三日目② ビビからの提案
「何から話したらいいかな……とりあえず、体調はまだよくないよ。昨日は何回か発作が起きてたみたいだし」
「……」
「でも、昨日の夕食後から今日の朝食まで発作は一度も起きてないって言ってたから、少しずつだけど回復していってると思う。このペースなら数日以内に外出可能なくらい回復するのもまんざらでもないんじゃないかな」
「…………そうか……」
私の話を聞いて少し安心したのか、レオは組んでいる腕をゆるめ、小さく息を吐く。
「……様子が気になるなら今日の帰りにでも寄ってみたらどう? グラスも喜ぶだろうし」
なんなら、お見舞いだけでなく食事介助もしていってくれて構わない。そしてグラスの体調が許せば、その後ぐふふな展開になってくれても大いに結構――いや、むしろそれを強く希望する。
しかし、レオの返事はまさかの「それはやめておく」というお断りだった。
「どうぇっ?! な、なんで?! ふ、二人はそんな遠慮し合う関係じゃないでしょ?!」
「……別に遠慮してるわけじゃねぇよ」
「じゃあ……?」
「……オレ自身の問題だ……あいつが前の姿に戻っちまったなんて、オレはまだ信じられねぇ……信じたくないんだ――」
レオは悔しそうに唇を噛みしめる。その気持ちは私もわからなくはない。何世紀も変わらず一緒に過ごしてきた相方が突如として変化してしまったのだ。それも、愛に目覚めたからという、堕天使には理解し難い理由なら尚更である。レオがこの現実を受け止めるにはもう少し時間が必要なようだ。
「――だが、だからと言っていつまでも目を背けているわけにはいかねぇ。オレもオレなりに色々考えてんだ……グラスにはそのうち会いに行く。ただ、今日じゃねぇってだけだ」
「……わかった。グラスにもそう伝えておくよ」
「……ああ……」
レオは気まずそうな顔でそう言うと、それを誤魔化すように残りのドーナツを頬張り、モカを一気飲みした。それにつられて、私もジンジャーティーをズズズと口にする。
お茶をしばく目的も達成されたようだしそろそろお開きだろう。あとは私がビビと少しでも話せたら完璧だ――などと考えていた瞬間、レオのスマホに着信が入った。どうやら入電だったようで、レオはスマホを耳に当ててぼそぼそと短く答え、すぐに通話を切ったかと思うと、間髪入れずに「今すぐ戻らなければいけなくなった」と私に告げた。
「仕事?」
「そうだ。だからお前のことは別の奴……ショタに家まで送るよう頼んでおく」
「ショタ……?」
「昨日、あの部屋にいた堕天使の一人だ。ピンク髪のチ……小柄な奴。覚えてねーか?」
「ああ! あの!」
王道のショタ系か。
ちなみにショタというのは本名らしい。
「あいつが来るまでここでしばらく待ってろ」
「それは構わないけど……一人で帰れるよ?」
魔王城から歩いて帰るとなると何時間かかるかわからないが、魔界大通りからならスクーターをレンタルすればグラスの別荘まで三十分もかからないし、飛ばせばもっと早く着く。
「それはダメだ。オレは美咲の送迎の命を受けている。お前が一度帰った上で、一人自由に動く分には問題ないが、今はまだ仕事の延長みたいなもんだからな。だからお前はショタが来るまでここで待っとけ。いいな?」
ということで、私はその指示に従順の意を示し、ついでにレオの分の片付けも請け負って、レオを送り出した。店から出たレオの姿は瞬く間に大通りの人込みへと紛れていく。
そして、それを見届けた私に向かって「美咲、昨日ぶりね」と声をかける人物が一人――無論、隣のテーブル席のビビだ。
「ビビ! また会えたね。実はまたビビに会えたらなって思ってたんだ」
「わたしもよ。また会えて嬉しいわ」
本当に嬉しそうな顔で笑いかけてくれるビビに、私も自然と笑顔を返す。
「……今日もやっぱり、例の二人が目当て?」
「ふふ。それもあるけど、さっき仕事がひと段落したから休憩も兼ねて、ね。美咲は……もしかしてデートぉ?」
「ぐふっ、でっ、でぇとぉ?! 違う違う違う! さっきのは情報提供というか……ううん、違う……そう! 始まりそうな恋の相談に乗っていたの!」
「始まりそうな恋の相談?」
ビビは予想外の答えが返ってきたとばかりに目をパチクリさせる。
「そうなの。それも大っぴらには出来ない恋でね……」
「……ってことは略奪系か何か?」
「ううん、そういうのとはまた違くて……」
私は周りをキョロキョロ見回しながらビビの隣の席に座り直すと、口元に手を当ててビビの耳元でこう囁いた――。
「――さっきの彼、私の中では受けなの」
「っ! ……その話、詳しく聞かせてくれる?!」
「ぐふっ……もちろんよ! ちなみにその彼とお相手の関係性だけど……ビビが好きな唯一無二の相棒系なの」
「っんまぁ~! それは尚更聞かなくちゃじゃない!」
