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第五章 五大都市 ―幸広編―

到達が赤い月に向かった後、幸広は絨毯の上で寝そべっている友美に毛布を掛けた。

「解離性同一性障害と酷似しているが、人格が想像上のものではなく、現実に存在していたことからして、全く異種のものとも言えるな…」

誰に言うともなく呟く。

おそらくこのようなケースは人類の歴史上で最初で最後となるだろう。

しかし、どのような病名でどのようなケースだろうが、問題はそんな事じゃない。

問題は、ラファエルの“記憶”と“人格”が友美に与えている影響だ。

ラファエルの時の強いストレスからPTSD(=トラウマ)になり人格を二つに分けたのだが、反動で友美は実年齢よりも退行しているし、二つの人格のギャップが激しいほど体にかかる負担も大きくなる。

昨夜の電話で到から聞いた話によると、思考がラファエルになるといつも“力”を使っていたようだ。人格の交代でさえ一大事なのに、その上魔石も無しに精神力を放出するなんて。

魔石の類は単に魔力を上げるだけではなく、精神エネルギーを放出するための媒体でもある。幸広もそうだが、大抵の人間は魔石がなければ魔法は使えない。(魔石があっても適性がなくて使えない者もいるが。)

だが、適性のある者の中でも特に際立った者が稀に現れる。魔石がなくても魔法の使える人間が。それが前世の神――ラファエルであり友美である。

それでも媒体がなければ心身共にかなり消耗する。今現在友美の体に蓄積した疲労がどれほどのものか察するに余りある。

実際、こうして睡眠障害という形で体に支障を来している。幸広は友美の寝顔を見ながら途方に暮れた。

本当なら友美が主人格のはずなのに、一日の大半を眠り続け、起きている時の状態も不安定だ。これは全くの予定外だった。自分にとっても。そしてノエルにとっても。

けれどもラファエルの辿った人生を思えば、こうなったのも仕方のないことだ。大体想定していたとして、ノエルの計画が変わることなどないのだろうし。彼はきっと“厄介事が一つ増えた”くらいにしか考えていない。

(困ったものだ…)

幸広は頭を悩ませるが、すぐに思考を切り替えた。

ラファエルと友美の人格の同一化は今のところさして重要でもない。少なくとも今回の戦いにおいては。

(まずは仕事を片付けなくては)

踵を返して玄関に向かう。けれども外には出られなかった。

「どういうつもりだ」

後ろから鋭い声がしたからだ。

幸広は振り向きざまに尋ねた。

「あなたは…ラファエル様ですね」

「…人の質問には簡潔に答えろ」

『彼』は上半身を起こし、怒りをはらんだ口調で言った。

「…質問の意図を図りかねるのですが」

「とぼけるな。おまえはマリクとは違う。そのおまえが何故ここにいる!」

殺気を露わにし、返答如何によってはただではおかないと言外に言われ、幸広は苦笑した。

「随分嫌われたもんですね。気持ちはわからなくもないが、私も聖戦士の一員。あなたが思っているほどバカじゃない」

「どうだか。史書を持つおまえを信用出来ると思うか?あれには何が書いてあった?答えろ」

ラファエルが詰め寄る。チェイニーとは違い、欺けない。

「知らないとでも思っていたか?」

「いいえ。ですがそこまで知っているのなら、わざわざ聞く必要もないと思うんですが。“第二の戦いが始まる”といえば、全てわかるはずです」


「…何?そうか、それで…。わかった、今はおまえを信じよう。だがもし妙なことをすれば…わかっているな?」

彼は睨むように幸広を見つめた。

「その時はどうぞ好きにしてください。要らぬ心配とは思いますが」

「ならばもう行け。私は少し休む」

ラファエルは毛布に潜り込むと、すぐにすぅすぅと寝息を立てた。




十分後、幸広は学術都市の制御タワー内部にいた。

学術都市は千年前に魔道学校や魔道科学研究所があった場所だ。戦いの後、国立大学や研究所として発展してきた都市である。そして制御タワーは千年前から存在している建物で、俗に三大兵器と呼ばれるBFS、迎撃システム、トランスポートのエネルギー制御の役割がある。建物自体は何度も改修しているが、中の制御システムを調べ、疑似エネルギーを作ったのは最近のことだ。

旅に出る前に調査をしておこうと思ったのだが、こなきゃ良かったと後悔した。

機器の至る所が壊れている。

(なんなんだこれは…っ)

三つ目の機器の修理に取りかかる頃には、幸広の怒りは頂点に達していた。

(なんでこんなに壊れてるんだっ!しかもメインシステムならまだしもサブシステムがっ!)

