三十七話:決戦
「…………刀の才能がある、か……」
草原の上をかける雪風が、弾丸のように迫ってくる。
その手には、二本の刀が握られていた。
「シン・ゼロワン!」
森の入り口で待ち構える俺、その三歩先の地面を蹴った雪風の姿が消える。
そして次に現れた時、俺の真横で既に回転切りを繰り出している所だった。
雪風の手に持つ刃が、俺の首を飛ばす。
「…………ッ」
だが、それは幻影、幻だ。
魔術師は本来、罠で相手を倒すのが基本の戦い方だ。例えば、寮に仕掛けてある数々の魔法陣とかな。
つまり、魔術師の本質は戦の準備。魔道具や魔法陣の描かれたスクロール、そして付与魔法などだ。
当然、俺も短い間に準備をしている。
「幻術ってのはいやらしいよな、幻だと分かっていても、抵抗する手段が幻を殺すこと以外にほとんどない」
「お喋りはいいのです!」
「…………ッチ」
雪風の背後に回りって刀を振るう俺だったが、流石は二刀流の剣士。回転切りの勢いを利用して俺の斬撃を弾き、その間に距離を取った。
二刀流なのだから、弾いた後もう片方の刀で腹に斬撃を浴びせることもできたはずだが……
「シンがそこまで甘いはずがない、です」
「まあ、そりゃそうか」
その場合、二本の刀をどちらも振り切った格好になってしまい、俺からすれば至近距離から魔術を放てる絶好のチャンスだ。
腹の裂傷くらいすぐに治療すれば死ぬことはないが、至近距離から魔術を浴びれば即死もあり得る。
距離を取るのは妥当な判断だろう。
「はぁっ!」
「よっと」
切り掛かってくる雪風、二刀とやり合うのは初めて……だと思うが、やっぱり速くて多い。
単純計算二倍の手数。しかも普通の剣士とは違って、攻撃後の硬直時間にもう一本の刀の斬撃を放てるのだ。そしてその攻撃の硬直時間に、再び逆の刀を…………。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「…………くぅっ!」
俺は既に防戦一方、秒にいくつ放たれているか分からない斬撃を、いなし、かわし、弾き、時に身体で受ける。
攻撃を喰らう度、師匠ローブが切り裂かれ赤く染まる。
防刃系の魔法を付与している上、自動的に修復されるためすぐには壊れないが、このままではストリップショーをすることになってしまう。
「くそっ、〈火弦〉!」
「…………っ!」
一瞬の隙をつき、炎の斬撃を空間に残す魔法を使用。完全スピードタイプの雪風は慣性の力で避け切れず、いつものフードと制服を切り刻んだ。
「…………っっ!!!」
慌てて後ろに飛び去る雪風、俺は追撃を放とうとしたが、身体の裂傷が牙を剥いた。
腹の辺りから血が吹き出る。
「シンは、変態、です……!」
「ははっ……お前に、言われたかねぇよ……」
荒い息を吐く雪風。
マントの下の制服は、俺と違って付与魔法がかけられていないのか、さっきの〈火弦〉で切り込みがいくつも入っていた。その細い穴から、雪風の肌が覗いている。
「なぁ雪風、お前、なんでこんなことをするんだ?」
「…………」
今が、絶好のチャンスだ。雪風が疲れを見せた今が。
まだ、お互いが小手調べをしただけの段階で、俺は雪風の真意を知っておきたかった。
雪風は、息を整えて喋り始めた。
「……雪風は、暗殺者です」
「…………」
「これまで、沢山殺したのです」
「それは……何か理由があってのことか?」
「いいえです。ただ、殺したいから殺し……」
「嘘だな」
「…………え?」
呆気取られた表情をする雪風。
俺は少しだけ、イラッとした。
「俺は王女の護衛だ。これまで何人もの暗殺者を見てきたし、そして殺してきた」
「それの何が…………」
「心だよ」
「…………?」
「迷いしか感じられない。だから、俺はまだ立っていられる」
相手を傷付けることに躊躇して、攻撃がほんのコンマ一秒ほど遅い。その、ほんの僅かな躊躇いのおかげで、俺は今も生きていられる。
「何人も殺してきたってのは多分本当なんだろう。てもな、殺したいから殺したってのは違う」
「何を根拠に…………!!」
歯を食いしばる雪風。
「分かってんだろ? 目だよ、目」
エストロ先輩も言うように、瞳はその人の本質を表す。濁った瞳の人間はやっぱりどこか心が壊れているし、エミリアのように純粋な瞳を持つ者はやっぱり素直で心優しい。
