっ……! 明日出勤した時に誘ってみるか……!」
そんな感じに、私がグラスに聞こえない声で呟きながら思考する傍らで――モップちゃんがそれをバッチリ耳にしていたことにより、明日の朝、自分も魔王城へ一緒に行くと言い出してショタの仕事を増やすことになるのだが、それと同時に私はモップちゃんの言う『クソ犬っころ』の正体をやっと知ることになった――。
次話投稿は明日8/20の15:30です




