第三十六話【それぞれの持つもの】
錆びついて抜けない剣をフリードから貰って、それを腰から提げたまま山道を下る。
なるほど。と、それの意味に納得したのは、半日も歩いてフラフラになって、やっとその日の寝床を確保した直後のことだった。
「お……おおおぉ……なるほど、こういうことか」
ベルトを外して剣を下ろした直後に、身体の中心軸が思い切りズレてるのがわかった。
剣を提げていた左手側じゃなくて、何も持ってない右手側に身体が傾いてしまってる。
「もともと意識して鍛えていなければ、その変化にも気付けなかったろう。やはり、私の見立ては正しかったようだ」
俺のリアクションを見て、フリードはどこか満足気にそう言った。
鍛えてなかったら、体幹を意識してなかったら、気付けるような変化じゃない、か。なんか……ちょっと優越感ですな。
そんな俺とフリードとのやり取りを、マーリンは何もわかってない顔で首を傾げて見ていた。
そしてすぐに、仲間外れにしないでと言わんばかりに、物理的に間へ割って入ってくる。大丈夫だよ、忘れてないよ。
忘れてないけど、話題が話題だから。マーリンは話に混ざれそうにない。
しょうがないから、頭を撫でて相手をしよう。
犬か猫をじゃれさせてるみたいで心苦しいけど、本人がそれで満足気だから……いつか、こういうのはやめられるようにしないとね……
「しかし、半日でこれだけ変わるって、相当なことだな。こんなのをずっと……なんて、いったいどうなるんだ……」
「ああ、それについては安心してくれ。半日だからこそ……と、そう言うべき変化なのだ」
「それも、ただ半日担いでいただけではない。平坦でない道を、バランスを崩さぬように無理矢理進んだのだから」
一時的に狂っているだけで、一晩もすれば元に戻る。と、フリードはそう言って、それからさらに言葉を続ける……前に。
自分も友達として一緒にいるとアピールするように、マーリンの背中をポンと撫でた。ナチュラルイケメンムーブでござるな。
「これからも、一日ごとに身体の中心がズレるだろう」
「しかしながら、君のその身体は正しい軸の置き方を理解している。数日もすれば、崩れた状態での歩み方を把握し、崩れぬ立ち方を理解するはずだ」
「ほ、本当……? なんか、フリードに言われると自信つくけど……」
どうにも買い被られてる節があるから、一周回って不安にもなる。
でも、フリードの言うことが本当なら、俺はすぐにでもこの状態に適応するんだろう。
まあ……剣を持ってることに慣れるだけじゃ、スタートラインにも立ててないんだけどさ。
「それで、剣の稽古はいつから始められるようになるんだ? そのバランスが崩れてても平気な立ち方歩き方が身についてから……とか?」
さっさとスタートラインに立ちたいし、出来れば早いとこ追いつきたいんですが。と、自分でもちょっとせっかちだとはわかっていながら、急ぎたくてしかたがない。
傍らで撫でられてるマーリンの無邪気さを見れば見るだけ、こんな子供が戦うなんて……とまでは思わなくとも、こんなのに守られっぱなしは情けないんですぞという気持ちがですな……
「いや。剣の持ちかた、振るいかたに限れば、今日からでも教えられることだ」
「ただ、それを実戦に持ち込めるようになるのは、またしばらく先になるかもしれないが」
「うぐっ……そ、そうか……まあ、そうだよな。素人がいきなり剣持ったって、危ないばっかりだよな……」
それもあるが。と、フリードは前置きをして、それからすぐにまたマーリンの頭をポンと撫でる。
もしかして、マーリンに関係する話……理由がある、のかな?
「……どうも、マーリンは君が戦うことをよしとしていなかった……ように見えたのでな。君が傷付くのが怖いのだろう」
「であれば私は、君が怪我をしなくなる段階まで鍛えてから戦場へ送り出す義務がある」
「ぐっ……そうだね。マーリンから見たら、俺は弱くて頼りない男だから……」
頼りなくないよ。と、マーリンはちょっとだけ怒った顔でそう言ってくれたが……な、なんで怒ってるの……?
うれしいけどさ、そう言ってくれること自体は……
「そうだな……いつか、私が君達と離れなければならなくなったころ。それまでには、デンスケひとりでも魔獣を倒せるまでには鍛え上げよう」
なんにせよ、今は私が同行するのだ。君が戦う必要などは発生させないとも。なんて言われてしまっては、さすがに頷くしかない。
今日明日鍛えた程度で、さっき見たフリードの強さに追い付ける気は全くしないから。
「そうと決まれば……だな。フリード、さっそく教えて欲しい」
「殺陣は軽くやったことあるけど、それだってきちんと指導を受けたわけじゃないし。ちょっとわくわくしてるんだ」
そもそも、殺陣と実戦とは全然違うだろうけど。
でも、ワクワクは本当。だって、実際に剣術を習う機会なんてないわけだから。
それも、剣道で使うような竹刀じゃない。錆びてるとは言え、これは本物の剣なんだ。
男の子はワクワクするんですぞ、剣。
「ああ、君がそのつもりなら……と、そうしたいのはやまやまなのだがな。その前にひとつ、やらなければならないことがある」
「やらなければ……? 剣を提げてるのに慣れる……以外にも、前準備が必要なのか?」
あれ? でもさっき、構えとか振りかたくらいは今日からでもって言ってたよな。
なら、準備……じゃない部分での話かな。
じゃあ……えっと……剣を振り回しても平気なくらい、広くて安全な場所を探そう……とか……?
