第六十話【お話しようよ】
気難しいおじいさんだと思った。実際、性格にかなり難があるのは間違いない。
銅像を頭の上から倒されたり、ナイフを投げつけられたりしてるから、俺にはそれを言う権利があると思う。あるよ。ある。絶対。
でも同時に、だからこそ人情味はあるんじゃないかな……って、そう思えた。人に関心がなかったら、わざわざ毛嫌いもしないから。
だから、この結果は自然なものだ。当たり前で、不思議じゃないもの。
「……ふん。まあ座っとくれ。茶なんぞは出さんがの」
「ありがとう。えへへ」
おじいさんの住む丘の上の家に押しかけて、追い払われて。
それでもめげずにまた戸を叩き続けて、俺達は……マーリンは、ついに家に招かれて、敵意を収めて貰うことが出来た。
この対応は、きっと不自然なものじゃない。
レストランの店主から聞いた話……魔術師として、街のみんなにもてはやされてたころのおじいさんの様子からすれば、そう不思議なものじゃないんだ。
おじいさんは人とかかわるのを嫌がったわけじゃなかった。ただ、魔術師として求められることが嫌だった。
店主は主観として、そんな話を聞かせてくれたんだ。
おじいさんの過去は知らない。それに、その話がまるっきり正しいものかもわからない。でも、腑に落ちるものではあった。
だから、おじいさんがマーリンを受け入れてくれたこと自体は、そう不思議なことじゃない。
ただ、とてもとても大変なことではあった……のだろう。
「それで、わしになんの用じゃ。話がしたい話がしたいと、そればかり繰り返しおって。しつけられたオウムでもあるまい」
「えっと……僕は、魔術師だよ。魔術師の、マーリン。オウムじゃないよ?」
「そんなことはわかっとるわい。嫌味のひとつくらい理解せんか」
そう。とても、大変な障害があったんだ。けれどマーリンは、そんなものは苦にしなかった。
一心不乱に登って、登り詰めて、おじいさんの心に触れた。その結果が……このどうにもすれ違った会話……なのだから、ちょっと困ったものだけど。
「あー、ごほん。マーリン。オウムってのは、例えの話なんだよ。ほら、オウムは人の言葉を真似して…………あ、いや。そもそもオウムを知らないとか、そういう話?」
それじゃあ例え話にもピンと来ないよね、しょうがない。
って、必要か不要かもわからなければ、なってるかなってないかもわからないフォローをして……おじいさんに舌打ちをされてしまった。
ごめんなさい……話の腰を折ってしまって……
「なんぞ熱心にドアを叩くと思えば、ただ分別のつかない子供だったとはの。まったく」
「す、すみません……でも、マーリンは本心からおじいさんと話がしたくて……友達になりたくて、諦めなかったんです。それは本当ですから」
さてと。しかしながら、ようやく念願は叶ったのだ。
すれ違っていても、どうにも悪態をつかれたままでも、マーリンはそんなのお構いなしって顔をしてる。まあ、いつもの笑顔なんだけど。
にこにこ笑って、どこにも邪気なんてない、あまりにも無垢な存在を前には、おじいさんもあまり強く出られないらしい。
俺が口を挟めば毒舌も飛び出すけど、マーリンがぽやぽやしてる間は……どうしたもんかって顔で困り果ててる。嫌味も暴言も全く効果ないからね……
「えっと、えっと……おじいさんは、魔術師なんだよね? それに、オールドン先生より、ずっとすごい」
「……誰じゃ、そのオールドンというのは。知らん人間の名前で褒められても、これっぽっちもうれしくないわい」
それはおじいさんの言う通り。でも、マーリンにはまだそんなに広い世界がないから。
俺とフリードが友達だったせいで、自分の友達は当然みんな相互に友達なんだろうって思ってる説がある。
で……それを否定されてしまったから、マーリンは面食らった顔で、オールドン先生だよ。と、何度かそれを繰り返す。おじいさんに知らないと言われるたびに。
「……ごほん。マーリン、あのね……」
「小僧、黙っておれ。わしはそこの娘に頼まれて話をしようとしておるだけじゃ。それ以外のことにはつき合うつもりもないぞ」
先生とおじいさんとは知り合いじゃなくて……なんてことを説明しようとすると、それにはおじいさんから待ったがかかった。
その事実を知らないせいで困ってるハズの、おじいさん本人から。
