五話:魔力補給
俺たちは、食後のお茶を飲んでいた。
エミリアと俺の他に、今日は雪風もいる。
「そういえば雪風ちゃんって、身体を変化させられるんだよね?」
「そうです」
「やっぱ身体が魔力でできてるからか?」
「多分そうですが……でも、ほんのちょっとだけです。だから……」
「?」
言いながら、雪風が俺の手を握った。
何を始めるのかと不思議に思う俺とエミリア。
「シン、ちょっと指を輪にして欲しいです。雪風も同じようにするので」
「分かった」
俺が人差し指と親指をくっつけて輪っかにすると、その輪の中に人差し指を通した雪風が、全く同じように指で円を作る。
鎖とか知恵の輪のように繋がっていて、どちらかが指を離さなければ取れないだろう。
「こういう時、雪風は抜け出せないのです。指の先だけを魔力に変えたりとかは無理です」
「へー……じゃあ、手錠を付けられたり縄で縛られたら抜け出せないってことか」
「はいです。でも、普通の縄ならシンの身体の中に逃げ込めば良いだけです」
あ、そうか。いざとなれば俺の身体に逃げ込めば良いのか。
「でも、考えてみたら雪風ちゃんってすごいよね。だってどんな攻撃も回避できるんだもん」
「まあ、それが精霊…………あれ?」
「どうしたのです?」
ちょっと気になることがあった。
「なぁ、雪風って精霊だよな?」
「はいです」
「なのに、なんでずっと現界していられるんだ?」
「あっ…………そういえばそうだね……」
精霊には、活動時間というものがある。
精霊は現界しているだけで魔力を使ってしまうため、ずっと一緒にいられるわけではない。
魔力が足りなくなると、精霊術師の身体の中に入って休憩しなければいけないのだ。
生命力を魔力に変換したり、現界しないで魔力を温存すれば、精霊が普段活動する時間外でも現界できるが……。
「まさか、生命力を削ってるとか……?」
「え!? そ、それならすぐにシンの中に入れなきゃ!」
慌て出すエミリア。
そりゃそうだ。何故なら生命力は文字通り生命の力で、失くなれば死んでしまうのだ。
魔力と違って回復も遅く、人為的に回復させたいのならば、それなりの期間を優秀な治療術師と共に過ごさなければならない。
「精霊は自然の生き物です。ですから、死体に手を置くだけで魔力を奪うことができるのです」
殺した正神教徒の魔力で、今まで魔力切れを起こさなかったわけか。
「でも、王都で過ごしている間は死体なんて見ないだろ?」
墓地に行けば死体があるかも知れないが、古い死体では魔力があったとしても少しだけだろう。
「や、やっぱり生命力なの……!?」
「ち、違うのです!」
俺たちの真剣そうな顔を見て焦ったのか、雪風が慌てて否定した。
「じゃあ、どうやって現界する魔力を集めてるんだ?」
「えっと…………それは……」
俺が聞くと、雪風は少しだけ頬を赤く染めた。
人差し指を突き合わせて、モジモジと恥ずかしがっている。
「夜、眠っているシンから魔力を補給させてもらっている、です」
「「……………………え?」」
「で、ですから! 魔力をチューって吸って、それで凌いでいるのです!」
「「……………………」」
魔力を吸う。
まず気になるのは、どうやって? という所だ。
エネルギードレイン的なものならチート能力だろうし、あの言い方では体内に入って休憩するわけでもなさそうだ。
魔力補給、チューという擬音、エッチなことを考えてしまったのはそういう年頃だから。
三十年近く生きていても、精神は成長していないし欲望も消えていない。
だが、俺たちに興味津々な顔を向けられた雪風の説明は、
「現界しているだけなら、シンから常に魔力を貰っているだけで十分です。でも戦闘とかで魔力を使ってしまうので、数日に一度だけシンの中で眠って回復するです」
普通の答えだった。
チューってのは魔力を吸うことを表しているだけで、それ以外の理由はないのか。
そう俺は納得したのだが、エミリアはまだ疑わしい目を向けていて、
「なんでチューって言ったの?」
「ッ!」
ビクッと、雪風の肩が大きく震えた。
そしてすぐに、顔が茹でたての海老みたく真っ赤に染まる。
「え!? やっぱ他に何かあるの!?」
「い、いえっ本当に何もないのです! ただ…………」
「ただ?」
「魔力補給なら、キスとかの方が効率が良いと思ったのです」
「ああ……」
まあ、確かにキスの時間効率はかなり良い。
しかも、吸血に比べて痛くもないし、手が塞がっていてもできる。
戦場に立つ者からすれば常識的な考えだし、それを念頭においた上で魔力補給の説明をすれば、確かにチューという擬音が出てしまってもおかしくはないか。
エミリアも前に俺が説明したことがあるおかげで、変な誤解もなく、それなら仕方がないと追及するのを止めた。
「でも、それって魔力を使いすぎると魔力補給が必要ってことだよな?」
契約の繋がりを利用して俺から常に吸い取っているらしいが、それでも足りないようなことを言っていたので多分そうだ。
「雪風の魔力量ってどれくらいなんだ?」
「魔力量の測定によれば、八十点くらいです。ちなみに、今まで切れたことはないです」
「まぁ、野良精霊は魔力が切れたら死ぬからな」
何気なく言った一言なのだが……
「そ、そうなのですか!?」
「えっ? あ、ああ。回復手段があるなら別だけど、切らすと身体が維持できなくなって粒子になって死んでしまうらしいぞ?」
「えぇ……じゃあ、雪風ちゃんはシンと戦ってた時、結構危ない状況だったんじゃない?」
「まぁ、だから俺は回復魔法をかけていたんだけどな。……あれ? 気が付いてなかった?」
「…………」
コクコクと頷く雪風。
多分、魔力切れを起こしたら死ぬだなんて知らなかったのだろう。
表情が強張っている。
だが、今になってはもう関係ない。
俺は雪風の頭を撫でながら言った。
「ま、今は契約したんだ。疲れたら俺の中で休めば良いし、魔力だって吸い取って構わない。幸い、魔力量には自信があるからね」
ちなみに俺は、水晶で行う魔力量を測定する試験は未だにゼロ点である。
いくらやっても、あの水晶が壊れるんだよなぁ……。
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