メインシステムは大概作りが複雑で直しにくいのだが、サブシステムは少し注意すれば割合簡単に直せる。それを三つも四つも放っておくということは、疑似エネルギーが出来てから一度も監査に入っていないことになる。

(この分じゃ、メインの方も大して期待出来ないな…)

タワーの一、二階は主にサブシステムがあり、三階にはメインシステムがある。しかし入って三十分は経つのに幸広はまだ一階をうろうろしていた。これではいつになったら当初の目的を果たせるのか、解ったもんじゃない。

(この動力炉…バッテリーが外れてるな。この落ちてるのがそうか…)

一人悶々と修理をしていると、突如ビーッビーッっと警告音が鳴り響いた。すぐに部屋にあったサブコンピューターでアラームを止め、原因を調べる。画面に現れた文字を見て、幸広は焦らずにはいられなかった。

[動力エネルギー異常有り]

(なんというタイミング…。調査をしに来た矢先に壊れるとは。急がないと街中に魔物が溢れてしまう…)

幸広はサブシステムの修理を一時中断し、三階へ向かった。サブシステムが壊れても、メインが動かせれば何とかなるかもしれない。しかし、起動エレベーターが壊れていたのでまたしても修理に時間を食ってしまった。そんなわけで、三階に着いたとき、疲れの余りまた怒りが再燃していた。

(なんで私が機械の修理なんぞしなくてはならないんだ…っ。私は精神科医だぞ!?どう考えてもおかしーだろがっ!)

幸広は操作はともかく、発明や修理などという細々した作業がキライだった。手先は器用な方だし、大学で得た知識もある。得意と言えば得意な方かもしれないが、なんというか性に合わない。特に数学なんか、公式を見ているだけで頭痛がしてくる。どちらかというと文章から心情を読み取ったりする方が好きだった。“何となく”理工学に入ってしまったことを後悔した数は、片手の指では収まらない。

それでも今こうして大学での授業が役に立っているのだから、全くの無駄ではなかったわけだ。なんだか皮肉な話ではあるが。

エレベーターの修理ごときで腹を立てている場合じゃない。メインシステムの修理が残っている。小規模ではあるが爆発が起きたようで、エネルギー装置を中心に焼け崩れている。

(これは…スペアのパーツがなければ無理だな。どこかにストックがあればいいんだが…)

それらしきものを探しながら、今度は口に出して文句を言った。

「こういう仕事は発明オタクの到にさせとけばいいんだ。大体、定期的に監査に入るのは科学者の義務だろが!!怠慢もいいとこだ!」

「あれぇ?その声、もしかしなくても望月君ですか?」

不意にした声に驚いて顔を向けると、エレベーターの前に本人が立っていた。今降りたばかりらしい。

「到!?おまえルーファウスの所に行ったんじゃ…」

「三大兵器機能停止の報せを受けたので、魔物の相手をルシフェル達に任せて、ここの様子を見に来たんですよ。おそらく、三大兵器の動力エネルギーは魔石だと思いまして。さっき機能停止したトランスポートに魔石を持って入ったら起動したし、現在使われている疑似エネルギーは過去に使われていたものと97.8%しか一致していない…。人為的に作れないエネルギーといえば、魔石くらいでしょう。何せ魔石を作り出した光玉は、元々地球には存在しない物質だったんですから」

「ああ。史書にもそう記されていた。だから調べに来たんだ。粒子の中の0.01にでもマイナス要因があれば、幾可異性を生じたり、脱離反応を起こして爆発…なんて恐れもあるからな。結局間に合わなかったが…」

到は妙な顔をした。

「…にしてはおかしいんですよねぇ。0.01のマイナス要因でも爆発するんですよ?2.2%も違う割には被害が小さいっていうか…。一年半も何も起きなかったなんて、変ですよ。普通、もっと早くに支障が出ると思うんですけど」

到の言葉で、彼も同じことを言っていたのを思い出した。

「…あの人が、動いているからな」

「あの人?ルーファウスさんですか?」

「違う。それは――」

言いかけたところで、どこからかヒラヒラと一枚の紙切れが到の頭に飛んできた。

「何だソレは」

「知りませんよ。ん?でも何か書いてあるなぁ。――『平成十一年7月12日、平成のドラえもん参上!!』…義信博士ですかね?」

しげしげと紙を眺め、幸広にも見せる。

「いや…『平成のドラえもん』は博のハンドルネームだ。それにこの日付…丁度アイツが五大都市に来てた頃だな」

「…なんか、物凄く血の繋がりを感じる親子ですよね。激しく意味不明なハンドルネームだし…。…あれ?そういえば博さんもそうですけど、君、どうやってここに入ったんですか?」

