第三章 「囮」② 加藤翼
ブブーブブー
マナーモードのバイブが胸ポケットを振るわせる。タケシはちょうど学校へ行こうと玄関で靴を履いていたところだ。
「誰から… ん? これ、開いて大丈夫か…?」
〈送信者:
題 名:空っぽの天国へようこそ
本 文:本日午前十時より明昭ビル屋上にて空っぽの天国頒布会実施〉
「…開いちゃったけど…これ、デギール絡みか? ちとルミさんに聞いてみよう」
ブブーブブー
メール画面を閉じると同時に通話の着信。タケシはいそいそとヘルメットを脱ぎ応答した。
「もしもし」
〈あ、もしもし、タケシくん? メール見た?〉
あいさつもそこそこに単刀直入で本題だ。
「あ、ルミさんとこにも来ましたか? 空っぽの天国」
〈あー、やっぱそっちにもか。これはアヤシイわね〉
「確かに。ドメイン訳わかんないし」
〈ワステロフィのと似てるんだけど、なんか違うのよね〉
「どうします?」
〈うーん、昼間だと私、抜けにくいなぁ。今は手が空いているんだけど、入稿待ちなのよね。他に誰もいなくて、ごめん、動けないのよ〉
「え、もう編集部にいるんですか…? 分かりました。オレ、『取材』に行ってみます」
〈今日学校じゃないの?〉
「え、あ、サボります!」
〈あー、いけないんだー〉
「いやでも人類の一大事かもしれないし」
〈ごめんごめん。ちょっとイジワルだったね。分かってるから。で、一人で大丈夫? 一緒に行けないのに言うのもなんだけど〉
「まぁ、その辺は行ってみないと分からないんで」
〈そりゃそうね。じゃ、頼めるかな? 何かあったら連絡ちょうだい〉
「分かりました」
〈じゃ、気を付けてねー〉
「はい、ありがとうございます」
通話を切ったタケシ、ポツリと呟く。
「…ルミさんって、ホントよく働くよな…ワーカホリックじゃなかろうか?」
そして下駄箱の上のヘルメットを手に取ると
「それじゃ疑惑の屋上突撃取材、行ってみっか!」
愛車に跨り、目的地を目指した。
◆
一方のルミ。タケシのことは気にかかるものの、校正を予定していた記事が入ってこず、少々苛立つ時間を過ごしていた。
そんな折。
カチッ
(ん? タケシくん?)
待機モードのフェイザーから通信が入る音。それが携帯のメールでも電話でもないことに違和感を覚えたルミは、通信に許可を出した。脳内に直接伝えるので、無論、周りに聞かれる心配はない。
〈こっちは、囮だ〉
〈囮? 別働隊がどこへ向かっているかも教えてくれるんだろ?〉
〈裾野だよ〉
〈裾野? 富士山の近くの?〉
〈その裾野だよ〉
〈何のために?〉
(これ、タケシくんの声…と、もう一人は? デギール?)
◆
寸刻戻って明昭ビル。罠か?と思いつつも真偽を確かめるため、タケシはそのビルまで赴く。
だが、最上階の踊り場で、ソイツは待っていた。
「待ってたぞ、ギャノン!」
不意に声をかけられ、タケシはギョッとした。その姿はしかし、屋上へ通じるドアの窓明かりを背に立っている。逆光となるため確認しづらいが、サイズの大きい、ゆったり目の背広姿のようだ。名は加藤翼24歳。特殊詐欺の使いっ走り、いわゆる『受け子』である。
「? なんだ? 誰だ? なぜオレを知っている?」
「仲間がな、ずいぶんとオマエに世話になったようで、その礼とあいさつに、な」
「仲間? アンタ何者だ!」
「そう聞かれて答えるバカなんかいねぇ! 個人情報ってのは尊いんだよ! パゾル!」
光の幕が展開すると、見覚えのある黒いギャノンスーツが現れる。
「なるほど。それでお仲間ってことか」
「この姿なら見た目は同じだからな」
相手がスーツになった以上、こちらもその必要があろう。
「フェイザー! 相 着!」
滑り落ちる光の輪から緑のギャノンスーツが現れた。
「何が目的だ?」
「さっきも言ったろう? あいさつだよ!」
加藤の右手から光が伸びる。だがそれは刃と呼ぶにはいささか形状が妙だ。というのも出現してからずっとブラブラユラユラとして形が安定しない。
「まずは感謝の気持ちだ。受け取れ!」
加藤がその鞭のような刃を振り込んだ。これが攻撃か?とも思える遅さで振られたそれは、次の瞬間タケシの想像を凌駕する。
バシィィィ
「エッ?」
完全に躱したはずだった。だがその刃は、振ればしなるように曲がるが、曲がってから真っ直ぐに戻るまでが異常に早い。避け切ったと思ったところへ斬撃が飛ぶ。
「気持ちは伝わったかな?」
「ああ、痛いくらいにな」
「この溢れる気持ちを存分に味わってくれよ。次は朝のごあいさつだ!」
「! ブレイド!」
振り込まれることに勘付いてブレイドでガード。
だが。
「ぐわっ⁈」
想像以上に厄介な得物だ。ブレイドでガードしても、ブレイドを支点に『レ』の字に曲がり、背後から斬撃が飛ぶ。
「どうした? あいさつもしっかりやると効くもんだろう。んン?」
「クッ…そいつは飛んだごあいさつだな」
「減らず口を。ならばそろそろ本題にかかるか」
それを聞いて、タケシは身構える。
「面白いことを教えてやろう」
「何?」
(これ…念のためルミさんに伝わるようにしておいた方がいいか?)
