10.信頼
「__もはや脅し屋の犯行を見過ごす訳にはいきません。必ず我々が彼らを逮捕し、街に平和と安寧をもたらします。警察の誇りにかけて」
「主任官! 脅し屋と思わしき人物の正体などの情報は!? 警察に彼の正体は掴めるのでしょうか!?」
いくつもの声が飛び交う中、俺たちを捕まえると言ったソイツは、早々に発表の間を退席した。それを見届けて、リモコンを向けて操作しテレビの電源を落とす。
二日前。脅し屋がダレント社長をターゲットにして、後に彼が殺害されたと発覚したという知らせが報じられた。その後の脅し屋の逮捕の発表。犯罪捜査本局で新たに結成されただろう、脅し屋に対する捜査本部の捜査主任官の言葉だった。
「……これで、世間から見ても脅し屋は囚われるべき悪ってことになったな」
「ああ。少しネットを見ただけでも、今までは僕たちのことを英雄だのなんだのと言っていた連中が掌返ししている」
クラーヴジヤも触っていたスマートフォンの画面を暗くしてテーブルに置いた。人の心ってのは簡単だな。ひでぇ話だぜ。
「全員、濡れ衣の可能性に気づいてくれねぇかなぁ。親父、なんとかなんねぇの?」
ありえないことをほざきつつ、隅の机でパソコンをいじり続ける親父に声をかける。
「なんとかなったら、今頃すべきことをしている」
俺は、深く息を吐いた。軽く伸びをしたタイミングでインターホンが鳴り、来客を知らせる。
「ルカ。出ろ」
「あいよ」
突然の来客だ。俺が行った方がいい。親父に言われソファから立ち上がり、部屋を出て廊下を歩く。玄関でスリッパを適当に脱ぎ、靴を履いて扉を開けた。そこにいたのは、酒場ダスビーのマスターだった。
「あんたか。どうしたんだよ?」
マスターは、懐からひとつの封筒を覗き見せる。
「依頼か? マスター、今俺たちが容易に動けねぇってことわかってんだろ?」
「だからこうして来て差し上げた訳です。中で話しましょう。お茶は要りませんよ」
そう言うマスターは、いつも酒場にいる時と同じく相好を崩したような顔をしていたが、その瞳は鋭くこちらを見ていた。
マスターは、封筒から文書と一枚の顔写真を取り出す。それをテーブルに置き、俺たちの方へ回し見せた。
「警察が、顔も名前も所在もわからないあなたたち宛に出した依頼です」
「警察が……?」
「文書が私の元に行き着けば、それがいずれ脅し屋の目に留まると考えたのでしょうか。とにかく、一刻も早く内容を確かめてください」
親父が文書を手に取る。そのまま紙をまじまじと見つめてしばらく経った後、親父はいきなり立ち上がり、顔写真を手にパソコンに向かった。
「親父? なんて書いてあったんだよ?」
「私から説明しましょう」
マスターは、足を組んでソファに体を預ける。
「ここに書かれているのは、警察がダレント社長殺害の真犯人の疑いがある者を追っている旨の文章です」
「なんだって? 真犯人を?」
クラーヴジヤが呟く。マジかよ。さっき脅し屋を逮捕するって内容のニュースが放送されたばっかりだったからな。聞いて俺も驚いちまった。
「真犯人の疑いがかけられた者とは、ダレントの副社長レオニード。警察が直接証拠を発見した訳ではないそうですが、ダレント社員から情報のリークがあったようです」
マスターが文章の一部分を指でなぞる。
「あの日、彼は複数人の部下に後の好待遇を約束して指示を出し社長を殺害させた。元々彼は社長の座を狙っていて、前々から社内でも不穏な動きを見せていた……という情報だったようですね」
「そんな時に俺たち脅し屋が現れ、ダレントの社長をターゲットにした。そのレオニードってヤツにとっては、他人に濡れ衣を着せて自分の思惑を隠蔽するには、俺たちの存在がちょうど良かったってことだ」
「しかし、現場に残されていた証拠は全て脅し屋が残したものとされ、加えて脅し屋が犯人であると既に報道してしまっていることも相まって、警察はこの情報を公にはしないつもりのようです」
いや、なんでだよ。そこはきちんと報道してくれよな。
「……ったく、アイツらって変なプライド持ってるよな」
