第5話 始球式
「ほい、ボールだ」
道二は原野にボールを渡す。
「これは……」
原野はボールを受け取った瞬間、不思議な、しかし、懐かしい感覚に襲われる。野球をやっているとたまに、ボールを思うがままに投げられるときがあった。そのときと全く同じ感覚なのだ。
原野はネットに対して左肩を前にして真横を向く。そして、腰を少しだけ落とし、ボールを左手の上にのせて胸の前に持ってくる。
ーーイメージは、今まで何千回も何万回も繰り返してきた投球フォーム
胸の前のボールを真上に投げあげると同時に左足を高々とあげる。エンドラインと呼ばれる、サーブを打つ際に出てはいけないラインの手前に、ボールが落ちてくるタイミングに合わせて左足を前に踏み出し、左手を前に出す。そして、脚、腰、肩を順にひねり、左手を体に引き込み、ボールに合わせて腕を上から振り下ろす。
野球の教科書があるのならば、まさにその通りであろう美しいオーバースローのフォームから、バレーボールが放たれる。
ボールには強烈なトップスピンがかかり、ネットを越えたあたりで鋭く下に曲がる。
バゴオォォォォォン
体育館にいる者全員の動きが止まる。
「おいおい、なにかあったのか?」
原野はキョロキョロと周囲を見渡してみるが、さっきまでと特に変わったところはない。しばらくして、バスケ部が練習を再開する。
すると、道二が唐突に体育館の倉庫に向かって走り出した。そしてなにやら、おもちゃの銃のような形の物を持ってくる。原野はその形に見覚えがあった。
「道二、それはスピードガンか?」
道二は黙ってうなずき、ネットを張っている支柱に取り付ける。
「球人、今のサーブもう一回打てるか?」
原野は「もちろん」と答え、さっきと全く同じように構える。すると、バスケ部の練習が止まり、原野に視線が注がれる。そして、原野はさっきと全く同じようにサーブを打つ。
ボールはさっきと全く同じ軌道で空気を切り裂いていく。
バゴオォォォォォン
「は?」
道二は驚愕の表情を浮かべている。
「あのさー、さっきから俺がサーブを打つたびに静まりかえってるけどさー、俺がなにかしたのか?」
原野は、ややイラついているようだ。
「してるわ!とんでもないサーブを打っておいてそのセリフはないだろ」
「あのサーブのどこがとんでもないんだよ?」
道二は、原野にスピードガンを見せる。
「プロのバレーボール選手でも速くて130km/hなのにお前というやつは……」
そのスピードガンには150km/hと表示されていた。これは、原野にとってはあたりまえの数字である。
原野球人は困惑していた。野球の世界においては、甲子園では140km/hはあたりまえ、プロ野球では150km/hはあたりまえである。そんな世界にずっといたので、プロのバレーボール選手が速くても130km/hという事実は、原野を困惑させるには十分すぎる事実だった。
「ほっほっほ、なにも案ずることはありません。あなたは今まで通りでよいのです。そうすれば、必ずや日本一になれるでしょう」
そう言ったのは、坊主頭が輝いている男、古寺こでら僧治そうじである。
「日本一か……いい響きだ」
原野は久しぶりに、自分の中からこみ上げてくる『目的』というものを感じた。もしかしたら、バレーボールという競技こそ、自分の『第二の人生セカンドライフ』なのかもしれないという期待感が襲ってくる。
「そうでござるな。セッシャも全国というものを経験してみたいのでござる」
語尾は『ござる』1人称は『セッシャ』と、クセの強い長髪の男、手貫てぬき刀衛門とうえもんが言う。
「あっぱれあっぱれえぇ」
銀髪で意味不明2号の白混しらまじり朱雀すざくが扇子をあおぐマネをしながら言う。
ーーここで原野は思った。葉央高校のバレーボール部は、斎藤道二を除いてろくな奴がいないと。
「まあ、こんなバレー部だが、よろしくな」
「おいおい、なんで俺が入部する流れになっているんだ?」
原野は、助っ人として来ているだけなんだがと付け足す。道二は慣れた感じで、ろくでなしの部員たちを手で制しながら話している。
「球人、お前は将来確実に歴史に名を残すバレーボール選手になれるぞ。これまでも、これからも、150km/hの球速でサーブを打てる人間はいないだろうからな」
「ふーむ……同じ150km/hでもバレーボールのほうが価値が高いのか……」
「そうだ。サーブは速くても130km/hの世界で、150km/hを打てるやつが負けるわけないだろ」
「ふっふっふ……フハハハハハ!」
原野は大笑いする。
(これこそが、異世界に転生して手に入るチート能力というものなのか……競技転向という名の異世界転生も悪くない)
「いいだろう!俺はバレー部に入部する!」
その後、バレー部は2時間程練習して帰宅となった。
こうして、葉央高校バレーボール部は、日本一への切符を手に入れたのだった。