カチッ
かくして、タイミングよく暇を持て余していたルミにつながったのだ。
◆
〈おしゃべりが過ぎるのもいかんが、まあいい。富士山のてっぺんにミサイルを撃ち込むのさ〉
〈ミサイルッ⁉︎ 富士山を噴火でもさせるつもりか⁉︎〉
〈お子様かよ。それはそれで面白いが、もっと面白いものをたんまりと積んで入れてある〉
〈面白い…もの…何だ?〉
〈そろそろサービスタイムも終わりだ、最後の質問に答えてやろう。それは〉
ルミは聞き入り、固唾を飲む。
〈エンプティヘブンだよ〉
(なんてこと…)
ルミは顔から血の気が引いていくのが自分でも分かるほどに青ざめた。
(デギールが本気で牙を剥き始めた、ってことね)
◆
「高いところからだと広い範囲に撒き散らせるからなぁ」
「なるほどな…なぁ、デギールは一体、何を企んでいるか、知ってるか?」
「地球を新たな移住先にするつもりらしいぜ」
「移住?」
「そのデギールってのの人口が多過ぎるんで、引っ越し先が欲しいらしいぜ。地球人をエンプティヘブンで骨抜きにして、奴隷として扱うんだと。力でゴリ押しして戦争おっ始めるよっかよっぽどスマートだろ? ミサイルでバラ撒いて実験するんだとさ。ま、このヘンテコな服を貰った俺たちは地球を支配する側になるってことなんだがな。その上、オマエを葬り去れば、俺にイイ身分を保証してくれるってよ」
自信満々に語る加藤。しかしタケシは素朴に疑問を持った。
(…デギールって悪の組織だろ? 悪の組織がそんな都合のいい約束なんかするかな…)
「それ…アンタ、騙されてないか?」
「オマエみたいにアマちゃんな世界に生きてるヤツには分かんねぇだろうが、ウラの世界ってのは義理と人情ってのが絶対なんだよ! だがそんなことも関係ねぇ! この力があればなぁッ‼︎」
先程よりもはるかに強大化した光の刃がタケシを襲う。その刃は踊り場の壁を擦り、さながら花火の如く光の火花を撒き散らしながら突き進む。相変わらず剣速が速いわけではないが踊り場の狭さゆえ逃げ場がない。
やがて階段の手すりに追い詰められた。やむを得ずブレイドでガードするが、ブレイドで折れ曲がった光の蛇がタケシの背中に迫る。
「コイツのおかげで、俺サマは無敵だぜぇっ! ヒャッハァッ‼︎」
ビシィッ
「ウグッ」
ビシィッ
「ウガッ」
切り結ぼうにも相手は所在なきカタチの剣をユラユラさせるので、間合いにどう入ったらいいのか見当がつかない。攻めあぐねて待てば鞭のような斬撃が飛び、それをガードすれば急速に『レ』の字に曲がる刃が背中に飛んでくるのだ。
(…ガードすれば…? そうか! ヤツの攻撃は相手にガードさせ避けさせることが前提。ならば…!)
「アンタ、石廊崎事件を知っているか?」
「なんだそりゃ? 知らねぇよっ!」
加藤はますます調子付いて攻撃を仕掛けてきた、その時。
(! ここだ!)
