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この電車、家に向かってません  作者: 杜田 英法
【プロログ】不気味な帰り道
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帰り道?

 自動ドアの隙間から風という刃が僕の顔面を刺した。それは塾の帰りだった。高層ビルをすり抜けるように吹いている暴風に僕は目を瞑り、前へ進む。


 凍える空気の中でも笑いながら話している女子高生たち。もしかしたら寒くないのかな。寒さを分かち合える友達がいない冬は歯をカチカチ鳴らしながら帰る他ない。


 赤くなった耳を指で軽くこするだけで痛い。息をするたびに浮かび上がる湯気を睨みながら最寄りの千種駅まで向かう。


 両手をポケットに突っ込む。家に帰っても学校の課題が山のように残っている。そう思うと気が進まなくなる。体が人一倍重く感じながらも、僕は冷え切った歯を食いしばった。


「あぶね!」


 下を見ながら歩いていたら通りすがりの車に轢かれそうになった。前を見ると信号は赤。瞳を震わせながら停車してくれた運転手に頭を下げる。


 運転手は驚いた仕草を一つも見せず、こちらを睨んでいた。いっそう僕が轢かれていたほうが良かったような顔。なぜそんな顔をするんだろう。心臓が激しく脈打つ。思い切り息を吸うと、喉が一気に乾燥する。冷たい。咳払いしているとさっきまでいた車も去ってしまった。


 暖房の効いた駅の構内に入ると、頭から足までほっこりと温まるのを感じる。足元に気を使いながら階段を降りると、お腹が低い鳴き声を上げた。何か食うものないかな。まだ外の冷気をかぶっている鞄を漁る。何もない。


 早歩きで駅のコンビニに駆け込む。棚の端から端まで機械のようにスキャンしていると、カロリーメイトと書かれた小さなパッケージが視界に入った。


 一番手前のイチゴ味を手に取ってセルフレジまで持っていく。赤く光ったレーザーにカロリーメイトをかざすと「220円」と目の前のスクリーンに表示された。


「なんか高くなってね?」と苦笑しながらICカードをピッとかざす。レジから出てきたレシートをゴミ箱に捨てて、パッケージの箱を親指で開けた。


 四本入りのカロリーメイトを一口かじりながらホームの端に設置されている席に腰かける。お尻がベンチに触れた瞬間、疲れが体の隙間からすり抜けていくのを感じた。


 寒くもないのに震える体を抱きしめる。2分後か。到着予告表を見てため息をつく。左手をおでこに乗せて、天井の入り組んだパイプを見つめた。


 ぼーっとしていると眠気をくすぐるようなメロディーが駅のスピーカーから流れてくる。起き上がった瞬間にぐっと来る眩暈に目を閉じて耐え、鞄を背負う。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。


 ホームドアと共に開いた電車に乗り込もうとすると中から人がどんどんと出てくる。その人たちは僕の横を通り過ぎるたび、視界から薄れていく。


 どんどん...ゆっくりと。薄れていく。


 視界がぼやける。


 もたついているとドアが閉まるチャイムが流れた。しかし、僕は黄色い線の後ろに突っ立ったまま動かない。


「乗りなよ、正成くん」


 脳みそをひっかくような声が後ろから響いた。


 なんだ、なんだ、なんだ。わずかに手が震える。


 目だけで周りに目線を寄せても、近くには誰もいなかった。だが、後ろだけは確認できなかった。かくれんぼで隠れている時のように息を潜める。少し猫背になっていた僕は車内の乗客からの視線をふと感じる。怖い目。


 それは僕に向けられていた。


 ひきつった息を吐いて、電車に乗り込んだ。

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