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第三十五話【拳と剣】


 山にいたころぶりにフクロウに包まれて眠って、街でちゃんとベッドで寝てたころよりすっきりした寝起きを迎えて、俺達は予定通りに獣道を進み始めた。

 予定通りってのは、そうするしかないよね……って、そういう意味でしかないけど。


 友達が増えたって、マーリンはずいぶんうれしそうにしてる。

 街にいたころより元気に見えるのは、やっぱり対等な相手がもっと欲しかったからなのかな。


 フリードは……ちょっとだけ疲れた顔をしてる。

 フクロウに二度寝を強制されたけど、まあ……心落ち着けられる状況ではなかったよね。

 俺は事情をちょっとだけ知ってたからいいけど、何も知らなかったらそりゃあ怖いよ……


 そんなわけで、ちょっとテンション上がってるやつとちょっとテンション下がってるやつと、その事情をちょっと察してるやつとがのんびり山を進んでる。進んで……


「……むっ。デンスケ、マーリン、一度止まれ。どうやら、こちらに気付いてなお逃げようとしないものがあるらしい」


 もうここがどこなのかもわからない状況で、フリードが立ち止まってそう言った。


 こちらに気付いてなお逃げない……ってなると……もしかして。

 まず頭に浮かんだのは、熊とか猪とか、縄張り意識が強くて、かつ身体も大きい生き物。その次には……


「もしかして、魔獣……か?」


 やたらに好戦的で、狂暴さが普通の野生動物とは一線を画す生き物。この世界特有の、魔獣と呼ばれる化け物だ。


「さすがに察しがいいな。その通りだ」


 予想は残念ながら的中してしまったらしく、フリードは俺達の前に立ちはだかって、それが来るらしい方向をキッと睨んでいる。しかし……


「……ど、どこに……? フリード、そんなのどこにいるんだよ。もしかして……け、気配でわかる……的な……?」


 俺の目からはそんなものは見つからない。

 魔獣退治を繰り返していたマーリンからも、それらしいリアクションは見られない。


 なのに、フリードにはそれがわかった……のか?