最初は理解出来なかった。なんで、助け舟出そうとしてるだけなのに。って、なんだったらちょっとムカついてしまった。でも……
すぐに納得したから、おじいさんに嫌な感情を抱いたことを反省する。おじいさんは、俺じゃ出来ない役割を担ってくれようとしてるんだ。
「……そっか。おじいさんは、オールドン先生を知らないんだ」
しばらくしてからマーリンが発した言葉は、諦めか納得か、判断の難しいものだった。
でも、それはどっちでも構わないんだとすぐに悟った。
おじいさんが感心そうにうなずいてるから。それを見て、ちょっとだけ悩んで、それからすぐに答えに辿り着いた。
「えっとね、オールドン先生はね、ボルツっていう、少し前までいた街で――」
諦めたにせよ、納得したにせよ、そうなるのは自然なことだった。
マーリンはおじいさんに、おじいさんが知らないオールドンという人物の話をし始めた。
それが、マーリンがおじいさんとした初めての会話だって気づくのが遅れたのは、俺がマーリンと一緒に暮らし過ぎたから……なのかな。
俺はマーリンから、マーリン自身の話を聞くばかりだった。それは単に、彼女にはそれ以外のものがなかったからだ。
彼女にはまともな過去がない。
誰にも受け入れて貰えず、楽しい思い出もいつもひとりで、紹介したくなるような友人知人のひとりも存在しない。
かつて忌み嫌われる名で呼ばれた彼女には、話をすると言っても、自分の口から語るものなどほとんどなかったんだ。
「――デンスケとね、一緒に土を掘ったんだ。先生が見せてくれた魔術を使って」
「……そうかい、そうかい」
そして今、彼女の口から語られるものは…………全部、俺と一緒にいたときの思い出話だ。
その話は、俺には聞かせられない。一緒に振り替えることは出来ても、こんなことがあった、こんな人と出会ったと、紹介することは決して出来ない。
おじいさんはそのことを――マーリンの事情を察して、話をする経験をさせてあげようとしてくれてるんだ。
「それでね、それで……あっ。えっと、デンスケは、僕の最初の友達なんだ。ずっとひとりぼっちだったから、さみしかったから、だから……だから、僕がここへ召喚したんだ」
「……そうかいそうかい……そう……ん?」
俺には決して出来ない役回りを、代わりにしてくれて…………で…………
あっ。しまった。って、気づいたときにはもう手遅れだった。
マーリンは嬉しそうに話をしてて、おじいさんは……真っ青な顔で、嬉しそうなマーリンを見て……る、ところから……ゆっくりと視線をこっちへ……向け…………
「だからね、僕はデンスケが大好きなんだ。えへへ」
「……そ……そう……かい……」
おじいさんの顔には、疑心がなかった。困り果てたことに、疑ってる様子が一切なかったんだ。
召喚したんだ。別の世界からやってきたんだ。友達が欲しかったから、自分で呼び出したんだ。
その説明は、到底受け入れて貰えるものじゃないと思ってた。
誰が聞いても、マーリンの言葉のたどたどしさも含めて、子供の妄言だと聞き流されるもの……だって、そう思ってた。でも……
おじいさんは魔術師だ。そして、マーリンはおじいさんを、オールドン先生よりも優れた魔術師だと評した。
異世界から俺を召喚した魔術は、人間が開発したものだ……って、マーリンは言ってた。マーリンが、それを知っていた。人とかかわることのなかったマーリンでさえ……
「……待て……待て、待て……少し待て、娘。よもや……よもや、あんな術を、たったひとりで……っ!」
魔術師とは、相互理解がなせるから、友達になれるかもしれない。
魔術師には、マーリンのすごさがすぐに伝わってしまうから、畏怖されてしまうかもしれない。
どっちも考えた。そして、どっちも正しいと思ってた。でも……その重大さを、ちゃんと理解出来てなかった。
「……小僧、顔をよく見せろ。よもや……よもや、こんなことが……」
おじいさんの顔は、いつから日に当たっていないのかと心配になるくらい真っ白だった。
おじいさんの目は、動揺しきって焦点が定まっていなかった。
おじいさんの声は、不安から震え、今にも途絶えてしまいそうだった。
おじいさんが俺に向けていたのは、鬱陶しいという嫌悪感ではなく、純粋な驚愕だ。俺も、おじいさん本人も、それだけは理解した。それ……以外のことは……




