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三日目① レオとお茶をしばく

「……グラス、あ、あーんして下さい……」

「……ん」


 翌日の朝九時半過ぎ。出社準備を終えた私は、昨夜に引き続き、いつ発作が起きるかわからないグラスのために羞恥に耐えながら食事介助をしている最中だ。


 ……ジーザス! この役割がレオだったらどんなに良かったか……!


 実は私、敢えてグラスの朝食時刻をレオが告げた迎えの時間まで引き延ばしていたのだ――レオに食事介助をやらせるために。


 でも実際はそう上手くいかず、迎えの時間を過ぎてもレオが来ないため、結局私が下手糞な手つきでスプーンをグラスの口元へと運んでいる。


「……昨日も思ったが、美咲は料理が上手いな」

「そ、そうですか……? ただのたまご雑炊ですし、誰が作っても同じような味になると思いますけど……?」

「……ふむ……そういうものなのか……?」


 グラスは考え込むように私の顔をじっと覗き込む。何か変なものを入れていないか疑われているのだろうか――だとしても、そんなに至近距離で見つめないでほしい。理想の攻めの顔だけあって、三次元のイケメンに免疫のない私には刺激が強すぎる。私は思わずうっと息をのんで身体を後ろに引いてしまった。


「……昨夜も言ったが、そこまで警戒せずとも私は君に危害を加える気は何もないぞ?」

「そ、それはわかってます!」

「じゃあなぜそんなにも距離をとろうとする?」

「っ! ……そ、それは、えっと――」


 そんな風に言葉に詰まった私を、メールの着信音が救った。音の発信源は昨日の仕事終わりにレオから渡された私のスマホだ。メールの送り主ももちろんレオで、私が慌ててメールを開くと、『今すぐ外に出てこい』という簡潔な一文が画面に表示された。


「――すみません、今すぐ出てこいとレオからメールが来ました。残りの雑炊はどうしますか?」

「……おそらく自力で食べられるだろう。美咲は早く行くがいい。色々と大変だと思うがよろしく頼む」

「はい。何かあればスマホに連絡下さい。それでは行ってきます!」



   ◇



 その日の午後。レオがいた午前中とは打って変わって静まり返った総務大臣執務室で、私は一人真面目に渡航違反者の調書を見ながら、カタカタカタとパソコンのキーボードを叩いている。手書きの、しかもだいぶ急いで書いた調書のコピーは判別が難しい文字も結構多いため、文字の解読に時間が取られることもしばしばだ。


 それでも、魔界の地名や勤め先の社名を知るのは面白いし、人間界から持ち帰って来たモノリスト――つまりお土産である――を入力する時なんかは馴染みのある商品名がよく出てくるので、その度に少々懐かしい気持ちになれる。


「……ふはっ! この下級悪魔の人、持って帰って来たお土産の量が多すぎて欄からはみ出てる……」


 梅酒から始まり、焼酎にウイスキー、赤ワインに白ワインと、居酒屋でも開くの? という量のありとあらゆる種類のお酒を、それもダースで持ち帰っている。レオの話によると、下級悪魔は自分の欲望にかなり忠実だそうだが、それにしても欲張りすぎだ。


「……特に赤ワインがお気に入りっぽいな……って、養〇酒まで入ってるじゃん……これ絶対、普通のお酒だと勘違いして持って帰って来てるよね……!」


 この悪魔が養〇酒を飲んだ時の反応が目の前で見られないのは非常に残念である。


 その他、下級悪魔が持ち帰ったお土産には嗜好品の煙草や葉巻、ジュースやお菓子が圧倒的に多い。持ち帰れるモノが消えモノに限定されているため、どうしても嗜好品に偏ってしまいがちなようだ。ちなみに、中級悪魔がよく持ち帰っているお土産は高麗人参のサプリや王室御用達の高級茶葉などがほとんどで、数も多くない。


 一瞬、何で渡航したの? と思ってしまうような量だが、基本的に悪魔達は人間を唆し闇落ちした魂を回収することが目的なので、お土産はあくまでおまけみたいなようだ。


 そんな感じに楽しみつつ、私は本日もせっせと仕事を片付けていく。そして、終業時刻に差し掛かったところで、レオが戻って来た。


「おかえりなさい。え、もうこんな時間……」

「……少しは進んだか」

「うん。調書への押印は全部終わって、午後からはデータ入力に入ったよ」

「わかった……じゃあさっさと支度しろ。オレの支度が終わったらすぐ出るぞ」


 レオはそう言うと、トイレがある方の本棚の押し戸の中へと入って行った。


「りょ、了解!」


 レオに支度らしい支度はないので、トイレに行ったのだろう――そう思って、私は急いで帰りの支度を済ませ、執務室の扉の前でスタンバイする。


 ところが、意外なことにレオはなかなか戻ってこない。もしかして過労で倒れてしまったのだろうかという考えが頭の中によぎった瞬間、レオは本棚の裏から戻って来た。それも、いつもの神官のような服ではなく、目深に被った帽子と眼鏡の私服姿で。どこからどう見てもよくいる若者の一人だ。