「……ふふ。君はこれと決めると盲目になるタイプなのだな。それより前に、昨日約束したことがあっただろう」
「私が君に剣の指導をするとなれば、彼女がひとりになってしまうではないか」
それはなしという約束だ。と、フリードはそう言うと、俺の手の下……撫でられてるマーリンへと目を向けた。
それに釣られて俺もそっちを見れば、どうやら拗ね始めてしまったらしい、あまりに子供みたいな顔をしたマーリンがこっちを睨んでいるではないか。
「そうだったな。ほったらかしにしないって約束したばっかだもんな」
「寂しい思いなどさせないという言葉に嘘はない。しばしデンスケとの話で盛り上がったのだから、次はマーリンにも何か聞かせて貰うとしよう」
マーリンはフリードの提案にちょっとだけ機嫌をよくして……もともと大して悪くなかったから、それはそれは上機嫌になってくれた。素直で……単純ですなあ……
「ふむ、そうだ。マーリン、君は魔術師だそうだな。よければ、いくつか術を見せてはくれまいか」
「火を起こす術は昨晩目にしたが、その精度と持続力は、私が王宮で見たどの術師のものよりも優れていたように思える」
他にもあるからこそ、デンスケは君を格別な魔術師だと評したのだろう?
フリードがそんなことを言うから、マーリンは目をキラキラさせて、だらしないくらいほおを緩めて、いっぱいあるよ。と、うれしそうに答えた。
扱いが上手いね、子供の。
「もしかしたら、フリードでも腰抜かすかもしれないぞ。マーリンの魔術は本当にすごいんだから」
「ほう。前言の撤回はなし、誇張でないと言を強く改めるか」
「私自身には素養がなかったが、しかし書物での知識はある。果たして如何ほどの実力か、見極めさせていただこう」
俺の言葉に、フリードは期待に満ちたまなざしをマーリンへと向ける。
マーリンはそれを、とても喜ばしいものとして受け取ったらしくて、鼻息を荒くしてあれこれ準備をし始めた。この術は……
「じゃあ、見ててね。これとこれを……うん。踊るつむじ風」
準備していたのは、木の枝や小石、それに荷物の中の小道具がいくつか。
マーリンが使った魔術は、まだ出会って日も浅い頃に服を作ってくれた魔術……だけど。それの本質は……
「……ほへー。なるほど、それはそもそもそういう魔術だったんですな」
「えへへ。いろんなものをいっぺんに動かせる……から。手でやると大変なことも、これなら簡単なんだ」
枝が、石が、それにがらくたが、それぞれ集まって、人形のように姿を作る。
そしてそれは、マーリンが揺れるのに合わせて、まるで踊るようにくるくると回り始めた。
どうやらこの魔術は、道具を……ものを自在に操作する魔術……らしい。
それを駆使して、繊維を取り出すところから、織って生地にして、それを服の形に縫合して…………って、複雑なこともやってしまってたらしい。
「……なるほど。なるほどなるほど、これは風を操っている……のだな?」
「これほど器用に、それも物体を浮遊させてしまえるほどの出力を維持出来るとは。なるほど、たしかに君は格別な魔術師なようだ」
風を……?
フリードはどうやら、俺よりもこの魔術について深く理解出来たらしい。
まあ……俺は魔術のまの字もわかんないから、しょうがないとは思うけど。
そんな俺は別として、フリードに理解して貰えたことがうれしいのか、単に褒められて喜んでるのか。
マーリンはまた、えへへとほおを緩めて笑っていた。
「……たしかにすごい……けど。そっか……この段階で、もう格別判定になるくらいなんだ……」
「……? デンスケ? どうかしたのだろうか?」
マーリンはとてもうれしそう……だけど。
もしかしたら……って、ちょっとだけ嫌な予感もする。
先日の街では、マーリンの魔術は――魔獣を焼き払う特大の火力は、みんなの希望として受け入れて貰えた。でも……
この程度のことでも特別だって言われるくらい、他の人間の魔術とマーリンの実力がかけ離れてるんなら。
これだけをあてに受け入れて貰おうとするのは、かなりリスクが伴うかもしれないな……
「……デンスケ? どうかしたの……? あっ、もしかして……服、新しいの欲しい?」
「あっ、ああ……いや。そうじゃなくて…………いや、それもある」
「フリードが着てるみたいな、男の子の服にして欲し……ああっ、嘘! 嘘ですぞ! マーリンたそが作ってくれたこの服が一番でござるよ!」
僕の服、変かな。と、それも初めて街へ行ったときに見たリアクションのひとつでしたな。
大丈夫、大丈夫でござるよ。ちょっと股間が涼しくて心もとないだけで、とってもかわいい服でござる。
男の拙者が着るには、過ぎるくらいかわいい。はあ……
先の考えごとは一回やめよう。どうせ朝になれば、マーリンが起きるまでの自由時間があるから。
そう決めて、俺もフリードと一緒になってマーリンの魔術を鑑賞することにした。
風で動かしてるという知識を入れてから改めて見ると、すごい精度なんだね、これ。
てっきり、念力的なものだとばかり思ってたから。念力でもすごい精度なんだろうけど。




