二十六話:頑張るお姉さん
これは、とあるお姉さんのお話。
「……………………」
私は、黙って紙をめくる。
一つの文字も見落とさないよう、丁寧にそれを読む。
それは、シンくんから送られる報告書だ。
あの日、キラさんがポンポンとポカポカを言い間違えた日から毎日、私とシンくんは念話で連絡を取っている。
それは、王都での出来事に関しての情報提供であり、医者が患者に取る経過観察のようなものでもある。
そしてこの報告書は、シンくんが雪風くんについて書いたものだ。
ファントムが毎朝回収に行っているため、一日遅れの情報ではあるが……手書きはやはり、シンくんの気持ちが伝わってくる。
だからこそ……
「やっぱり、七日目に違和感を感じるね」
二週間前、『お姉さんたちに任せんしゃい!』と言って、私は、コウくんとカイヤくんを連れて正神教徒の方達へ喧嘩を売りに行った。
勿論、ただの時間稼ぎだ。やろうと思えば潰す事もできるけど……その場合、何が起こるか分からないからなぁ。
雪風くんの問題を解決するまでの間、私たちはここで注意を引き付けるしかない。
そうだ。雪風くんだ。
彼女の身体を『精霊の目』で見た瞬間、私は彼女の真実の一端を知った。
彼女のそれは──ひどく、寂しい。
初めて会った時のシンくんに、似ているね。全てに絶望し、自暴自棄になって、それを周りには隠し続ける。
空虚な、一人芝居だ。内面は一人で絶望を演じ、外面は一人で幸福を演じる。
「だからだねぇ、シンくん。君には、お姉さん期待しちゃってるんだなぁ、これが」
楽しいという事を知らせたい、楽しさを感じてもらいたい。この世界には、研究すべき題材が溢れている! 私は精霊の道に進んだけど、そうだね、雪風くんにも何か街はあるだろ?
今の雪風くんには、幸いシンくんたちがいる。
引き受けた事は誠実にこなすシンくんだ、雪風くんが考え込まないよう、毎日外に連れ出してくれている。
そしてそれは、この報告書が示している。
『一日目。まだ慣れないだろうから、四人でもう一度王都を巡り直しました。雪風は、中でも綿飴と鯛焼きが……』
シンくんは、毎日念話で雪風くんの様子を伝えてくれている。何があって、どんなだったか。
『二日目。ストッパー役が足りない事に気付き、エミリアも含めた五人でまわりました。すると、雪風がストッパーに回るんですね……』
『三日目。また同じ五人で、今度は森の中を歩きました。雪風は魔狼事件の後に転校して来たを思い出したので。でも、慣れていましたね』
──四日目
──五日目
──六日目
そして、七日目……ここでシンくんは、初めて男を誘った。
むしろ今まで女の子しか誘っていない事実にお姉さんびっくり〜と言いたいところだけど、まぁ、これはシンくんなりの優しさだろうね。
それは、七日目に誘った相手からも分かる。
雪風くんが人間に怯えないよう、人選は礼儀ある人物にしているね。
……ま、シンくんが転校生をなんだと思っているのか、すっごい気にはなるけどさ!
『七日目。今日は、アーサーとエストロ先輩の四人で武器屋などを巡りました。雪風も意外に興味があるようで、楽しそうでしたね。エストロ先輩が耳打ちしてくれたのですが、雪風は剣の才能があるそうです。魔女っ子可愛いすぎる……』
少し、最後に本音が漏れているのがシンくんらしいけどねぇ……。
あと、店のチョイスも。まぁ、帝国の王子と最優の騎士と一緒だからね……シンくんも、あの愛着ある武器を変える気はないらしいけど、見るのは好きみたいだし。
「帽子の感想もあるし……ローブと帽子でも着せたのかな? あれ、視界が狭まるから普通の魔術師は被らないって言ったのはシンくんだけどねぇ」
シンくんらしい手の平返しに苦笑いし、そして私は次の紙を見る。
そこにはやはり、
「雪風くんが、寂しそうな顔をしていたか……」
魔女っ子の姿をした影響ではないだろうさ。似たような事は、五日目あたりに服屋でやっているしなぁ。
明らかな変化を見せたのは、やはり七日目の人選に問題があったんだろうね……。
犯人はどっちだ。い、いやしかし二人とも礼儀正しい人間。となると……っまさか、魔女っ子に本能を解放してしまったシンくん!?
なんて子だ……青空の下で、幼気な魔女っ子を襲うなんて……。裏路地に連れ込み、嫌がる雪風くんに無理矢理媚薬を飲ませるなんて……!
「お姉さん、君をそんな子に育てた覚えはないなぁ!」
「むにゃむにゃぁ〜ーうるさいなぁ……。あれ? 駄目だよスー、夜更かしはお肌の天敵だよ? 女の子なんだから、早く寝ないと」
「ファントム……今、朝なんだぞ……」
「ありゃりゃ? ぼくとしたことが。てへっ」
「はぁ……まぁ良いや。ファントム、これを見てみんしゃい。私の育てたシンくん、不良になっちゃった……」
「ん〜? それはシンくん怒られそうだなぁ……おぉ、おやおやぁ〜! これねぇ……」
「ファントム、知ってるん?」
「うん、そりゃ知ってるさ。なにせ大精霊だからね。ちなみに九日あたりから、被害者が再び出始めたらしいよぉ〜」
尻尾をペロペロ舐めながら、私の契約精霊であるファントムが言った。
慌てて九日目を見ると、確かに被害者が出たと言っている。
七日目と八日目の違和感ばっかり気にして、九日目から先を読んでいなかったのだ。
私、大失敗。てへっ。
「ははっ……私も疲れてるなぁ! 目先の違和感に気を取られて、盤面を見てなかったとは!」
「ん〜? なんか分かったの?」
「ウンウン、ぜぇ〜んぶ分かった! 駄目だなぁ私。全然お姉さんじゃない」
「……スー。スーは目標が高すぎるんじゃないかなぁ? 気楽に行こうよ。ほら、ぼくと一緒に猫猫体操でも。ねこねこ〜」
「猫猫体操ってあれでしょ? お腹や背中を舐める奴でしょ? 私一応人だからね?」
「毛繕いね。誤解生むからやめてね? ほらこうやって……ねこねこ〜」
ペロペロと、背中の毛繕いを始めるファントム。
精霊と言うよりも、猫なんだよねぇ。
というか体操ってなんなんだろうねぇ……。
というかそれ、人間にはできないと思うなぁ!
「猫猫体操終了ー! じゃ、スー。そろそろ休憩やめて、団体さんの相手してあげようか」
「はぁ……いい加減、もうやめたいなぁこれ」
「言い出した手前、スーが止めるのはなしだと、ぼくは思うなぁ〜」
「ハイハイ……お姉さん頑張るから、シンくん、見てろよー!」
「見れないけどねー」
「「ヒャッハー!」」
頭上の警戒が全く出来ていない正神教徒共め、お姉さんのキックを食らうが良い!
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