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第九十五話【錬金術師の語るもの】


 ビビアンさんもマーリンも朝の支度を終えたあと。約束の通り、俺は昨日運び込んだ鉱石の山の前まで連れてこられていた。

 説明のあいだずっと寝ていたマーリンは、不思議そうに俺を見ているだけ。

 でも、ビビアンさんはそれも気にせず、さあやってみろと言わんばかりの目を俺に向けていた。


「……本当に俺でいいんですか? ただの素人の、それもなんの裏づけもない感覚なんて……」


「今になってごちゃごちゃ言わない、ほらほら早く。時間は限られているんだ、何ごとも迅速にね」


 時間が限られてるのは、自分が全然起きてこないのと、マーリンが起きそうになるたびに寝かしつけたからだろうが。と、つっこんでいいものか否か。

 しかしながら、そこを人質に取られると弱い。こっちは勝手にお邪魔してる身で、その対価として手伝いを買って出たのだから。やれと言われたらやらなくちゃ。


「えっと……これとこれは、なんか黒が濃くて……こっちのは……」


 しかしながら、始めてみればなおのこと不安は募るばかり。

 大きさや形、色、それに重さなんかで、それなりに分別出来るだろうかと思っていたのだが、それがいざ目の前にしてみると難しい。

 至極単純なのだが、そもそも違いなんてものはわずかで、そのわずかな違いがほとんどの点に当てはまるのだ。

 これは色が黒いとひとくくりにしても、それ以外の特徴はまったく違うとなれば、果たしてそれらは同じ分類にしてよいものかと悩んでしまう。


「悩んでるところ申し訳ないけど、ざっくりとした感覚でいいんだよ。きっちり仕分けしろなんて言っているんじゃない。私ではやらないわけかたをしてくれればいいんだ」


「そ、そうは言われても……」


 ざっくりでいいとは言われても、俺の視点が必要なんて前置きされてしまったら、いい加減じゃダメかなと思ってしまうのが人の心ってものだろう。

 もしかして、俺って結構細かい性質たちなのかな。わりとおおらかなほうだと思ってたけど、神経質なんだろうか。


「やれやれ、生真面目くんも考えものだね。さてと、じゃあこっちも始めるとしようか」


 これはこれで、こっちはあれで……と、頭を抱えながらも出来るだけスピーディに選別しているところへ、気になる言葉が飛び込んできた。

 こっちも始める……と、そう言ったビビアンさんの視線の先には、お話しするの? って顔で、うれしそうに待ち構えているマーリンの姿がある。

 はて、ふたりは何をするのだろう。


「マーリンちゃん。君も魔術師だと言うのなら、その術を私に見せて欲しい。私も君に術を見せるから、互いの手の内をさらして、高め合おうじゃないか」


 ビビアンさんはそう言うと、にこにこ笑うマーリンの頭を撫でた。

 マーリンはそれがうれしくて、言われた言葉の意味なんて二の次になっちゃって……楽しそうにビビアンさんに抱き着いて、今朝までされてたみたいに頬を寄せた。


「おやおや、甘えん坊さんだ。かわいいねぇ。じゃあ、このままでいいから力を見せておくれ。私は君の魔術にも興味があるんだよ」


「えへへ。うん、いいよ」


 デレっと笑うビビアンさんに従って、マーリンは彼女の腕の中でもぞもぞと姿勢を変えた。

 そして、膝の上に収まる格好で、空に向かって言霊を唱える。いつもみたいに、それなりに加減をして。


「――燃え盛る紫陽花(バルナ・ハイディジア)――」


 マーリンの魔術は天高くまで火柱を突き立てて、そして空も地面も区別なく焼くと、焦げ跡だけを残して消え失せる。


 その術は、マーリンにとって日常的なものだ。

 食料の確保にも、その調理にも、ほかのあらゆる火を必要とする作業にも用いられる、おそらくはもっとも使い込まれた魔術だろう。


 その威力が桁外れなのは――並の魔術師と比べてあまりに規格外なことは、今までの数多くのリアクションを見れば明らかだ。

 だから、ビビアンさんにとってもこれは予想外のハズで……


「ふむふむ。なるほど、とんでもない出力だ。属性のバランスなんてものはあったものじゃないが、使途が明確明瞭で、着火し、燃焼させ、保持し、支配下に置くという、単純ながら過不足ない命令式がくみ上げられているね」