「ダブルアクセル!」
叫ぶと共にタケシは猛然と敵へ向かって走り出す。
「ぬぐっ? 死ぬ気かよォッ⁈」
敵は慌ててブレイドを引き再び振り出すが、『しなり』の分、刃が出遅れる。
「真実に辿り着くためなら、オレは命を惜しまないッ‼︎」
タケシはその横を、敵の胴を撫で斬りにしつつ通り抜ける。
ドシュゥゥゥ
「チッ!? 間合いが!」
手応えはあった。加藤のスーツは欠損しているものの、しかし全てを吹き飛ばせた訳ではない。敵のブレイドが邪魔で踏み込みが甘く、一番力の乗るところを叩き込めなかった。
「グゥゥゥ…よくも…くっそぅ…アレを使うか…」
加藤は腰から六角形のプレートを取り出す。
「ギャノン! よく見るがいい! この俺サマの真の力をなぁっ‼︎」
そしてそのプレートを、ちょうどそれが収まるような胸のくぼみに当て嵌め込んだ。
「おおおぅ! 来る。来るぞ。力が! パワーが! |漲〈みなぎ〉ってくる‼︎」
今しがたの戦闘で欠損したスーツの表面がみるみる回復していく。
そればかりではない。黒い表面は細かい無数の六角形のテクスチャとなり、その隙間からまるで湯気のように黄金色の光の粒子が噴き出している。そして心なしか一回り大きくなった。
猫背のように前屈しつつ、|漲〈みなぎ〉った力はまず背中から膨張を始め、やがて全身に広がっていった。
その様子を見たタケシが|呻〈うめ〉く。
「なんだ、これは…」
タケシは驚愕し、微かに|後退〈あとずさ〉る。
「なぁんだぁ? 脅えているのかぁ? この俺サマの姿によぉ! グワッハッハッハ!」
勢いを取り戻した加藤は、再びタケシに攻撃を仕掛けた。
「フンッ!」
ブゥンッ
「クッ!」
ブレイドで防御するが、鞭のような刃の勢いが、先程とは段違いに速く、強い。
「グハッ!」
一撃目でも押し込まれ、そこから背中に二撃目が飛ぶ。
(なんなんだ、これ…でもどうにかしなきゃこのままじゃ…)
「どうした? ギャノン! 来ないのなら、こちらから行くぞ! グワハハ!」
敵のシルエットはますます大きくなり、飛んでくる斬撃は、ますます速く強い。
しかし予測できない攻撃をギリギリで躱している最中、異変が起きた。
「ぐぬッ⁈ グ、グググ…」
様子がおかしい。錆びついたロボットの如く、急に動きがギクシャクしはじめた。
「? なんだ? チャンスか?」
タケシは正面にブレイドを構え直し
「ギャノンブレイカァァァァ!」
袈裟切りに振り下ろす。動きの止まった相手ゆえに仕留めるのは簡単だった。
バシィ
質量感に乏しい斬撃音。
だが次の瞬間
「グゥオォォ…オオゥ⁈」
加藤が唸り声を上げる。
そして
パン パン パ パパ パパパパパ…
膨張した黒いスーツのテクスチャ1枚1枚が爆ぜはじめ、溢れ出した黄金色の光は一旦外へ溢れたものの、今度は逆に急速に収縮し始めた。
「グオッ⁈ つぶゥ⁈ 潰れるゥッ⁈」
ズグググググ…ズボォゥフ…
加藤は元の姿よりも小さいのではないかと思うほど縮み、そして鈍い音を立てスーツが崩壊した。その中心地には加藤が力なく仰向けになっていた。
「バイタルチェック!」
タケシは敵に生体スキャンをかける。
「…死んではいないようだが…骨までやってるな…何なんだったんだ、今の…」
横たわる敵の姿に目をやり、タケシはつぶやく。
「コイツも違ったか…」
「警察と救急車は呼んでおいた…助かるといいな」
それは敵への哀れみか、己の願望か。
「階段で通せんぼってことは、この先に何かあるのか?」
加藤に背を向け、踊り場のドアを開け屋上で向かう。
ゴッ
「あたっ おっとっと」
段差につま先を引っ掛け、蹴っ躓いてしまった。
「なんだ、オレ…疲れてるのか?」
屋上を見渡すと、そこには太陽光発電のパネルが広がるだけだった。
「…まぁこんなもんか。さて、ルミさんに上手く届いただろうか? …トゥッ!」
ジャンプして隣のビルの屋上に移ると、タケシの姿は消えた。
◆




