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第五十九話【痛みを知るから】


 もう一度おじいさんと話をする。そして、友達になりたい。これが、マーリンの願望。


 そんな望みを叶えるべく、俺達はまた丘の上の建物を訪れていた。


「……ふう。マーリン、いい? もしまた何か……物を投げられたり、殴りかかられたり、何かしらの攻撃があったら、早めに逃げるんだよ?」


 友達になりたいって話をしてるのに、なんでこんな注意と警戒をしなくちゃいけないんだ。って、ちょっとだけ頭も痛くなる。


 マーリンが興味を向けなかったら、あの一回きりでもう二度とかかわらなかったのかな。

 かかわろうと思わなかったら、その人の過去を少しも聞くことはなかったのかな。

 そしたら、ただちょっと変な人がいたねって思い出が出来て、何ごともなくこのキリエを出発してたのかな、って。


 考えたら考えただけ、現状が奇妙なものに思える。どうして俺達は、あんなに攻撃的で偏屈なじいさんと仲良くなろうとしてるんだろう。


 まあ、でも……なると決めたからには、だよね。


「……すう。こんにちは。おじいさん、また来た、よ。お話がしたいんだ」


 合図なんて送る必要もなく、マーリンはそのドアを叩いた。自分の意図をきちんと伝えて、おじいさんの誤解を解くべく。


「……返事、ないね。マーリン、一応周りを警戒しておいて。あれだけ警戒されてたし、何かしらの準備があっても変じゃない」


 罠とまでは言わないけど、おじいさんが魔術師である以上、マーリンやオールドン先生がやってたようなことは出来ると考えるべきだ。それをしてくるかどうかは別として。


 でも、マーリンは俺の警告に首を横に振った。その必要はない……そんなものは何もなさそうだから、怯えなくても大丈夫……ってことかな?


 たしかに、マーリンには……魔術師には、魔術の痕跡が見える。なら、魔術による罠はないのがわかってる……ってことか。


「こんにちは。おじいさん、お話しようよ。いろんなこと、教えて欲しいんだ」


 一向に返事がないから、マーリンはしびれを切らしてまた声をかけた。トントンと優しくドアを叩いて、早く顔を見せてと急かすみたいに。


「……もしかして、留守……かな。俺達だってご飯食べに行ったし、おじいさんも……こんなとこに住んでるなら、買い物には絶対行かないとだし」


 やっぱり返事がないから、もしかして不在なんじゃないか……って、そんなことも思った。

 でも、マーリンはその場を動かない。いるって確信がある……のか、そもそもいない可能性が頭にないのか。


 それからまたしばらく間を空けて、もう一回。そのさらにあとに、また一回。何度も、何度も、何度でも、マーリンは開かないドアに声をかけ続けた。けれど……


「……お話、しようよ」


 もう何回ドアを叩いたかもわからないくらい続けても、おじいさんからの返事はなかった。


「……マーリン。そろそろ帰ろう。出発前にまた来ればいい。今日は出かけてただけかもしれないしさ」


 まだ馬車がどこからいつ出るのかも調べてないから、もう一度立ち寄る機会はあるだろう。よほどのことがない限りは。


 だけど、それを伝えてもマーリンは動こうとしない。もう一回があることを理解してない……ことはないと思う。

 でも、ここを離れたらもう二度と会えないって、そんな確信があるみたいに。


 俺は……正直、もう無理なのかなって思う。本当に留守だとしたら、それならまだ可能性はあるけど。


 でも、いないから出ないんじゃなくて、出たくないから出ないんだとしたら……それだけ拒絶されてしまっているのなら。

 マーリンがどれだけ言葉を重ねても、おじいさんが心を許してくれるとは思えない。


 だから、もう行こう……って、手を引っ張って連れ帰るべき……なのかな。だけど、マーリンの意思を……願いを尊重したいとも思ってて……


「……おじいさん……」


 どうしてもあのおじいさんと友達になりたい。

 それはきっと、誰でもいいから友達になって欲しいって願ってたころに比べて、ずっとずっと欲張った願いだと思う。

 やっと、そんな些細な願いに手を伸ばすようになったところなんだ。


 それを無碍にしていいのかな。

 そんなことして、もうそれ以上を望まなくなったりしないかな。

 なんて、そんなことを考えたら……無理矢理連れ帰るなんて……


「……なんの用じゃ。クリフィアから来たのでないなら、こんな老いぼれになんの用事がある」


「――っ! おじいさん!」


 連れ帰ることも、一緒になって声をかけることも出来ないで、それからもマーリンがひとりでドアを叩き続けて……また、しばらくの時間が経過したころ。

 まだ閉じたままのドアの向こうから、おじいさんの声が返ってきた。まだ、警戒したままの声が。


「おじいさん、お話しようよ。僕は、マーリンだよ。魔術師なんだ。おじいさんの名前を……」


 ばん! と、大きな音がマーリンの言葉を遮ったのは、向こうからドアを思い切り叩いたから……なのかな。

 それは……怒り……だろうか。苛立ちからくる怒り……なのだろうか。


 おじいさんの感情はわからない。顔も見えないし、そもそもろくに話もしたことないんだから。でも……


 マーリンの感情はわかった。顔も見えないけど、四六時中ずっと一緒だから。

 背中を見てるだけでも……ううん。それさえ見なくたって、手に取るようにわかる。


「……おじいさん。僕と、お話しよう。マーリン、だよ。僕は、魔術師のマーリン」


 ずっとずっと――ひとりでドアを叩いてたときよりもずーっと、明るい声色だった。


 低くくぐもった返事も、思い切りドアを叩かれた音も、彼女をひるませるものにはならない。


 だってそれは、会話の意思を示すものだから。

 ずっとずっと無視されて、一方的に蔑まれるばかりだった彼女にとってみたら、それでもうれしくて仕方のないものなんだ。


「おじいさん。おじいさん。マーリンだよ。僕は、マーリン。魔術師なんだよ。おじいさんと一緒……えへへ。だから、お話したいんだ」


 もしかして……って、思ったのは、ここから逃げようとしたときのマーリンの反応と、逃げ切ったと思ったときの言葉を思い出したからだった。


 まだお話してないよ。って、そう言いたげに足を止めそうになった。

 ナイフを投げられて、明確に敵意を向けられても、彼女はそこに残りたがっていた。


 怖がってた。でも、自分にじゃなかった。って、そう言った。

 俺はそれを、過去の経験と比べて、まだマシな反応だ……って、そう言ってるんだと思った。思ってた。でも……


「……おじいさん。僕も、魔術師だよ。一緒に、お話しよう」


 あのおじいさんは、マーリンでも俺でもない、ほかの何かに怯えて生きていたんじゃないだろうか。

 ずっとずっと怯えて、怖がって、それでも諦められなくて頑張ってたマーリンには、それがわかったんじゃないか、って。


 マーリンがここまでおじいさんに固執するのは、その姿が昔の自分と重なるからなんだ。俺を召喚する前の、本当にひとりぼっちだったころの自分と……


「……なんの用事じゃ。わしはお前のような子供と話をするほど暇ではないんじゃ」


「……えへへ。でも、お話してくれる? 僕はおじいさんと、友達になりたいんだ」


 ぎぃ。って、ドアが開いて、何も持ってない――攻撃の意思のないおじいさんが、やっと顔を出した。


 それを見たマーリンは、きっと……ううん。絶対、いつもの緩い笑顔を浮かべて話しかけてるんだろう。

 友達になってくれませんか、って。俺にそう言ったときと同じように。


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