三十九話:死
空中で行われる高速戦闘。それは、周囲の木々が切り刻まれてしまったせいで、移動形式に移行していた。
〈飛翔〉を全力で使い森林を飛ぶ俺を、雪風が追う形だ。
牽制に放つ〈魔弾〉も、難なく躱されてほぼ無意味。
魔力量にモノを言わせて逃げ続ける事ができているが、このままじゃジリ貧。
身体強化だけの雪風に対して、俺は常に越級魔法を使用しているのだ。流石に、俺の方が早く魔力が尽きる。
「くっ……」
いや、その前に追い付かれるな。
定期的に雪風が放つ魔法。魔力の『起こり』から、放たれた魔法が俺の真後ろに来るまでの感覚がどんどん短くなっていっている。
そして、雪風の戦闘の勘もどんどん研ぎ澄まされている。俺の移動先を予想していたかのような攻撃が、どんどん多くなっていっている。
「速過ぎる……!」
仕方ねぇ!
俺はもう安全運転とかを考えずに、振り向いた。
勿論、スピードは落とさない。真横を大木が通る度、冷や汗が背中を伝う。
「ハァァァァ!!!」
ガトリングガンのように、〈魔弾〉を連続発動。高密度の弾幕が雪風に襲い掛かるが……
「甘い、です!」
「っ!?」
同時射撃数には限界がある。百を並列で発動させようものなら、脳神経が焼き切れる。
だから、俺は十をコンマ何秒の極僅かな誤差で連続で射撃したのだが……。
雪風は、それによって生じた、極めて僅かな隙間を突いてきた。
二刀の剣捌きで、自分に向かって来る弾幕を切り裂いた。
一つの〈魔弾〉にも、被弾していない。
「ハァァァァ!!!」
止まらない射撃。
〈魔弾〉が魔力効率の良さに定評があるとはいえ、秒で数十を超える〈魔弾〉を撃っていれば魔力はどんどん消えていく。
「…………っ!」
だが、常に木の幹を蹴って方向転換している雪風にも疲れが見えてきていた。
徐々に被弾が増えてきて、遂にバランスを崩す。
「ああぁぁぁぁぁっっ!!!」
その隙に、合計二百近いの〈魔弾〉が雪風の身体に被弾し、その爆風が起こした風が、血に染まった服の切れ端を俺に運んでくる。
大きく肩で息をしながら、なんとなくその切れ端を手に取ろうとし……
「…………しまっ────」
服についた雪風の血が、爆発した。
〈魔弾〉による爆発が運んできた服の切れ端全てが、俺の目の前で爆発する。
爆発を起こす血は、布に付着していないものは勿論、さらには返り血までにも及んでいた。
血液内の魔力を爆発させたのだろうが、無論、到底できる芸当ではない。雪風の、遠くから相手を呪う精密な魔力制御力あっての技だ。
「────────ッッッ!!!」
極光に目を焼かれそうになり、思わず目を閉じ、火傷を防ぐためにも無詠唱で水属性の魔法をがむしゃらに発動した。
〈水刃〉と〈氷刃〉が枯れ木を切る音、水圧に負けた大木がゆっくりと倒れる音、芯まで凍りついた岩が砕ける音、そして止まらない爆発音。
地獄のような音が、各々勝手に合唱を始め、それが止んだ頃……
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ゆっくりと目を開いた俺の視界には、様々な災害が一度に起きたかのような森が写っていた。
凍り付けにされた木々、土が、岩が、時より、氷の砕ける音を立てる。
水蒸気なのか、辺りには白い湯気が立ち込め、この空間を知る生物は、俺と雪風だけだ。
そう、地図の書き換えが必要そうな空間の中でもなお、俺と雪風はしかし満身創痍で立っている。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
雪風の服はボロボロで、僅かに残った布が、大切な場所を申し訳程度に隠しているだけだ。
いつものフードはまだマシだが、裸にマントでは、ほぼ裸のようなものだ。いや、むしろマントの分扇情的になっている。
しかし、女の子をそんな姿にしてしまった申し訳なさは感じない。
それは、雪風から初めて感じた殺気が、余計な考えを許すようなものではなかったからだ。
「生き方なんて、なんでもいいんだよ!」
だが、殺気だろうとなんだろうと、師匠に言われた言葉はそれ以上の意味を持つ。
────女の子には優しくしろ。
誰にも見られていないとはいえ、女の子の雪風を青空の下こんな格好でいさせる訳にはいかない。
俺は、真下に向けて魔力を解放。地下に大きな空間を作った。突貫工事の洞窟だが、極限まで高まった今の魔力なら、たとえダイナマイトだろうと確実に耐え切れる。
「どうすれば良いのか、分からないのです!」
雪風の足元に開いた直径一メートル程の穴から、大量の土砂が噴き出す。
その土砂は、当然のように真上の雪風を襲うが……。
「ッチ」
その真横に開いた穴が、雪風の安否を示している。
土砂と入れ替わるように、下の空間に逃げたのだ。丁度、土砂が全て放出された瞬間に穴を貫通させれば、飲み込まれることはない。
「分からないって……お前の事だろ!」
俺も下の空間に逃げ込み、雪風の開けた穴と俺自身の開けた穴を閉鎖。
ついでに結界を張り、外からの干渉を不可能にする。
────ここからは、俺も本気だ。
誰かに見られる訳には行かない。
魔法の使用有る無しに関わらず、これまで誰にも俺の能力も、まぁ……あとは雪風のあられもない姿も見られていない。
だからといって、これからも見られないとは限らない。
この結界は、中からも外からも干渉できない特殊な結界だ。
