十六話:悪夢、そして退場
五日連続投稿!(多分)
──責任。
薄々そうでないかと感じてはいたが、紫苑に好かれる事をした覚えはないし、何よりエミリアと付き合っている俺に紫苑がそれを持ち出すとは思わなかった。
だけど、少しだけ予想していたからこそ、俺はそこまで驚かなかった。
「…………それは、男が女に取る?」
一応、尋ねる。
腹切って詫びろとか、指を切り落とすとか、そういう可能性がない訳ではないから。
俺は、どっちの意味を望んでいるのだろうか。
一般的な責任とヤクザ的な責任の内、俺が期待しているのはどっちの責任だろうか。
「…………最初は、ただの憧れでござった」
紫苑は、俺の質問には答えなかった。
ただ、ゆっくりと、自分について語り始めた。
「拙者は、小さい頃から忍者の稽古に明け暮れており、友達なるものとは、一度も遊んだ事がなかったでござる」
じゃあ、昨日エミリアと一緒に風呂に入っていたのは、紫苑にとっても初めて友達と裸の付き合いをした日だったって事か。
「同じ歳の子と話したのは、十年近く前に見知らぬ男の子にと聞かれた時くらい。隊に入っても、男性とはほとんど話さなかった」
「アーサーとは?」
「アーサー殿は……仕事でござるよ」
確かに、どこか事務的というか、アーサーがボケたりしないのもあるが、紫苑は突っ込みをしなかった。
スライムに襲われた時も、一時的な雇い主であるアーサーではなく俺に頼っていた。
「紫苑は……男と話せないのか?」
「いえ、そういう訳ではありませぬ。ただ、どんな事を話せば良いのか皆目検討も付かないだけで」
「それは、俺も同じだな。というか、大体な奴はそうだろ。親しくない、そんなに知らない奴と話せる人間はそうそういない」
それができる極一部の人間を、人はコミュ力お化けと呼ぶ。
お化けはモンスターだ。俺たち普通の人間とは違う。
「俺だって、必要がなければ極力話そうとしないからな? 一言も喋らない日とか、普通にあったからな?」
「そうなので、ござるか?」
「おう、というかむしろ、話し相手なんてほぼゼロだったぞ?」
転移する前の話だがな、相手は家族と幼馴染くらいか。
……言ってて懐かしい。そうか、もう十年以上会ってないもんな。
「…………」
「ん? どうした?」
「いえ…………」
紫苑が、こっちをジッーと見ていた。
「シン殿は、腹切りするなら介錯は必要でござるか?」
成る程、そっちの責任かい。
「いや、必要ない。それって、人に殺されてるのと変わらないだろ」
腹を切ったくらいだと、治癒魔法で回復する可能性があるからな……。
介錯なしで死ななければ、責任を取った事にならない気がする。
「難しいものでござるな……」
体育座りに座り直した紫苑が、残念そうな顔で遠くを眺める。
だが……
「……大丈夫、伝わってるから」
「?」
「俺が寂しそうな顔をしたから、励まそうとしてくれたんだろ?」
「そ、それは……それは、気付いても言わないで欲しいでござるよ……」
ほのかに赤く染まった顔を脚に押し付けて隠しながらも、紫苑の目はこちらを見ている。今は、眼帯もつけていない。
口も拗ねたように尖らせ、恥ずかしさを誤魔化している事が丸わかりだ。
「……それで、拙者の冗談はどうでござった?」
「正直、あまり言わない方がいい冗談だった」
俺も、紫苑から害意や敵意が全く感じ取れなかったから気付いただけだ。
それに、紫苑なら介錯ご必要か聞くまでもなく、自分が介錯をすると言って譲らないだろうしな。
そう言った予備知識がなければ……今ここで腹を切っていたかも知れない。
「むう……やはり拙者には向いていない……」
「うん、紫苑は突っ込み側だな」
「ツッコミ? 拙者がツッコムのでござる?」
「う、うん……半分正解で、むしろ逆とも言えるかな?」
「逆? 拙者がツッコマれるのでござる?」
「ごめんなさい今のは忘れてください!!」
「????」
なんだろう、この罪悪感は!
まるで純真無垢な少女に悪い夜の遊びを教えた時のような、人ととして最も恥ずべき行いをしたような……。
そう思うのも、俺の心が汚れているからなんだなぁ。
「……と、話が逸れてしまったでござるな。えっと……どこまで話したか……」
「男と話さなかったって所だ」
「そ、そうでした。……男性と交流のない拙者ですが、シン殿には何故だか普段通りに話せた」
普段通りも何も、学院攻略の途中だったし、仕事の一環だった気もするが……。
あー、もしかして、仕事だから話せたのを、俺が特別だから話せたと誤解しているのか?