 予想外のハズ……なんだけど。今回のリアクションは、今までに見た誰のものとも違って、なんだか……


「……やはり、なんとなくの予想通りだね」


「予想通り……マーリンの魔術を見て、それが予想の範囲内だった……なんてことが……」


 こらそこ、さぼるんじゃない。と、お叱りを受ければ、止まっていた手をまた動かさざるを得ない。


 でも、気になってしまうものは仕方がない。手を動かしつつも、耳と意識をそちらへと向け続け、そのあとの会話を待った。


「マーリンちゃん。君にはとてつもない資質がある。それは、桁外れの魔力量と、それを振り回す力……破綻なく式を組み上げ、淀みなく実行する、瞬間的な思考能力のふたつだ」


「しゅんかん……? えっと……えへへ。僕は、魔術師……だから」


 ビビアンさんの説明を聞いても、マーリンはいまいちピンと来てなさそうだ。

 でも、聞き耳を立てていた俺にはちょっとだけ理解出来る。したつもりになってるだけ……かもしれないけど。


 マーリンのすごいところは、そもそもの出力にある……と思ってる。

 その気になれば山ひとつ燃やし尽くしてしまえそうなくらいの大火力を、言霊ひとつで実現してしまうんだから。それが特別でないわけがない。

 そして、それを制御する能力も規格外なハズだ。

 山を燃やし尽くせる火力を有しながら、それが燃え広がることを阻止するのも、瞬間的に消火するのも自由自在。彼女にとっては、コンロのつまみをひねるようなことなのかも。


 ビビアンさんの言っていた、桁外れの魔力量と、式を実行する瞬間的な思考能力ってのは、きっとそれらに当てはまるものだ。

 誰が見ても特別なそれらは、やっぱり腕利きの錬金術師からも特別に映るんだ。


「……じゃあ、どうして……」


 特別なことが見てわかるなら、どうしてそれが予想の範囲内なんだろう。


 もしかして……と、ひとつ浮かんだ可能性は、魔術の痕跡を見て、目星をつけていたからという説。

 マーリンがビビアンさんの腕前をすごいものだと予想したのと同じことをした……とすれば、不思議なことではないだろう。

 ビビアンさんはマーリンよりも知識のある錬金術師だ。それくらいは出来て当たり前なのかもしれない。


 でも……今までに出会った魔術師が、それを出来なかったなんてことはあり得ないわけだから。

 それでも反応に違いがある……のには、それ以外の根拠があって……?


「……うん。やっぱり、私の決断は間違っていなかったみたいだ」


「ビビアン? どうしたの?」


 決断……? 気になる言葉が続くと、どうにも手が止まる。でも、さぼってばかりではまた怒られるし、申し訳も立たない。

 めっちゃ気になるけど、これはマーリン本人が聞いて、自分のこととして向き合うから。俺は俺がするべきことをちゃんと……


「マーリンちゃん。残念ながら、君は魔術師ではないよ。いや……より正確には、魔術師と呼べる程度に達していない。君はまだ、魔術を使えるだけの子供に過ぎないんだ」


「……え……?」


 ビビアンさんのその言葉に、俺もマーリンもまったく同じ反応をしてしまった。

 少し離れたがれきの山から、すぐそばの膝の上から、同じように彼女のほうを振り返って、言葉にならない言葉をこぼす。


「ショックかい? でも、これは受け入れないといけない現実だ。マーリンちゃん。君は、魔術師としてもっとも大切な才能を欠いている。まだ君は、その道に一歩を踏み出してもいないんだよ」


 もう一度告げられたその言葉には、俺もマーリンもリアクションすら出来なかった。言葉の意味を理解するので精いっぱいで、それが全然進まないから。


 そんな俺達を見て、ビビアンさんは優しく笑った。

 やっぱり、私の決断は間違っていなかった。と、もう一度その言葉を繰り返して。


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