 それとも、偶然聞いた足音をそれと断定しただけ……なんてことは……


「それなりに、鼻も利くのでな。危険なニオイは嗅ぎ分けられるのだ」


「に、ニオイ……? そんな、犬みたいな……」


 バウ。と、フリードは俺の言葉に合わせて鳴きまねをしてくれた。

 いや、ボケてる場合ではなくて。あと、意外とノリがいいのね。それと、意外と余裕でもあるのね。


「迂回してもいいが……しかし、残念ながら向こうもこちらを補足しているだろう。真っ直ぐ向かってくる。このまま迎え撃とう」


「げっ……そうか。となったら……」


 こっちに来てるってわかってて、なんなのその余裕。


 まあ、俺も俺で余裕はある。こっちにはマーリンがいて、マーリンはこれまでに何頭もの魔獣を倒してるって知ってるから。


 でも、フリードはそれを知らないわけだから。

 その割にはどうも平然としてて、今朝あんなにフクロウに怯えてた姿とはかけ離れてて……


「……っ! デンスケ、来るよ! 隠れててね!」


 魔獣を倒すのは自分の仕事。と、そう言いたげに、マーリンも俺の前に出た。

 いつも通りはいつも通りなんだけど……ちょっと情けない。


 でも、マーリンの強さは本物だ。

 そして何より、その強さが――魔獣を倒すことが、彼女の自信に繋がっている。


 先日まで滞在していた街でも、その強さを発揮することで居場所を手に入れたんだ。魔術師殿。って、新しい肩書と一緒に。


 だから、今度も見せつけたいんだ。新しい友達に。頼りにしてね、って。


「……すう。燃え盛る(バルナ)――」


 そして、足音が近付いてきた。

 がさがさ。ばきばき。と、枝葉を踏み分けながら迫るそれは、かなりのスピードで突進しているらしい。


 それを迎え撃たんと、マーリンが魔術を唱えようとした……そのときだった。


「――友を傷付けさせるわけにはいかん――っ!」


 俺よりもマーリンよりも前に――マーリンの魔術の射線上に、フリードが飛び出した。


「っ! フリード⁉」


 まさか、せっかく出来た友達もろともに焼くわけにはいかない。

 マーリンは魔術を急遽引っ込めて、焦った声で彼を呼んだ。

 そこを退いて、危ないから隠れてて。って、そう伝えるために。けど……


「――安心しろ、マーリン。君とデンスケは、この私が――」


 守る。そう聞こえたのは、きっと地響きと同時だった。


 魔獣の姿がついに木陰から現れて、それがもうフリードを突き飛ばさんとするその瞬間のことだ。


「――う――そぉ――っ⁈」


 声が出てしまったのは、何も俺だけではなかっただろう。

 背中しか見えないマーリンもきっと、驚きの声を漏らしたハズだ。


 ただそれが、その音にかき消されてしまっただけで。


 破裂音だった。

 耳に残っていたのは、火薬が爆ぜたような大きな音……だけだった。


 けれど、フリードの手に銃火器は握られていない。

 それどころか腰に提げた剣すらも構えていない。


 彼はその手をただ握り込んで――拳ひとつで、猪のような魔獣の眉間を一撃で突き穿ったのだ。


「大丈夫か……とは、問うまでもないと思うが、どうだろう」


 問うまでもない。とは、またなんともよく言ったものだ。

 本当の本当に、魔獣の勢いがわずかすらもこちらへ漏れてこなかった。

 反り繰り返った牙が迫ることも、蹴飛ばした小石が飛んでくることさえも。


「ふたりとも、安心して欲しい。私がいれば、これからの道のりに脅威はないのだと。私は、それなりに武術の心得があるのだ」


「そ、それなり……? それなり……なの、それで……」


 謙遜もありきの言葉だろうとは思ったが、しかしフリードの表情がそれをわずかに否定する。

 彼は自分の実力を把握しつつも、それがまだ途上のものであると思っているようだ。

 誇るでも威張るでもない、謙虚な表情がそれを物語っている。


「……フリードは、すっごく強いんだね。僕より小さいのに」


「むぐっ……背格好については、まだこれから伸びる予定なのだ。父よりの遺伝でな、成長の時期がやや遅れがちらしい」


 感嘆のため息をこぼすマーリンの言葉に、フリードは少しだけむっとした顔で答えた。

 小柄なの、意外と気にしてるんだ。そんなの気にならないくらい堂々としてるし、気にする必要ないくらいの立場だと思ってたのに。


「それにしても……と、とんでもないパーティになりましたなぁ、これは……」


 さてさて、しかし。これはまたとんでもない事実が発覚したものだ。


 いや、違うか。むしろ、これは必然だったんだ。

 再会したときのフリードがひとりきりだった時点で、ある程度は予測しておくべきだった。

 この危険な生き物のいる世界でひとり旅なんて考える時点で、それなりの強さは持ち合わせてるんだ、って。


 前衛が武闘家の王子様。後衛は魔女の力を持つ魔術師。

 それで……拙者はなんですかな。出来ることと言ったら、演技くらいなものですが。

 運動神経にはそれなりに自身もありましたが、このふたりを前にはなんの特技にもなりませんぞ。


「……ま、マーリン! 俺も! 俺もなんか……戦えるようになる魔術とか、ない……?」


 いやん! このままじゃ拙者、足手まといになっちゃいますぞ!


 縋る思いでマーリンに直訴すると、マーリンは困った顔で首を傾げて…………あっ。


 なんで戦うの……? って目だ。

 魔獣は僕が倒すから、戦わなくていいよね? って、そう言いたげな目をしてる。そうだけどそうじゃなくて!