私達は「うふふ」「おほほ」とお上品に笑い合って、その実、少々下品な話を展開していく。ちなみにビビへの説明は多少のフィクションを混ぜており、詳細は省くがグラスを攻め、レオを受けとし、グラスの大天使化を重い病気に、勤め先の魔王城を普通の会社に変更した上で、二人の今日までの歴史を熱く語らせてもらった感じだ――。
「――で、なんだかんだ言いながらも、受けは攻めの現状を受け入れようと必死に自分の常識と葛藤してるってわけなの」
「……切ないけどドラマチックな話ねぇ……!」
「でしょー?!」
ぶっちゃけて言えば、私的には二人の話で薄い本が一冊描けてしまうくらいの感動物語である。
「ええ、本当に! ……でも、気になる点が一つだけ……」
「どこどこ?! なんでも聞いて!」
「……どうしてさっきの彼が受けなの? 美咲の話を聞いている限り、どっちがどっちかはまだハッキリ決まっていない感じがするのよ」
「ぐっふぅ……!」
計らずも本質の部分を突かれた私はギギギと身体を強張らせた。そうなのだ。レオが受けなのは私が眼鏡系×ワンコ系が好きだからであって、本当のところはまだわからないというのが正直なところ――逆の可能性だって十分有り得る。
「わたしはどっちが受けでもいいのよ。でもリバ有り派の美咲にしては、決めつけというか、少し意見が偏り過ぎている気がして……」
「……!」
私は先ほどから続くビビの洞察力の高さに驚きつつも、正直に自分の一番の大好物であるカップリングがグラスとレオの外見と一致しているため、どうしてもその通りになってほしい願望が強いことを吐露した。
ビビはそんな邪な願望に対して強く共感を示し――思いもよらない……まるで悪魔の甘い囁きのような案を口にする。
「……ねぇ、ここだけの話、美咲がその願望を叶えたいなら、さっきの彼を受けに、病気の彼を攻めになるよう誘導するのもありだと思うわよ」
「誘導……?!」
「そうよ。息を吐くように相手の意識を少しずつ侵食していくの……洗脳って言った方が近いかしら」
「……!」
会話の内容が一気に怪しくなってきた。私は興奮と緊張でゴクリと唾を飲み込む。
「そう構えなくても大丈夫よ。罪を犯すわけじゃないんだから。ただ、彼らの生活に美咲の願望を自然と刷り込んでいくだけ」
「刷り込む……」
「ええ。一日に一回から数回、彼らに美咲の願望を具現化したものを見せるだけでいいの」
「……それって……! サブリミナル効果ってこと……?!」
「正解」
「でも……難しいんじゃない……?」
私はグラスとレオに結合描写の絵を見せるところを想像する。
「難しいどころかとっても簡単よ……例えば受けには攻めのナニを連想させるようなものを頻繁に見せるだけでいいの。攻めはその逆ね」
「!!――」
なるほど。そういうことか。
「――つまり、受けには竿を、攻めには穴を見せるってわけね?」
「その通りよ。まあ、さすがに竿を毎日視界に入れるのは不自然過ぎるけど……何か太めの短い棒とかだったらいけるじゃない?」
「確かに……! ビビ、天才!」
「うふふ」
そうやってビビに唆された私は、早速浮かんだ『受けに練乳をかけたバナナを見せる』というアイデアを提案してみる。しかし、それは即座に「いくら何でもそれは直接的過ぎてバレる」と止められてしまった。もっとやんわり連想させるものじゃないとダメらしい。
ということで、卑猥な連想ゲームを開始した私達は、数十分かけて完全無欠なアイテムに辿り着き、その後は昨日と同じ妄想話(出演:ヤギ太と三男)に花を咲かせた。そしてビビが店を出る直前に連絡先を交換したのち、また近々会う約束をして別れたのだった――。
「――あ~、楽しかった! ……あれ? そういえば、私、何か忘れてるような……?」
「……おい。そこの下劣極まりない猥談女!」
「?!」
すぐ後ろの席からそう声がして、下劣な話をしていた自覚のある私は恐る恐る振り返る。するとそこには、嫌悪感バリバリの顔のショタが私服姿で座っていた。
「レオに頼まれて渋々来てやったのに、まさかダスボの店員のあんな下劣な話まで聞かされる羽目になるとか想定外なんだけど……!」
その口ぶりから察するに、少し前から後ろの席で待っていてくれたようだ。
「……あ、待たせてしまってごめんなさい」
「そっちじゃないから! 待ったは待ったけどさ?! はぁ……仕事だから家まで送ってはいくけど……今から俺が質問する答えを口にする時以外は一言も喋らないでよね?!」
ショタは私にピッと人差し指を向けてそう言い放つ。これは完全に嫌われた、というやつである。と言っても、ショタと会うのはこれっきりだろうし、別にいいか。
「ちょっと?! 聞いてんの?!」
「……あ、はい。基本黙っています」
――ところが、私のこの予想は大外れで、ショタは翌朝もグラスの別荘に現れたのだった。
次話投稿は明日8/11の15:30です