「民を混乱させない目的もあるでしょう。つまり、この捜査は水面下で行われます。……そこで、あなたたちに彼を脅して欲しいそうです」
「は? なんで俺たちが?」
「警察としても、陰での付き合いが長い脅し屋が、昔から不殺主義を貫いてきたあなたたちが殺人事件を犯したなどとは考えたくない。可能ならば、脅し屋自身に真相を見つけて欲しい。私には、そう言っているように思えます」
……なるほどな。ヤツらも、目に見えるものだけを追ってる訳じゃなさそうだ。
「お前たち」
呼ばれて、親父の方へ顔を向ける。
「確認が取れた。ダレントの副社長レオニードという人物と、警察が秘密裏に持っているダレント社員からのリーク情報。確かに存在している」
「じゃあ、信頼しても良さそうだ」
隣に座るクラーヴジヤが手を組んで言い、深呼吸をした。確かに、親父が言うなら信頼して大丈夫だ。
そのレオニードが吐けば、他の犯行仲間の素性も、カチューシャさんの花瓶に盗聴器をつけたヤツも芋づる式で探れるんだな。
「俺たちは、レオニードをとっ捕まえて脅して、真相を聞き出せばいい。クラーヴジヤ、やってやろうぜ!」
「……ああ」
それは、確固たる意志を持つ返事に聞こえた。コイツも、真犯人を捕まえて早いとこ安心したいんだろうな。俺も同じだぜ。
警察からの依頼が届いた日以降、俺たちはレオニードの毎日の行動パターンを調べ上げた。そうしてヤツが会社に行く時、また帰る時、どこを通るか把握したんだ。行く時も帰る時も、ヤツは必ず近道として会社と最寄り駅の間にある長く暗い路地を通る。俺たちが脅しを行う場所は、夜のその路地裏に決まった。というのも、レオニードが完全にひとりになるタイミングがそこしかなく、ヤツの副社長という立場故にどこかに誘い出すことも難しそうだったからだ。
そして……今。俺とクラーヴジヤは、レオニードを尾行している。別人の顔を騙れる特注の変装用マスクを被って、遠目にヤツを見失わないくらいの距離を保って夜のルーンベルクの街並みの中を前進していた。
レオニードがダレント本社から出てきてしばらく経つ。いい感じだ。今のところ尾行がバレる気配はない。ヤツは、稀に振り向いて後方を確認するが、都度俺たちは会話するフリをしたり、立ち止まってスマホをいじる素振りを見せてやり過ごした。……常に周囲を警戒しておきたいんだろう。その挙動は、俺たちにヤツが真犯人であることを信じさせた。
やがてレオニードは、例の路地に入っていく。俺たちは、足音を限りなく小さくし、物陰に潜むようにしてヤツを追った。もしも尾行に気づかれて、ヤツが走って逃げたとしても、路地の向こうの出口に隠れている親父が捕らえてくれる。この路地裏で、レオニードを挟み撃ちで脅す算段だった。
レオニードが路地の中間地点に到達する。俺たちは、依然として足音を消しつつ、踏み込む足を素早くして一気にヤツの背後に近づいた。相棒に目配せして、互いに無言で頷く。クラーヴジヤは、レオニードの肩に手を置いた。
「ダレントの副社長レオニード。あなたに話が……」
声をかけた次にはもう、レオニードは振り返りかけていた。ヤツが右手に持っていたそれに月光が反射してきらりと輝く。その反射光を視界に捉えて、俺は叫んだ。
「__避けろ!」
咄嗟にクラーヴジヤが跳ね除ける。およそ零コンマ五秒の差もなく、今クラーヴジヤの首根っこがあった場所、既に虚空となっていたそこをナイフが切りつけた。
一瞬にして考えが巡る。コイツは、俺たちが尾行していること、脅そうとしてくることを知っていたのか? いくら外敵を警戒していたといっても、この状況は説明がつかない。どういう訳だ。
なんにせよ、話し合うのは得策じゃない。相手を抑え込まなければ。俺は、ナイフを空振って隙ができたレオニードに飛びかかるため、姿勢を低くした。その瞬間。窓が割られたような音が聞こえた。
「上だ!」
クラーヴジヤの声がしてから間髪入れずに何者かが地面に着地する音が。振り返った時には、俺の眼前に棒状のものが迫っていた。




