終章 終焉、そして始原
「終わりましたね」
到が一息吐くと、ヴァイスが綾子の身体から離れた。
「綾子…本当にありがとう。封印を解いてくれて…。あの詩はね、魂を封じる前に、無力な自分を嘆いて書いた物だったんだ。そしてそれを自分への戒めとするため、封印を解く導きとして」
ヴァイスの話から、到はこの戦いがノエルに仕組まれていると確信した。あの詩を知ることが出来た存在。そしてそれを時が来るまで隠すことが出来た存在。
「乗り移られたのにはびっくりしたけどな」
「君は真由美と違って魔法の契約をしていなかったからね。身体を借りる必要があったんだ」
ノエルはヴァイスが生きていたことを知っていたのだろう。だとすると、何故過去の戦いでラファエルやシェルに教えなかったのだろう。そうすれば彼らはここまで傷つかずに済んだだろうに。それも彼の計画の一部なのだろうか。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ
「!?」
突然塔内が揺れ出す。
「なんだ!?」
「いけない!この塔は元々過去のもの…無理やり持ち込んだから現実空間に安定していないんだ!」
ヴァイスが声を張り上げる。
「このままじゃ、塔も私達も亜空間に呑まれてしまうわ!」
「みんな、集まるんだ。転移魔法を使う」
友美が中央に進み出た。
「幸広、手伝いなさい」
「ああ、わかった」
二人が唱えた呪文は、部屋の床全体を魔方陣で巡らせる。そして、そこから発する光に包まれ一行は脱出した。
☆ ☆ ☆
着いた先は天界のクリスタルタワーだった。そこではチェイニーや天使達が待っていた。
「急に魔物が出現しなくなったから、クロウを倒したんだと思って待っていたんだ。みんな無事で良かったよ」
チェイニーが胸を撫で下ろす。
「ルシフェル、頑張ったようですね」
ルシフェルにそう労いの言葉をかけたのは炎天使の長だった。
「まあな。とどめさしたのはオレじゃねえけど…」
「いいのです、それで。貴方達は導士。聖戦士を導くことが役目だったのですから」
長は穏やかに答えた。本当は、自分があまり役に立てなかったようで不甲斐なく思っていたのだが、長に言われてなんだか安心した。
「……ありがとう。この腕輪、返すな」
「…フ。いつか君が、これの正当な持ち主になるかもしれないな」
長はそう呟いた。
「いーよ、別に。そんなもんならなくってもさ」
長になるとか、そんなこと考えたこともない。今はただ、大事な仲間がいるだけでいい。旅は終わってしまうけれど、彼らと過ごしたこの日々は、変わらないままこの胸に有り続けるから。
「ルシフェルっ」
リーナが緊張の面持ちで声をかけてきた。
「話があるって…言ってたでしょ」
「…ああ」
困った。話があると言ったのは自分だが、いざとなると言葉が出てこない。今回の戦いでだいぶん度胸はついたが、どうやらこの場合に必要な度胸とはまた違うものらしい。
「要するに…これからも、一緒にいたいんだ。だから…」
「本当!?それってつまり」
「おめでとう!」
リーナがルシフェルの意思を確認しようとした時、周囲にいた風天使の一人が言った。
「お…、お母さん!?」
「…って、おまえの!?」
もう少し人目を考えるべきだった。よりによって相手の親に告白を聞かれてしまうとは。ルシフェルは穴があったら入りたい気持ちだった。
「じゃあ、世界を救った英雄と、娘達の結構を兼ねてお祝いしましょう!」
「そうだな…。祝い事なんて久しぶりだし、やるか」
チェイニーもやる気満々で頷く。
「おい待て、結婚の祝いって、よもやまさか誓いのアレやるんじゃねーだろな!?」
「ほう、それは良い考えだな」
友美がにやりと笑う。
「何?アレって」
天使には結婚式という風習がない。自分は到から聞いて知っているが、リーナはよく知らないのだろう。
「ねぇ、何よ」
「言えるか、バカ!」
なおも聞くリーナに、恥ずかしくてそう言うしかなかった。
「誰がバカよ!」
「全く。ルシフェル、君がいくら奥手の十二歳の少年でも、キスごときで取り乱すようじゃ…」
「わーーーーーっっ!!」
「え、ええっ!?そんなの人前で出来ないわよ!」
到の言動にリーナも慌てふためいた。
「無理強いはよくないよ」
「そうだぞ」
真由美と幸広が止めに入ったお陰でなんとか免れた。話のわかる人間がいて良かった。
「でも結婚式らしいことはしてほしいですわ」
「じゃ、あれは?ブーケトス」
みゆりの要望に綾子が提案する。
「なんだおまえ、ブーケもらいたいクチか?はは〜ん、さては好きなやつでも…」
「そうなのか?」
博と幸広が綾子に尋ねる。
「ちげー!いねーよ、そんなん!」
「まぁどうしましょう!?私、綾様とブーケを賭けて決闘を!?」
「聞けよ、人の話!」
二人のやりとりを聞いていた幸広が目を丸くする。
「みゆりも欲しいのか?!最近の中学生はませているなぁ」
「でもさぁ、このメンバーの中でって、年齢的に言ってみゆりが最初に結婚する確率はかなり低いと思うんだけど」
容赦ない真由美の一言に、みゆりはすっかり意気消沈する。
「確率がどうの以前に物理的に不可能だろ。何故ならそのブーケは俺がもらうんだからな!はっはっはっ!」
「おまえかよ!」
「欲しいんですか…、ブーケ…」
到が冷ややかな視線を送る。
「…面白い人だね」
「ええ…まあ」
やっぱりシェルとヴァイスは苦笑い。
「でも…僕も欲しかったな、ブーケ」
「え?」
「出来たなら、君と一緒に生きていた頃に」
「ヴァイス…」
彼のその言葉が何を意味するかは歴然としていた。ずっと、待っていたのだ。再び逢える時を。ようやく、本当の意味での幸せが、彼らに訪れたのだろう。
「おい、到、ルシフェル!地上まで食料の買い出しに行こうぜ」
チェイニーが二人を誘う。
「戦いが終わったばかりだっていうのに、休む暇もありませんね」
「でもま、いーんじゃねーか?」
「そうですね。僕としても、結構楽しめましたから」
――かくして闇より生まれし邪念クロウを倒し、世界を救った物語はここに幕を閉じた。