第九十四話【もうひとつの目】
俺達が朝ご飯を食べ終わるころになって、まだ半分寝たままのマーリンを抱きかかえたビビアンさんが起きてきた。
本当に申し訳ないんだけど、その姿はとても愛らしくて、やたらとしっくりきて、歳の近い姉妹にしか見えなかった。
「朝が苦手と聞いていましたが、先生よりも寝起きが悪いとは思いませんでした。昼間は元気なのに、不思議なものですね」
「昼間に元気いっぱいだから、反動で眠たくなっちゃうんじゃないかな? そんなとこもかわいいねぇ」
本当の本当に申し訳ないんだけど、完全に保母さんである。姉妹ですらない、もはや。
ビビアンさんに抱っこされたマーリンは、まだ目も開かずに相槌だけを繰り返している。
ビビアン。ビビアン。と、何か言われるたびに、うれしそうな声で。
「……本当にすみません。普段はもうちょっと……ほんの少しくらいはしっかりしてるんですけど」
「あはは、君は妹に強く出られないタイプのお兄さんだね。でも、その気持ちもよくわかる。こんな寝顔で袖を引っ張られたら、どうしたって起こせないよ」
ビビアンさんはそう言うと、今にも夢の中へ引き返してしまいそうなマーリンに頬を寄せる。うーん……保母さんってより、孫娘を溺愛する祖父母って感じも……
「でへへ、かんわいいねぇ……っとと。そうそう、君に言おうと思ってたことがあるんだ。聞かないって選択肢はないから、ちょっとだけ耳を貸して欲しい」
「……言われなくてもそのつもりですけど、なんか……そういう言いかたされると、生殺与奪の権を握られてる感じがして……」
そりゃあ、勝手に押しかけた迷惑な客なわけだから、頼まれれば犯罪以外はなんでもするつもりだけどさ。
でも、それを直接言われると……複雑な気分。最初からそのつもりだけど、そうじゃないと言うか……
「あはは、ごめんごめん。でも、こうやって前フリ入れたほうが楽になると思ってね。義務感とか責任感とか、そんなものに縛られてたら、何ごとも楽しめなくなるから」
「……じゃあ、義務感を意識させないほうがよかったんじゃないでしょうか……?」
君はそういうタイプじゃなさそうだからさ。と、ビビアンさんはにやりと笑って、皿洗いを終えた俺に、もう一度席に着けと目で指示した。
なんとなくだけど、この人にはやっぱり逆らいにくい。奔放としてるようで、見るとこは見られてる気分だ。
「次に馬車が来るまでの間、君達ふたりは当然ここで生活するわけだ。でも、残念ながらうちにも余裕はない。ただご飯を食べるだけのかわいい少年少女じゃ、とても置いてあげられないわけだけど」
それはわかってるよ。って、言っても言わなくても話は変わんないんだろう。
まじめな声色で、けれど飄々としたしぐさで、ビビアンさんはマーリンの背中を撫でながら話をする。
「君達には、ちょっとした手伝いをして貰おうと思うんだ。なに、簡単な作業だよ。特に、魔術と縁のないデンスケにとってはね」
「……魔術と縁がない……から、簡単……ですか」
俺の相槌に、ビビアンさんはこくんとうなずいた。それを見てなのか、助手さんも何かに納得したような表情を見せる。
「そう、魔術師ではないからこそ、だ。君にはこれから、昨日掘った鉱石を、種類に関係なく分別して貰いたい」
「……分別なのに、種類に関係ないんですか……?」
それはもう分別ではないのでは。と、そこまで文句を言う前に、ビビアンさんのしたり顔に遮られてしまった。この人、やたらと話をもったいつけたがるな。
「そう、分別だ。昨日の様子を見るに、君には魔術の知識も、そして地質や鉱石についての知識も備わっていないと見た。そんな君から見て、あの石ころの山を分別して欲しい」
ビビアンさんの話を聞いて、俺は何が何やらさっぱりわからなかった。
分別……ってことは、やっぱり何かしらの規則に沿って分けるってことだ。でも、俺にはその知識がない。ないからこそ、それをやれ……と。
納得は……正直、難しい。そりゃ、やれって言われたらやるけど、でも……
「……それで本当にいいんですか? だって、あの鉱石は薬を作るのに使う……使う……あれをどうやったら薬に出来るのか知らないですけど、人の命に係わる研究の手伝いなんですよね?」
それを知ったうえでいい加減なことをするなんて、とてもじゃないけど出来ない。能力がないからじゃなくて、そんなの許されないと思うから。
でも、どうやら俺の反応は想定内らしくて、ビビアンさんはやっぱりしたり顔で俺の言葉を遮った。この人……本当に……
「何度も言うよ。だからこそ、だ。だからこそ、君のその目が役に立つ……かもしれない」
「…………かもしれない、ですか」
これだけ引っ張っておいて、不確定要素を多分に孕んだ言いかたをするんじゃない。
って、怒ったらさすがにダメかな。ダメじゃない気がする。いや、怒らないと、叱らないといけないところなのでは……
「私達ではダメなんだよ、その役割だけはね。私はもう、あのゴミの山の中から有用なものだけを取り出す目を持ってしまっている」
「……? えっと、それはいいことなんじゃないですか? 役に立たないものを取り除いて、人を助ける道具になるものを選び出して……」
あれが何に使われるかは知らないけど、いるものといらないものを見分けられるなら、そのほうがずっといい……のでは?
