5話‐1
「ハァ、ハァ……何とか撒いたみたいだな」
今は使われてない廃倉庫を改造したアジトまでたどり着き、辺りを見回してから追手が来ていない事を確認するとアジトの中に入り、扉を閉めて鍵をかけるとその場に座り込んで息を整える。
銀行強盗を決行したはいいが、使えない仲間や邪魔するヒーローと警察のせいで失敗に終わり捕まってしまったのが数日前。
刑務所への護送中に隙を見て逃げ出し、警察の追跡を逃れて何とかアジトの一つまで逃げ出しきたというわけだ。
しかし、安心はできない。
このアジトの場所自分たちしか知らないが、一緒に捕まった奴等が口を割らないとも限らない。
使えそうな物だけ回収して、早く立ち去らなくては。
「そんなに急いだ様子で、どうしたんですか?」
アジトを漁っていると、突然背後から声をかけられる。
慌てて振り返った俺の視界に映ったのは、一人の腰ほどまである黒く艶やかな髪を持つ少女だった。
パンツスタイルのスーツに身を包んだ少女が、微笑みを浮かべながら此方を見つめていた。
「……お嬢さん、どこから入ってきたかは知らないが、こんなところにいたら危ないぜ。悪いこと言わないから、早く出ていきな」
警戒されないように、軽い口調で少女に立ち去るよう促しつつ、少女から見えないように身体で片手を隠しながら、アジトで回収したナイフを持つ。
只の迷子なら良かったんだろうけど、恐らくそうじゃない。
アジトの入口は一つだけで、入口鍵も先程閉めてきた。
そして倉庫の部屋はここ一つだけ。
だというのに、この少女は俺に悟られる事なく、突然現れたのだ。
間違いなく只の子供じゃない。
「警戒するのもわかりますが、まずはナイフを捨ててください。落ち着いて話す事もできませんから」
少女は笑みを浮かべたまま、俺がナイフを用意している事を見透かし捨てるように要求してくる。
……試してみるか。
ナイフを捨てると見せかけて、少女目掛けて投げつける。
「……おいおい、マジか?」
一体どんな仕掛けがあるのか、一直線に少女へ向かい、傷付ける筈だったナイフは刺さる直前に床へと落ちた。
そして少女は相変わらず笑みを浮かべたまま、俺に近づいてくる。
「随分と豪快な捨て方でしたね。中々の腕前です」
自身にナイフを投げつけてきた相手に、少女は臆する素振りも無く話しかけてくる。
「お前、何者……いや、やっぱりいい。俺は早く逃げないといけないんだ」
この得体の知れない少女が何者なのか一瞬だけ気にはなったが、すぐにここまで来た目的を思いだし、先程投げたナイフを拾いに向かおうとする。
「警察から逃げて、どこかに行く当てはあるんですか?」
背後から投げかけられた少女の言葉に、思わず振り返ってしまう。
こいつ、何で俺が警察に追われていると知っていた?
「刑務所への護送中に脱獄した強盗犯がいるという情報が入って、スカウトしに来たんです」
「……話を聞かせてもらおうか」
普通ならこんな子供の言う事は聞かないが、この少女は明らかに普通とは違う、異常な存在だ。
話に耳を傾けた方が、都合が良いだろう。
「話が早くて助かります。貴方には私達の組織に入って私たちの名と、逆らえばどうなるかを世間に広めてほしいんです」
要するに、こいつらの名を叫び、称えながら暴れろという事か。
何で態々宣伝なんかするのかと疑問に思ったが、そんな事よりももっと大事な事が他にある。
「仕事の内容はわかった。報酬は?」
俺へのメリットだ。
態々リスクを背負いこいつらに従うより、一人で動いた方が性に合っている。
「お金は勿論、仕事を遂行する為の力も与えます。そして、貴方を捕まえた者たちへの復讐も手伝いましょう。勿論、報酬の一部は前払いです」
少女はそう言うと、此方に何かを差し出す。
七桁の数字が書かれた小切手に、髑髏のレリーフが彫られたプレート?
「わかった、あんた達の世話になることにしよう。それで、こいつは何だ?」
プレートが何なのかわからないが、前払いの報酬としては十分。
何より、俺の邪魔をした奴等に復讐までできるのだ。
小切手とプレートを受け取り、小切手を懐に入れてからプレートについて質問する。
「後で説明をしましょう。まずは私たちの拠点まで案内しますよ……それにしても、貴方が物分かりの良い人で助かりました。もし断られていたらこの場で気絶させて、警察を呼ばないといけませんでした」
どうやら、この少女に会った時点で俺に選択肢は無かったようだ。
それにしても、こいつは本当に何者なんだ?
「拠点まで案内してもらおうと言いたいところだけど、その前にあんたの名前を教えてくれ。何て呼べばいいのかわからない」
少女は俺の言葉を聞くと、笑みを浮かべたまま口を開く。
「私の名はヴァッサ。秘密結社ノワールガイストの幹部です」
※
「中々使えそうな能力じゃねえか。ここは俺に任せて、早く逃げな!」
突如として現れた甲虫のような質感の青黒い甲殻と、両手に蟹のようなハサミを持った異形の怪物。
その目的はわからないが、ど俺では無く碓井の味方だというのは確かなようだ。
「新手かよ。何でこんな時に……」
姿を現した新たな怪物を前に、思わず弱音が漏れてしまう。
いや、悲観している暇はない。
奴が何者かは知らないが、どう考えても敵。
何とかして倒さなくては。
「ヒヒッ、誰だか知らないけれど、助か――!?」
「うおりゃあぁぁぁ!!」
生じてしまった隙を見逃さず、碓井は俺から距離をとって新手の怪物に話しかけようとする……が、雄叫びを上げながら突っ込んできた影により邪魔をされた。
……一人だと苦しい戦いになりそうだったし、今回はアイツが来てくれて有難い。
「正義のヒーロー、ソニックライダーただいま参上! 先輩、こいつらが今回の敵だな?」
スーツを身につけた音切が碓井を殴り飛ばした後、俺の隣まで飛び退きながら話しかけてきた。
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