第六話「もふもふな相棒」
アッシュとルナの活躍がギルドで噂になり始めて数日後、リンドウの町に不穏なニュースが舞い込んだ。
「町の近くの丘で、伝説の魔獣フェンリルが瀕死の状態で発見されたらしい!」
ギルドに駆け込んできた冒険者の言葉に、その場にいた全員が息をのんだ。
フェンリル。それは、神話に謳われるほどの強力な魔獣。成長すれば、一匹で国を滅ぼす力を持つとさえ言われている。そんな存在が、なぜ町の近くに?しかも、瀕死の状態で?
噂は瞬く間に広がり、現場には領主の命を受けた騎士や、腕利きの神官、高名な獣医たちが集まっていた。しかし、彼らは皆、首を横に振るばかりだった。
「原因が全くわからん。外傷はなく、呪いの類でもない……」
「聖なる回復魔法も弾かれてしまう。我々の手には負えん……」
アッシュもルナと共に、野次馬に紛れてその様子を遠巻きに見ていた。丘の上には、子犬ほどの大きさしかない、真っ白な毛並みのフェンリルがぐったりと横たわっている。まだ幼体のようだ。
「可哀想に……」
ルナが悲しそうにつぶやく。
アッシュは、興味本位、というには少し切実な思いで、そのフェンリルの幼体を【万物鑑定】してみた。
【名称】フェンリル(幼体)
【等級】伝説
【状態】魔力中毒(重篤)
【情報】
▶高純度の魔力結晶を過剰摂取したことによる、急性の中毒症状。体内の魔力が暴走し、生命活動を阻害している。
【治療法】
▶『清流の苔』と『火トカゲの肝』を十対一の割合で調合した解毒薬を経口投与する。
▶清流の苔:この丘の北側を流れる川の上流に自生。
▶火トカゲの肝:町の武具屋が研磨剤として在庫を所持している可能性:九十五パーセント
「……治せる」
アッシュの口から、確信に満ちた言葉が漏れた。
原因は魔力結晶の食べ過ぎ。そして、治療法までハッキリと示されている。材料の在処までわかるなんて、至れり尽くせりだ。
「ルナ、ちょっと待っててくれ。俺が助けてくる」
「えっ、アッシュ様!?無茶です!」
ルナの制止も聞かず、アッシュは人垣をかき分けて前に出た。
「どなたか存じませんが、子供の遊び場ではありませんぞ!」
騎士の一人に咎められるが、アッシュは構わず言い放った。
「俺がそいつを治せます。原因は中毒です。解毒薬を作れば助かる」
「何を馬鹿なことを!神官様ですら匙を投げたのだぞ!」
誰もがアッシュを信じない。だが、彼は構わなかった。
「とにかく、すぐに材料を集めてきます!」
そう言うと、アッシュは鑑定で示された場所へと走り出した。まずは川の上流で清流の苔を採取。そして、その足で町の武具屋へと向かった。
「火トカゲの肝?なんでそんなものを……まあ、研磨剤の予備があるから売ってやるが」
怪訝な顔をされながらも、アッシュは無事に材料を手に入れ、広場で調合を始める。すり鉢で苔と肝を混ぜ合わせると、緑色のペースト状の薬が完成した。
彼は再び丘へ戻ると、まだぐったりしているフェンリルの口元へ、その薬を運んだ。
「大丈夫、これをのめば楽になる」
優しく語りかけながら、薬を少しずつ口の中へと流し込む。
すると、驚くべきことが起こった。フェンリルの幼体の体が、淡い光に包まれたのだ。苦しげだった呼吸は穏やかになり、全身を覆っていた淀んだ魔力が霧散していく。
やがて、光が収まった時。
「きゅぅん?」
フェンリルの幼体は、ぱちりとその黄金色の瞳を開いた。そして、自分の体を起こすと、目の前にいるアッシュの顔をじっと見つめた。
「よ、よかった……元気になった」
アッシュが安堵のため息をついた、その瞬間。
フェンリルの幼体は、勢いよくアッシュの胸に飛び込んできた。
「わっ!?」
ペロペロと顔を舐め、くんくんと匂いを嗅ぎ、嬉しそうに尻尾を振る。その姿は、伝説の魔獣というよりは、人懐っこい子犬そのものだった。
「はは、くすぐったいって」
アッシュがその白い毛並みを撫でると、フェンリルは気持ちよさそうに目を細める。もふもふとした毛の感触が、とても心地いい。
その光景に、周りで見ていた騎士や神官たちは、ただただ呆然としていた。
フェンリルは、アッシュから決して離れようとしない。まるで、彼を親だと認識したかのようだった。
「困ったな……。君、名前は?」
アッシュが尋ねると、フェンリルは「わふっ!」と一声鳴いた。その真っ白な毛並みから、アッシュは一つの名前を思いつく。
「よし、今日から君の名前は『シロ』だ」
「きゃん!」
シロは、その名前が気に入ったように、嬉しそうに飛び跳ねた。
こうして、鑑定士アッシュのパーティに、もふもふ担当兼、未来の最強戦力となる相棒が加わった。この出会いが、後に世界を揺るがすことになるとは、まだ誰も知らない。