理知的な瞳だとか、色っぽい瞳だとか、目で性格が分かったりするのは、本能的にこれを理解しているからだろう。
「悲しそうな目だ、快楽殺人犯や、まず最初に感情を殺した暗殺者の目じゃない」
「…………っ!」
切り掛かってくる雪風、だが、遅い。
しかも、愚直にまっすぐ突っ込んでくるもんだから。
「雪風、お前は優しい人間だ。自分を悪者にして、自分を殺そうとすることで、非情な暗殺者になろうとしている」
「カハッ!」
振り抜かれた刀を半身になってかわし、懐に入り込んだ俺は、流れるように回し蹴りに繋げる。
森の方向へ吹き飛ばされた雪風は、大樹に身体を打ち付け、茂みの中へと落ちて行った。
「〈風壁〉」
その身体が地面につくより前に、風の壁を地面に向けて発動。地面に広がる〈風壁〉に触れた雪風が、再び上空に打ち上げられる。
「なぁ、そんなものに意味があるのか? 逃げた所でなんになる? それくらい分かるだろ?」
ガラ空きの胴体に手をそっと当て、その手に魔力を込める。
選んだ魔法は、無属性闇魔法の〈魔弾〉。魔力と威力の効率が良い魔法で、威力に際限がないのが特徴的。
溜めればその分だけ威力が上昇するのだ。
「はあっ!」
溜め込んだ魔力を解放した瞬間、吹き飛ばされた雪風が一瞬で見えなくなった。
俺は、山の方向に飛んで行った雪風を追って走り出す。
身体強化や風魔法の援護を含めた俺の最高速度は、この世界でもそれなりのものだ。
数分走った先に、ボロボロになった雪風がいた。血と土に塗れた裸身に、制服だったものが汗と血で貼り付いている。
雪風はヨロヨロと立ち上がり、俺を睨んだ。その目は、まだ死んでいない。
「分かる…………です?」
「ああ、お前も────
「分かるわけないのです!」
「…………ガッ……ア……」
気付けば、俺の腹に、雪風の持つ刀が突き刺さっていた。
まだ浅い。俺は自分の身体が燃えることすら気にせず、その場で〈極炎魔法〉を放ち、瞬時にその場から離脱。
腹から溢れる血を押さえ、俺は必死に回復魔法をかける。
「雪風には…………その生き方しかない」
「…………どういうことだ」
「最初に殺したのは、正神教徒です。雪風の家の周囲を、囲んでいたのです」
「正神教徒……?」
「雪風は、訳が分からず戦ったのです。怖くて、怖くて…………気付けば雪風一人になっていたのです」
「…………」
「でも、何も感じなかった! あの時雪風は、安心してしまったのです! 雪風は言われた! お前は殺戮マシーンだと!」
それは、初めて聞く雪風の心の叫びだった。
「雪風、お前はこれからも人を殺したいか?」
フルフルと、首を横に振る雪風。
当然だ、人を殺すあの感覚は、何度繰り返しても慣れることはない。
「もう、雪風は誰も殺したくないのです……。いるだけで人を傷付けて殺してしまう雪風は、居なくなった方がいいのです……」
雪風は、泣いていた。
俺が雪風の身体を抱き締めると、雪風も弱々しく腕を回してきて、俺の胸に顔を押し付けて泣きじゃくった。
「……………………」
雪風は、殺したことを後悔して、自分を殺そうとしているのではない。
これから殺してしまうことを恐れているのだ。
だが……それは、この世界では普通の考えだ。殺してしまうことは、俺だって恐れている。だが俺は、それを恐れて自分を殺そうとはしない。
雪風はきっと、あまり人と関わりを持たなかったのだ。自分の考えが普通だと、雪風が知ることはできなかったのだろう。
ただ人を殺すだけの存在として生きる道しか残っていないと、雪風はそう自分で決めつけてしまった。
「だから……雪風は、シン・ゼロワン、あなたを殺して私も死ぬのです」
俺を殺すというのは、命令……いや、多分依頼なのだろう。依頼を完遂することで、人の役に立ってから死ぬと言うのだ。
──殺戮しかできない存在だから、せめて最後に誰かのために何かをしたい。
顔を上げた雪風が、そっと俺から離れる。
その目は、やる気だ。これまでの迷いある目じゃない、本気で、俺を殺してから自分も死ぬつもりなのだ。
感じる魔力は、量も、濃さも、何もかもが違う。
「依頼は実力を測る云々だった気もするが……」
いいぜ。
「生き方なんか下らねぇってことを教えてやる!」
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