十七話:お姫様抱っこ
咄嗟に伸ばした手は、紫苑の手と少しも触れ合う事なく空を切る。
「くそっ……!」
徐々に小さくなっていく紫苑の身体。
この距離では、紫苑に魔法をかけても意味はないし、そもそもかけれるかすら微妙だ。
落下の勢いを多少は殺せても、この高さじゃ焼け石に水だっ……。
俺にできる事は、ただ一つ。
かなり危険だが……やるしないか……。
「待ってろよ紫苑……!」
俺は、躊躇せずに紫苑を追って飛び降りた。
だが、勿論このままでは紫苑の方が早く地面に激突する。
だから俺は、
「〈飛翔〉!」
通常上に飛ぶ魔法を、下に向かって使用した。
下への移動は、〈浮遊〉が基本。〈飛翔〉では、勢いが強すぎるのだ。
だが今だけは、これで自由落下の速度以上の速度で落ちる事ができる。
問題は…………
「確保と着地!」
確保はまだ容易だ。幸い風はなく、ミスさえなければ紫苑に辿り着く。
だが、着地は俺も分からない。
確保して、即座に急上昇できれば良いが……
「よしっ、捕まえた!」
俺の手が、紫苑の脚に触れた。
足首を掴んで引っ張り、抱き寄せる。
これで後は、着地するだけ。
「くそっ、上昇する暇はねぇ、このまま着地する!」
反対方向の上空に〈飛翔〉を発動。
さらに、地面に向けて風魔法を魔力全て出し切るつもりで放つ。
「止まれぇぇぇぇぇぇ!!!」
もう後は願うだけだ。
他の事を考える暇もない。着地の瞬間は、ほんの一瞬の後だった。
「っっっ!!!!」
踏ん張る腰と足に大きな負荷。
嫌な音が、全身の骨から聞こえた。
目玉が飛び出したような感覚と、内臓という内臓が破裂したような痛み。
だが……
「生きてる……」
俺の腕の中では、紫苑が目をギュッと瞑って震えている。
紫苑も、なんともないように見える。
「起きろ紫苑、もう朝だぞ?」
俺の声が聞こえたのか、紫苑はゆっくりと目を開け……
「…………あれ? なんとも……ない?」
「おはよう」
「あ……シン殿……私は、一体……?」
「間一髪だったよ、今度からは気を付けろよ?」
「??? え……は、はい……」
どうやら、まだ状況が理解できていないみたいだな。
目をパチクリさせて、混乱している。
「大丈夫? 怪我はないか?」
「は、はい。なんとも……ありませぬ」
「そうか、それは良かった」
無詠唱ってのは、こういう時に役に立つ。
たとえ全身の骨を折ったとしても、即座に回復魔法を重ね掛けすれば後は痛みを我慢するだけ。
詠唱が必要ないから、俺が表情にさえ出さなければ紫苑に勘付かれる事もない。
「あ、あの……」
「どうかしたか?」
「いえ……拙者、屋上から転落した気がするのでござるが……」
紫苑は、不思議そうに俺の顔、いやその後ろを見る。
「屋上が、空にありまする」
「そりゃ、落ちたからね」
「落ちた……落ちた……じゃあここは……死後の世界? 拙者、まさかシン殿を道連れに……っすみませぬエミリア様!」
「勝手に死ぬな、人を殺すな、謝る相手がそもそも違う!!」
普通道連れにしたら相手に謝るだろ!
エミリアは今赤の他人じゃねえか!
「いいか、お前は死んでいない。危ないところだったが、ギリギリ助けた。ご理解?」
「拙者は生きて……シン殿も生きている?」
「ああ。というかここが死後の世界なら、なんで俺はこんな事してんだよ」
「こんな事?」
紫苑も落ち着いてきたのか、自分の状況を確認する余裕が生まれたらしい。
真上にある俺の顔を見て、俺に膝裏を抱えられている脚を見て、そしてもう一度俺の顔を見た。
そして、
「っ!?!?」
ボンッという擬音が聞こえそうなくらい一瞬で、紫苑の顔が赤くなる。
漫画とかなら、頭から煙を上げて目をグルグルにしてそうだ。
だが、さすが忍者と言うべきか、紫苑はまだ落ち着いていようとする努力はしているようで、
「あのっ、こ、ここここ、これは所謂お姫様抱っこなるものでは!?」
「え? まぁ、そうとも言うな」
その声がとても上擦っていた事には、紫苑の名誉のためにも触れない。
まあ、確かにこういった抱え方になったのは少し申し訳ない気もするが……紫苑の落ち方はとても危険だった。
俺が脚を掴む事になったのは紫苑が頭を地面に向けていたからで、しかもさっきの様子を見るに気絶していたのかも知れない。
当然ろくな受け身は取れず、紫苑はそのままあの世に逝ってしまう所だったのだ。
「まあ、何はともあれ、怪我がないようで良かったよ」
「〜〜〜〜ッ!!」
目を見開いて、さらに顔を赤くする紫苑。
昨日から、紫苑の恥ずかしがる姿を見てばかりだな。ここまで恥ずかしがるのも、今ではそこまで珍しく感じない。
紫苑が意外に恥ずかしがり屋だった事実に俺が驚いていると、紫苑は遂に両手で顔を覆い隠してしまった。
「…………」
「…………」
どれくらいそうしていたのか。骨が折れていて動けない俺は、紫苑を『お姫様抱っこ』で支え続けた。
正直、今の身体では女の子一人抱える事すら辛い。軽そうな紫苑でさえこれなのだ、これが例えばアーサーだったと考えるとゾッとする。
……まあそもそも、アーサーに責任取れと迫られる時点でゾッとするけどな。
「……シン殿、拙者の身体を摘んでもらえませぬか?」
「抓るって事?」
「はい。痛いものを」
「わ、分かったけど……これで良いか?」
指の隙間からこちらを見る紫苑に言われた通り、俺は紫苑の脇腹に添えた手を動かして、紫苑の身体を優しく抓る。
紫苑の身体を支えている事もあってか、あまり力が入らなかったが……ちゃんと痛みは感じるんじゃないか?
「…………」
「もっと強い方が良い?」
「はい、一応……」
言われた通り、さらに少しだけ力を込める。
これくらい力を込めれば、流石に痛みは感じると思うが……。
「はぁ……成る程……」
「何が成る程なんだ?」
「いえ、今拙者はシン殿に抓ってもらいました」
「ああ、それなりに力を込めたけど……痛かったか?」
「いえ。むしろ逆でござる。だからこれは……」
首を横に振った紫苑が、そっと、俺の肩に触れた。
「なんだ……夢でござるか……」
…………ん?
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