「それなら、仕事中だからだろ」
「いいえ、違いまする」
「えっ……?」
「────スライム」
「────ッ!?」
一瞬、耳を疑った。
紫苑が、あの青くてネバネバしたゼリー状の魔物の名前を呼んだのだ。
俺が全裸で風呂場に入る原因にもなったあの!
「忍者ですから。メンタルコントロールは得意分野でござる!」
「………いや、震えてるけど」
「へ!? あ、いや、これは……」
ドヤ顔で胸を張る紫苑の膝が震えている事を、指を差して教えてあげる。
紫苑は、恥ずかしげに身を縮こませた。
スライム恐怖症。だけど、屋上でスライムの話をした。……ああ、そういう事か。
「仕事になると、苦手な事が平気になるタイプって事か……」
恐怖症が完全に平気になる訳ではなさそうだが、少なくとも任務に支障をきたす事はなくなる。
忍者らしいっちゃらしいのかも知れないな。
仕事モードは完璧超人、オフモードはポンコツ美少女。成る程、紫苑っていう人間の事が分かってきた気がする。
「スライムに怯えていた時は仕事モードではなかったって事か?」
「……はい。そもそも、仕事中に王女を見捨てるなどしませぬ」
「……確かに」
いや、うん。むしろなんで今まで気付かなかったんだ?
仕事モードなら、スライムを見た途端逃げ出してさっさと壁を登るのではなく、残ってスライムの殲滅を手伝うはずだ。
「だから拙者は、仕事だからとかではなく……何故かシン殿だけにはいつも通りに接する事が出来たのでござる」
「だから、責任を取れ?」
「はい。拙者は多分、シン殿の事が好き……かも知れない。そう感じて……この暁月紫苑、シン・ゼロワン殿に責任を取って頂きたく!」
紫苑は、真剣だった。
ギュッと唇を噛み、こちらから目を逸らさず、俺の返答を待っている。
男らしすぎるぞ、紫苑……。
『かも知れない』とか『多分』とか、あやふやな言葉なのに、どうしてここまで格好良いんだ?
だから俺も、元々拒否権などないとはいえ、真摯に応えなければ失礼だと思った。
「分かった」
「…………それでは!」
「ああ、責任は取る。だけどな、紫苑」
「は、はい」
俺が紫苑の方を向くと、紫苑は居住まいを正し正座になった。
胡座の俺に対して、正座の紫苑。こういうところが、俺と紫苑の差なんだろうな……。
「紫苑は、まだ俺が好きか分からないんだろ?」
「…………はい、なにせ、拙者は色恋など初めて故、これが果たして恋なのかも分からず……」
「なら、俺の事を嫌いになった時点で、俺以外の奴を好きになった時点で、この関係はなしにしていい」
これは、紫苑のためにも当然必要だろう。
だが、紫苑は不満そうな顔をした。傷ついたような、拗ねたような表情だ。
「それは、拙者の思いが紛い物だと?」
「い、いやそれは違う! だけど、勘違いって事があるかも知れないだろ? もしそうだった時、変な罪悪感とか感じて欲しくないからさ」
それで、紫苑の本当の恋が終わったら俺は本当に悔やむだろう。
これは、紫苑のことを思って言ったつもりだったが……
「むぅーーーーーー」
だけど、紫苑は頰を膨らませてご立腹だ。
「あ、あのぉ……なんで怒ってるの?」
「……シン殿は、恋とはどういうものだと思いまする?」
「え、こ、鯉? 美味しいよな」
「恋!」
「こ、恋だな? 勿論知ってるぞ。えっとな……恋はな……」
恋と言われても……日本で読んだ漫画とかの知識しかないぞ!?
最近では、この世界でも漫画という読み物が出回ってきたらしいけど……俺は読んだ事ないしな。に、日本での考え方なら……
「気付いたら目で追っていて、一緒にいたくて、一緒にいるだけで嬉しくて、すっごくドキドキするもの? あとは……相手の事を知りたいとか?」
な、なんて羞恥プレイだ……。
恋愛経験がない事を堂々と宣言しているような恋の説明、いっそ今からでも腹切りにさせて。
「な、なら拙者は……っ!」
俺の説明を聞いた紫苑が、勢いよく立ち上がった。
だがその瞬間
「危ない!」
フラリと、紫苑の身体が宙に浮いた。
恥ずかしさで平衡感覚がズレていたのか、それとも正座で足が痺れていたのか、焦って足を絡めてしまったのか。
──この学院の屋上に、柵はない。
「くそっ!」
脳裏によぎるのは、九年前、師匠の手紙を読んだあの瞬間。
大切な人を守れなかった、あの無力感、絶望感、喪失感。
俺の知る限り最悪の悪夢が、俺の目の前で再び起きようとしていた。
「紫苑っ!!!」
紫苑は、屋上から真っ逆さまに落ちて行った。
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