俺のそんな疑問を否定するように、ビビアンさんは首を横に振る。
「それではダメだ、新しい発見が生まれ得ない。私が欲しいのは、錬金術師でも地学者でもない視点から見た、あの石ころ達の類似性……つまり、新しい視点での再現性が欲しいのさ」
ビビアンさんはそう言うと、ちょっとだけ起きそうになったマーリンの頭を撫でて、もう一度夢の世界へと送り返す。送り返さないで、起こして。
でも、そんな優しい手つきとは裏腹に、その目は野心に燃えているように見えた。
「そうだね……素人目に見て浮かぶ類似性って、いったいどんなものだろう。それはたとえば、大きさや形、色なんかがあてはまるのかな?」
「えっと……そう、ですね。昨日見てた感じだと……」
この石はとがってて嫌だなぁとか、この石はなんとなく投げやすそうだなぁとか。これはきれいだけど、こっちは本当に道端の石ころだなぁ……とか。
思うところはたしかにあった。見た目の話をするだけなら、たしかに類似性を見つけられなくもないだろうけど……でも……
「案外バカに出来ない差なんだよ、それもね。たとえ同じ種の鉱石だとしても、混じり物次第では色も形も変わることがある。それが宝石になるか、石ころになるかは、さまざまな条件に起因するんだ」
ぽん。と、またマーリンの頭を撫でて、ビビアンさんは視線を俺から彼女へ、そしてまた俺へと移す。
その目は、慈愛でも野心でもない、強い興味を映していた。
「君が見た類似性に沿って実験をして、あるかもわからない新発見を求める。錬金術師以外の目があるこの瞬間に、この実験は絶対にやっておきたいのさ。どうだろう、手伝ってくれるかな」
あるかもわからない新発見……か。
その言葉には、責任感や義務感なんてものはいっさいないのだろう。
そこに含まれているのは、ほんのわずかな期待と、それ以外を徹底的に埋め尽くすほどの知的好奇心だけだ。
「……俺に出来ることなら、喜んで引き受けます。でも……それって、街に卸す薬が減っちゃう……なんてことにはならないんですよね? それならって条件つきですけど」
「あはは、君は本当に義理堅くてまじめな子だなぁ。そこについては心配しなくていいよ。見ての通り、錬金術の腕前と顔はこの国で一番だからさ」
顔……まあ、たしかに美人だけどさ。美人だけど、それを大っぴらに自分で言っちゃうところが、なんか……
ビビアンさんは自信満々にそう言って、それでもう俺には目を向けなくなってしまった。
今の興味は、このあと変な仕分けをする素人よりも、おいしい朝ごはんとかわいいマーリンにしか向いてない……ってことか。
国で一番と自負した自信家の錬金術師は、のんびり朝食を済ませてからも、まだしばらくマーリンを愛で続けていた。
それで本当に薬は減らないんだろうな。街の人が困るのだけは嫌だぞ。そんな規模で迷惑かけたくないんだから。