「戦えるようになる魔術……ほう。マーリン、君は身体能力を向上させる魔術を使えるのかな」

「あるいは、恐怖心を取り払う術、か。どちらにせよ、あまり聞き馴染みのないものだ」


 高位な魔術師であるとは聞いていたが、王宮図書館にないような術も知っているのだな。と、フリードはひとりで感心しているが……さ、先にフリードの強さについて、ちゃんと説明して貰わないと……


「フリード。つかぬことを伺うんだけど……ど、どうしてそんなに強いの……? 強くある必要、ないと思うんだ。王子様に生まれたら、普通」


「普通……か。あるいは、他国ならばそうだったかもしれないな」

「この国に生まれたとしても、現王以外の時代に生まれていれば、それもまた同じかもしれない。だが……」


 だが……と、そこで言葉を切って、フリードは少しだけ険しい顔で頭を抱えた。

 えっ……えっ、もしかして、王様の指示で……?


「……私は現王の、若かりし頃の武力を再現するために鍛えられている」

「ひどく単純な話だ。武力によって地位を勝ち取り、国を広げ、今のこの国を作った王は、最前線で戦うもうひとりの自分が欲しかったのだよ」


「……王様の武力を……再現…………王様が強いの⁉」


 武闘派ってたまに聞く表現だけど、それが物理なことあるんだ⁉


 しかしながら、経緯はわかったけど理屈がわからない。

 いや、それを言い始めるとマーリンの魔術もだけど。それはもうこの際諦めて……


「……き、鍛えたらそんなに強くなれるもん……なの? お、俺には到底……」


「ああ……そうだな、少し難しいかもしれない。私の身体は、それなりに特殊なのだ。ああ、いや。王が特殊だった……と、そう言うべきかもしれないがな」


 王様の身体が特殊……だから、子供のフリードも特別な体質なんだ……と。ど、どんな体質なんだ……いったい……


「……しかし、ふむ。もしや、デンスケは武術を学びたいのだろうか。この旅の間には、私が代わりに戦う……が、なるほど。だがしかし、か」


 ふふ。と、笑うフリードは、俺を見たあとにちらりとマーリンへと視線を向けた。

 ぐぐ……この男、俺の考えを見透かし過ぎではないだろうか……


「君の過去は知らないが、しかしそれなりに鍛えた経験はあるのだろう? その佇まいを見るだけでわかるさ」

「歩き方からも、立ち、座る姿勢からも、身体の芯がすでに構築されていることは見て取れる」


「えっ、わかる? いやぁ……歩き方や立ち方、姿勢を維持することは基礎だったからなぁ」


 あら、うれしい。演劇のために鍛えた体幹が、まさかこんなところで褒めて貰えるなんて。


「……その積み上げを前提とすれば、武器術くらいは教えられると思う。無手での格闘は、魔獣相手ではあまり役に立たないからな」

「剣か槍か……長物が合わなければ手槍や短刀でも、ないよりはずっといいだろう」


「えっ、教えてくれるの⁉ た、助かる!」


 助かり過ぎる! マーリンに守られっぱなしは情けないし、フリードまで強いとなったら立つ瀬がなくなるところだ。


 それからすぐに、フリードは腰に提げた剣を鞘のまま渡してくれた。

 これで稽古をしよう……ってことかな。うん……あれ……?


「……フリード? この剣、抜けない……固い……っ。こういうのって、抜くだけでも大変なの……っ⁉」


「ああ、いや……すまない。剣は……手入れが面倒でな」


 ずこーっ! もう! ちょっと古いリアクションをさせないで欲しいんですな!


 剣を使うことになるなら、その重さに慣れるべきだ。

 日常から腰に提げて、その状態でも軸がズレないように意識するところからやろう。

 と、フリードはそう言ったが……この師範、すでに信用ならない。

 

 意外とずぼらなんだね。

 もしかして、手入れしたくないから剣を使わないの?

 こんな状態だから使えなかったんじゃなくて、もしかして逆なの?


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