当然、中から外の様子も見えなくなる。
「これは…………」
土一色の壁も、見えなくなる。そのため、この結界の中は白一色の世界だ。
土の中だろうと海の中だろうと関係ない。この結界は、問答無用で範囲内を白の世界にしてしまう。
「遺失魔法の一つ……です……?」
「……似たようなものだ。ずっと中にいると、壁がどこだか分からなくなるのが難点だけどな」
「じゃあ、早く終わらせなければいけないです?」
「ああ、自我を失いたくはない」
「ふふっ……シンは冗談がうまいです」
「あながち冗談でもないんだけどなぁ……」
なんて事のない会話、雪風と普段交わすそれと、ほとんど変わりのない会話だ。
だが、俺たちの間の緊張感はその非でない。
「このマント……さっきの土砂でボロボロです」
「流石に、真下からの攻撃は避け切れなかったみたいだな」
「はいです。……シンはエッチィですね」
「返す言葉もない……」
頰を膨らませ、胸を隠し、ジト目で俺を睨む雪風。
そのボロボロのマントも申し訳程度に肩にかかっているだけで、戦闘が始まったらすぐに落ちてしまうだろう。
だが、会話の内容と反比例して、俺たちの間では再び間合いの探り合いが行われている。
「シン、このマントを燃やすです」
「分かった。その間、お互いの攻撃はなしだな」
空気が、弛緩する。
と、その瞬間────
「「っ!!」」
俺たちの丁度中心で、雪風の二刀と俺の刀が鍔迫り合いを始めた。
「その手には引っかからねえぜ」
「シンも、殺気を緩めるフェイントをかけたです」
「そりゃあれだ。相手が真っ裸の美少女だからつい、な」
「シンは変態、です」
「褒め言葉をありがとうっ」
両手で持つ刀を右手持ちに変えれば、その瞬間に鍔迫り合いには勿論競り負ける。
だが、最大の特徴がスピードである二刀魔法の存在する世界では、鍔迫り合いには向いていないと俺は思う。
何故なら────
『極炎魔法』
超近距離で、超高火力かつ広範囲の魔法を放った。
「っ!!」
雪風は咄嗟にガードしようとするが……
『大瀑布』
俺は〈極炎魔法〉の対とも言える魔法を同時発動していた。
魔法の相殺は、通常の物理とは少し違う。
例えば、炎に水をかけた場合、炎が消えて幾らかの水は蒸発する。だが、魔法の場合、そうとは限らない。
発動直後であれば、お互いの魔力を打ち消しあって、魔力の残った魔法がその分の効果を発揮する。
〈大爆笑〉と〈極炎魔法〉は対の魔法。お互いが打ち消しあって何も起こらない。
「一人レジストと俺は呼んでいる」
魔術師の苦手な超近接戦で、相手を驚かすための小手先の技だ。
「魔力に糸目をつけないやり方、です……」
距離を取った雪風が、身を低くしながら呆れたように溜息をついた。
「…………」
…………というか、刀を持っている雪風であれば、剣先や手元に集中したいのだけれど。
「???」
いらん所に目が行ってしまうのは、男の性なので仕方ないのかも知れませんね。
「……〈大瀑布〉、〈ヒート〉」
「何をしたので……きゃあっ!」
大量のお湯を降らせた。
これにより、簡易的な温泉のようになって……うん、湯気でいくらかマシかな?
それに、足元が水だと雪風は動きにくいはずだ。
「…………ふう、じゃあ、雪風。こっからは本気で行く」
「…………それは、こちらのセリフです!」
♦︎♦︎♦︎
「ガッァッ!」
視線によるフェイントからの斬撃、
「ンッ……!」
視線によるフェイントからの刺突、
「ガハッ!」
斬撃と見せかけての、ゼロ距離魔法。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「シン……その程度なのです?」
本気の雪風は、想像の何倍も強かった。
いや、これが普通の殺し合いならまだ俺も応戦できた。
だが……
「シン……ちょっと、見過ぎ、です……」
完全に俺のせいではあるのだが、湯気によって薄らと隠れた場所に目が行ってしまって、とても気が散っている。
戦闘だからと割り切った雪風と、割り切ったつもりでもやっぱりチラチラと見てしまう俺の差が、こんなところで如実に現れていた。
「くそっ……なんで裸なんだよ!」
「雪風のせいではないです!?」
そう答えながらも、雪風は刀を居合のように左腰に構える。
その姿は、まるで一刀しか持っていないように見える。
「────っ!」
だが、振り抜かれた瞬間の刀は二本にも三本にも見え、俺は真の一太刀を────
その三太刀のどれでもない刺突に、全く反応出来なかった。
咄嗟に心臓を庇う事も、何も。
「────」
雪風の持つ刀は、寸分の違いもなく、俺の胸の中央やや左寄り。俺の心臓を突き刺した。
「え…………?」
視界が明滅し、身体中が熱い。
「…………シン………………?」
雪風の、不思議そうな表情。
その、状況を理解していない表情が、突然、悲痛の表情に変わった。
「シンッ!」
「────────」
何かを言おうと口を開いても、血が溢れるだけ。
だが、無意識に、震える手でローブを掴んでいた。
変幻自在、どんな大きさにもなれるローブだ。だが、そのローブを雪風の肩にかけても大きさが変わる事はなかった。
「シンッッ!!!」
雪風の声を最後に、俺の意識は─────
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