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第九十三話【そばに立つもの同士】


 目的だったビビアンさんとの出会いを果たし、友達になることも叶った。

 じゃあそれで万々歳、大団円、これにて完結……とはならない。だって、これは物語のエンディングじゃない。ただの日常の、ちょっとうれしい一日でしかないんだから。


 そんなわけで、ビビアンさんの工房でひと晩過ごさせて貰ったその翌日のこと。


「おはようございます。部屋を貸していただいて、ありがとうございました」


「おはようございます、デンスケさん。よく眠れた様子ですね。よかったです」


 お邪魔させて貰ってる身だし、何か手伝いが出来ないものかと朝早くに起きた俺を出えたのは、助手さんと……なんだかすごくいい匂いだった。


「昨晩はご一緒出来ませんでしたが、今朝はおふたりもどうですか? 先生もマーリンさんのことをずいぶん気に入った様子でしたから、喜ぶと思います」


 昨晩とは、昨日の晩御飯の話。

 いきなりお邪魔して、寝るところを貸して貰って、そのうえご飯までいただくのは……と、手持ちの食糧で済ませたことを言っているのだ。


 これについては、気を使い過ぎているとも思わない。だって、この工房には定期的に馬車で運ばれるぶんの食材しかない。

 つまり、俺達が食べたぶんだけふたりの食事が減りかねないのだ。

 それを避けるためには、それなりの距離を歩いて街まで買い物に行かなければならない。それはいくらなんでも……と、思っていたんだけど。


「そう言っていただけるなら、ぜひご一緒させてください」


 ひと晩経って考えを改めれば、勝手に来たとは言え、客が保存食で食事を済ませている光景は、招いてないとは言え、ホスト側とすれば心苦しくもあるのだろう。

 それに、買い物に行かなければならなくなるなら、それこそその手伝いを俺達がすればいいわけだし。


「……ところで、ビビアンさんは早起きしない人なんでしょうか。その…………マーリンは朝がとっても苦手で……」


 さて。そうと決まれば、朝食を準備する手伝いをしなくちゃ。と、そう思ったところで、ひとつの問題を思い出す。


 寝泊まりする部屋を貸して貰った……のだけれど、そこで過ごしたのは俺ひとりだけ。

 昨日の晩、マーリンはビビアンさんと同じ部屋で過ごしたんだ。ビビアンさんがそう提案して、マーリンが賛同する形で。


 それで……問題なのは、今。朝の寝起きの話。

 マーリンは本当に……だらしないって、そう言うのもちょっとだけ酷かもしれないけど。

 昔は早くに起きる必要がなかったから、早起きするのはまだまだ苦手なんだ。しっかり日が昇ってからじゃないと目が覚めない。


 そんなだから、ビビアンさんの迷惑にならないかな……って、心配してるんだけど。


「そうでしたか、マーリンさんも。それはそれは、ふふ」


「……マーリン……も、ってことは……」


 案外、似た者同士で引かれたのかもしれませんね。と、助手さんはそう言って笑った。


「では、ふたりのぶんは少しあとに取り分けますか。私達だけ先にいただいてしまいましょう」


「そうですね。冷めちゃってももったいないですし」


 笑ったときには歳相応に少年らしさが出てたけど、やっぱり助手さんはどことなく大人びて感じる。ビビアンさんやマーリンに比べて……って話じゃなくて、絶対的な評価で。

 落ち着いてるし、しっかりしてるし、何より助手としてビビアンさんを支えることに誇りを持っている感じだ。


「では、いただきます。デンスケさんもどうぞ」


「ありがとうございます。じゃあ、いただきまーす」


 少し硬いパンに、ベーコンを乗せた卵焼きは両面がしっかりと焼かれていて、甘酸っぱい香りのフルーツのソースが少しだけ添えられている。

 うーん……魔術師の助手としてだけじゃなくて、ビビアンさんの生活を支える、それこそ執事とか使用人って雰囲気もあるな。


「もぐもぐ……ごくん。これ、めちゃくちゃおいしいです。料理上手なんですね」


