第三章 雪国 ―リーナ編―
リーナは溜め息をついた。
「何だよ。綾子の次はおまえかよ」
「えっ、何でもないよ」
慌てて否定する。
「解った。お腹空いたんだろ」
「いやいや、眠いんですよ」
「きっと暇なんだよ」
どうせものすごく単純なことなんだろう、と言わんばかりの台詞を吐かれ、リーナは半分頭に来た。
「ちが…っ!」
「じゃあなんだよ」
ルシフェルに聞かれ、リーナはしどろもどろになった。自分の口からは言いづらい。特に彼には。
「えーっとね…、兄さんちょっと変わった人なの。だからルシフェルは会わない方がいいわ。林に着いたら隠れてね」
「?何でオレだけ?」
当然ルシフェルは聞き返す。だがゆっくり説明している場合じゃない。雪天使の住む林まではもう目と鼻の先だ。
「いいから早く隠れて!」
無理矢理到の鞄の中にルシフェルを押し込む。
そして少し進むと林が見えた。急いで林の前まで行くと、兄と義姉が立っていた。
「パパ!ママ!」
シルヴィアが二人の元へ飛んでいった。兄と義姉は交互に娘を抱きしめた。
「まったく…。心配かけて…。リーナ、おまえがシルヴィアを連れてきてくれることは風が教えてくれた。悪かったな、迷惑かけて」
「ううん。久しぶりね、レイ兄さん」
「そうだな…一年ぶりか。そちらの方達は?」
兄は人間の綾子達を見て聞いた。
「彼らは今一緒に旅してる仲間。多分意志を継ぐ者。みんな、紹介するね。レイ兄さんとエリア義姉さん」
「初めまして」
挨拶を返した到を見て、レイは小さく呟いた。
「なるほどな…」
兄のその言葉の続きは聞けなかった。
「?どうかしたの?」
「いや…。そういやさっきから炎の魔力をプンプン感じるが…」
レイの顔色が変わる。
「まさか…男なんてことはないだろうな!?」
ついに聞かれてしまった。勘の鋭い兄を誤魔化すのは至難の業だが、かといってあっさり喋るのも忍びない。
「気のせいよ、気のせい」
リーナが取り繕うとするも、友美が言った。
「それってルシフェルのことー??」
「ちょっ!」
兄がその言葉を聞き逃すわけがなかった。
「ルシフェル…?やはり男か!出てこい不届き者ーー!!」
その大声で、ルシフェルは鞄から顔を出した。
「なんだよ、うるせーな…」
「ルシフェル出ちゃダメーー!!」
「あ?」
「そこかっ!」
レイはすかさず呪文の構えを取る。
「くらえっ、ウインドカッター!!」
放たれた無数の風の刃が、到が背負っている鞄を引き裂いた。
「わーーっ、わーーっ!!」
到が叫ぶ。鞄はビリビリ破け、中身がドサドサと地面に落ちた。
「あ…っ、危ないじゃないですか!!」
一歩間違えれば自分が切り裂かれていたのだ。彼が驚くのも無理はない。とっさに鞄から脱出し助かったルシフェルも目を剥いている。
「な…っ、何すんだいきなり!!」
「ちっ、外したか。闘いから逃げるとは男の風上にも置けないな」
「不意打ちしといて何言いやがる!」
はぁ〜。自分の思っていた通りになってしまった。
「な…なんだ、どうなってんだ?」
「兄さん、父さん代わりに私を育ててくれたから、私の傍に男がいると悔しいのよ」
「そんな理由で僕まで巻き添え食ったんですか!?」
二人の攻防はまだ続いている。得意のウインドカッターを連発しながら兄は憤慨した。
「失礼だな!ちゃんと加減している。でなければ、おまえごとき人間などとうに死んでいるわ!」
その隙を突いてルシフェルが反撃にでる。
「エルファイアー!」
「フン」
兄はその攻撃をひらりとかわし背後に回った。
「まだまだだな」
「くっそぉ!」
振り返り、再度攻撃しようとするルシフェル。
「ちょっと、二人共いい加減に」
「やめてーっ」
真由美が止めに入ろうとしたときシルヴィアが叫んだ。
「お兄ちゃんも…パパも…ケンカしないでよぉ…」
彼女は泣き出した。
「わかった、わかったから泣くんじゃない」
兄は娘の元へと飛んでいった。なんだかんだやっても一児の父なのだ。
「ケンカっつーか、あいつが仕掛けてきたんだけどな…」
ルシフェルは怒り冷めやらぬようだ。付き合っているのならともかく、ただ傍にいるというだけで不興を買って、その上攻撃されたとあっては誰だって『ふざけるなこの野郎』と思うだろう。
「そうですよ、あなた。大人気ないことはやめてください」
義姉が今頃になって注意する。もっと早く止めてくれれば良かったのに。
勿論自分もすぐにでも止めたかったのだが、以前逆上されたことがあったので止めに入りづらかったのだ。
「そうだわ、あなた…」
「うむ。わかっている」
レイはコホンと一つ咳払いをした。
「実はな…氷の洞窟に行ってもらいたいんだ」
鞄から落ちた道具を拾っていた到が手を止める。
「どういうことですか?」
「魔物がいるという噂でな。人間達に何か起きる前に、この地を守る我々が調査し全滅させなければ。…だが一つ問題が」
「その洞窟にいる氷の魔物を相手にするには、私達水や雪の属性じゃ力不足なのよね」
氷に有効な攻撃手段は炎だ。
「…つまりルシフェルの力が必要なのね」
「………」
兄はどうしても認めたくないと見える。素直じゃないのは自分と一緒だ。
「案内ならオレがしてやるよ」
不意に声がした。いつからいたのか、林の奥に赤髪の少年が立っていた。