制御タワーは科学者しか入れないようにセキュリティーが引かれている。つまりそれだけ重要な施設なのだ。

「転移魔法を使った。本当はセキュリティーをおまえに解かせて後ろをついていくつもりだったんだが、予定が狂った」

「ちょ、ちょっと望月君!?それってれっきとした犯罪じゃないですか!僕はてっきり上層部に許可でも得て…」

「そんな悠長なことやってられるか。それにしても、おまえがいないせいで私が機械の修理をする羽目になって散々だった」

幸広はパーツのストックを探しながら到に当たった。到は眼鏡で装置の故障の詳細を調べながら、呑気に答えた。

「ああ、そういえばエレベーターも修理した形跡がありましたね。けど転移魔法が使えるなら、わざわざ直す必要なかったんじゃ…」

「あれは高等魔法だ。今の私じゃ、日に二回が限度だな。ここに入るのと脱出時分しか使えない」

「はぁ、なるほど。まぁとにかく直してくれて助かりましたよ。おかげで僕もまっすぐここまで来れたし。いつ爆発するかしれない塔内に入る科学者なんかいません。だからほら、その辺ほったらかしだったでしょう?それなのに望月君よく来ましたね。勇敢というか命知らずというか…」

到の最後の言葉に少しムッときて言い返す。

「バリアを張るぐらいは出来るし、大した被害は出ないことは解っていた。だからこそ修理をおまえに任せて、私は付き添うだけのつもりだったのに」

「ルーファウスさんに会う予定がなければご一緒できたんですが。そういえば…結局黒崎さんを守る方法、聞けずじまいでした。望月君は何か知ってます?」

到は意外な問いを寄越した。彼ならもう気付いていると思ったのだが。

「そのことなら何の問題もない。それよりも重大なのは…」

言いかけて口をつぐんだ。目の前に突然チェイニーが現れたからだ。

「あ、二人とも来てたのか」

自分と同じで転移魔法を使ったのだろう。

「BFSが機能停止したって聞いたから、様子を見に来たんだ。やっぱ魔石を残しておかなかったのは失敗だったかなぁ」

説明しながら再生の魔法で爆発したエネルギー装置を新品に戻す。こういとも簡単に直っていくのを見ると、さっきまで自分が修理に費やした時間が物凄く虚しい。

「魔石なら持ってますよ」

「私もあるが」

二人が同時に差し出すと、チェイニーは首を傾げた。

「到にはやったけど、望月にやったっけ?」

「…とある経路から入手した」

「闇ルートみたいだな」

「望月君って意外とワルですね」

到が言い終わるか否かで、腰に下げていたロッドで頭を小突いてやった。

「おまえは黙ってろ」

「痛いじゃないですか!」

ふくれっ面をする到を見て、チェイニーがぶっと吹き出した。笑いをこらえながら

「わ…悪い…。因果応報ってあるんだな…。はははっ」

最後は結局笑い出す。何がそんなに面白いのかよくわからない。

「と、とにかく魔石なら俺も持って来てるから、おまえらはとっとけよ」

彼は懐から魔石を取り出した。二人の石が手のひらの半分ぐらいなのに対し、それは裕に片手くらいはあるかと思われる大きさだった。それを直したエネルギー装置の上に置き一息つく。

「これでよし」

そんな様子を見ていた到が、チェイニーの横で、ん?と顔をしかめた。

「そういえば、二人とも知り合いだったんですか?」

「俺は早い内から地上に降りて聖戦士を捜してたからな。望月とは一番最初に逢えたんだ。同時十二歳だった望月見て正直不安だったんだけど、六年経っていい男になったな」

「それ、なんか違う気が…」

「しかも、不安だなんておまえがそれを言うか?」

「ああ、それもそうか」

チェイニーとラファエルが神の座についた年を思えば、決して特別なことじゃない。彼らは子どもだった。あまりにも幼かったのだ。

「あ、そうだ。フューカの気配を追ってたら、西の島に渡る橋付近に反応があってさ。博も多分そこにいると思う。一人で魔物と戦っているならそんなにすぐには先に進まないと思うけど、あそこは魔物の本拠地だし一人じゃ危険だ。いいか、リミットは一時間。それまでに全員出発の準備をして望月んちに集まっとけ。そしたら転移させてやる。俺はその間もう少しここを調整してるから」

チェイニーの報せに、幸広は内心ちっと舌打ちした。

(…アイツの言ったとおり、あの人の力もここでは及ばない…。だとしたらやばいな…)

「わかりました。望月君、急ぎましょう」

「ああ」

二人はタワーを後にした。

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