「レオ……?! その恰好……?」

「……ちょっと付き合え」

「……はい……?」

「だから、今からちょっと付き合えって言ってんだよ」


 レオはぶっきらぼうにそう言いながら執務室の扉を開け、ずんずんと廊下を進んでいく。


「つ、付き合うって、どこへ?!」

「そんなの決まってんだろ! どっか適当な店に入って、茶ぁしばくんだよ!」

「あ、ああ……お茶ね、お茶……あ、ま、待って! それなら私、いいお店を知ってるから! ……そこで、どうかな?!」


 私のこの提案に対し、レオの返事は「めんどくせぇからそこでいい」だったので、私は嬉々として昨日も行ったお店に案内することになった――。



「――っておい。いい店ってダスボじゃねーか。天下の堕天使様を連れてくる店がチェーン店って……」

「だって、私が知ってるお店はここだけだし……それにグラスのお金を使わせてもらってる身としては、なるべく安くすませたいっていうか……」


 とは言ったものの、それは建前で、本音は今日もヤギ太と三男の絡みが見れないかなーとか、またビビに会えたりしないかなーとかだったりする。


「……もういい。とにかく入るぞ」


 レオは自動ドアの中に足を踏み入れ、私も一歩下がった状態で付いていった。同時に「いらっしゃませー」という声が唱和し、三男のいるレジカウンターに並んだ。どうやらヤギ太の方は休みか休憩中のようだ。残念。


「い、いらっしゃいませ……ご注文は?」


 三男は少し顔を引きつらせてレオと私を交互に見た。


「オレはホワイトチョコレートモカを一つとアーモンドドーナツを二つ。お前は何にする?」

「えっと……じゃあ私はジンジャーティーのアイスを一つで」

「かしこまりました……お会計はご一緒ですか?」

「ああ。一緒で」

「え?!」

「……ったりめーだろ。お前、オレをなんだと思ってんだ? 無一文のお前に金を払わせるほど性根は腐ってねーよ」

「お、おおん……」


 レオは私がお礼を言う暇も与えず、スマートにさっさと支払いを済ませてしまった。ほどなくして注文の商品は全て揃い、私達は店内を見渡して空いている席を探す。


「……ここの店舗はこの時間も混んでんだな。おい、空いてる席はあそこの二箇所だけだぜ」

「!!」


 そう言って、レオが指さしたのはなんとビビの両隣の席だった。そして偶然にもレオは私が昨日座っていたテーブル席を選び、ビビの隣の椅子に腰かける。私はその向かいの席に座り、さり気なくビビの方を見てアイコンタクトを送った。ビビもそっとウィンクを返してくれる――隙を見て絶対声をかけなくては!



「…………ちゃんと生活出来てんのか」


 むしゃむしゃとドーナツを頬張り、それをモカで流し込むという作業を数回繰り返した後、レオは重い口を開けるようにそう聞いた。


「……うん。豪華な部屋を使わせてもらってるし、更に足りないものも好きに買わせてもらってるから、むしろ快適過ぎるくらい。ホントありがたいよ」


 前世の常識で例えるなら、ルームサービスはない高級ホテルのスイートルームで寝泊りし、お金も使い放題といった具合だろうか。更に大好物のカップリングのリアリティーショー付きの生活となれば、不満などあるわけがない。


 ところが、私のこの答えは間違っていたようで、


「……はぁ~……あのなぁ、このオレがそんなこともわからないと思うのか?」


 と言って、レオはむすっとした顔で察しが悪いと言わんばかりにそっぽを向いてしまった。


「……えっと……?」

「……オレがお前の暮らしぶりを聞くためにわざわざ茶ぁしばくか? って言ってんだよ」


 なるほど、確かにそうだ。じゃあ誰の暮らしぶりを聞きたかったのか――と考えて、私はすぐさま理解した。そう、グラスの話を聞きたかったのだ……!


「ああそういうこと! うんうんうんうんそっかそっかそっかそっか! 心配だよね?! そうだよね?!」

「おいっ! 声がでけぇ! あとその早口やめろ! なんか気持ち悪ぃ!」

「ぐふっ……ごめんごめん……つい興奮しちゃって……で、グラスの様子を聞きたいんだよね?」


 私が声のトーンを落としてそう確認すると、レオは腕を組んで警戒するようにこっちを見ながら、小さく「ああ……」と答えた。

次話投稿は明日8/10の15:30です

明日より一日一話投稿になります

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