「ありがとうございます、光栄です。誇るほどのものではないですが、料理と錬金術は近しい分野ですから、人並みにはこなせると思っています」


 料理と錬金術が近しい……とな。

 ちょっとだけ気になるその言葉に、俺は一歩だけ踏み込んでみた。まあ、ほかに話題らしい話題がないのもあるけど。


「魔術や錬金術というものは、最終的にはどれだけ再現性を持たせられるかに尽きますから。そのために式を組み上げ、条件を整え、何度も試行錯誤を繰り貸すわけです」


「……なるほど。レシピを作って、食材を準備して、毎日毎食作っては食べてるわけだから……」


 そのものが似ている……ってよりは、取り組む姿勢が近いと言いたいのかな。それならば、なるほど納得だ。


「そうなると……ビビアンさんも料理は得意なんでしょうか。先生とまで呼ばれる人なわけだから」


 マーリンは……まあ、レシピがほとんどないから。料理らしい料理は出来ないんだけど。

 それでも、肉の丸焼きの火加減は完ぺきなんだ。繰り返しの成果はたしかに出ていると言えるか。


「……先生は……どうでしょう。作っているところを見たことがありませんから、私からはなんとも」


「てことは、ここの食事はいつも貴方が?」


 やっぱり、身の回りのことを世話する執事じゃないか。

 そう離れてないだろうけど、歳上のお姉さんのお世話をする少年って……なんか漫画の世界みたいだ。ラブコメ系の。


「それが私の仕事で、私のしたいことですから。それで先生が研究に打ち込めるのなら、食事も洗濯も掃除も、それ以外のあらゆる煩雑な業務も、まとめて引き受けますよ」


 こ、これが甲斐性か。懐の深さ広さを見せつけられた気がする……っ。


 しかしながら、この人だって魔術師だろう。それも、かなりの腕前のハズ。

 マーリンが見た魔術の痕跡は、ビビアンさんのものだけじゃない。この人のものであろう痕跡も見ていて、その腕前を同じくらいだと評価していた。

 だとしたら、助手にとどまるような器じゃない……って、そう思ってしまいそうにもなる。


「それだけ魅せられた……ってことですね。ビビアンさんに」


 それでも、彼は助手としてここにいる。その席に甘んじているわけじゃない。きっと、強い意志でここを選んだんだ。

 その理由は、簡単に想像出来る。坑道の奥から鉱石岩石を掘り起こした、魔術師としてのビビアンさんの力量。その腕前に惹きつけられたんだ。


「そう……ですね。先生の腕にも、人柄にも、惚れこんでしまいました。ああ、いや……こほん。私はなんの話をしているのでしょうね」


 ほう。ほほう。そうかそうか、人柄にも……ははーん。って、そんなのも今更だよね。


 ただ能力があるだけでも慕う理由にはなるけど、こうまでして尽くす理由には……理由に……まあ、なるけど。なるけども。

 歳が近くて、美人で、それでいて明朗快活で。ずっと一緒にいたら、そりゃあ好きになる。逆に、好きじゃなかったら離れたくなるタイプだとも思う。疲れそうで。


「……いいですね、なんか。仕事でもプライベートでも支えるってやつですか」


「ええと……そう……なれていたならうれしいですが。ごほん。もうその話はいいじゃありませんか」


 そうかそうか、突っつかれるとまだ恥ずかしいか。ふふ、愛い奴め。

 なんだろう。後輩の色恋に首突っ込んでる気分。

 昨日会ったばっかりだし、一宿一飯の恩があるのはこっちだし、むしろこの人のほうがずっとしっかりしてるけど。歳が下で敬語だからの一点だけで、後輩っぽさを感じてる。


「……俺は俺が情けなくなってきたよ……」


「っ⁈ ど、どうされたんですか……?」


 なんだろう。すごく……すっごく、人として、男として、完全に負けた気分。なんでなんだろう。


 そんな暗い気分も、おいしいご飯を食べたら吹き飛んで……吹き……これを作ったのもこいつなんだよな。

 なんだろう、本当に全部負けてる。なんなんだこいつ。モテ男の権化か。権化なのか。


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