第2話 事故
『葉央高校』は愛知県に設立された高校で、甲子園に20年連続出場を果たしている名門中の名門である。巨大企業の社長で理事長の金計大喜が莫大な資金を投入して、設備を整え、スカウトを雇い、大胆な特待生制度を整えて甲子園常連校へとのし上げたのである。原野球人をはじめとした『葉央高校』の野球部はスカウトされる以外に入部方法が無いということで有名である。理由は練習スペースを確保するためである。そんな『葉央高校』の野球部に鳴り物入りで入部した原野球人は、将来、日本一の投手になるだろうと言われており、本人も日本一の投手になると言っていた。その言葉通り、『葉央高校』は1ヶ月前の夏の甲子園で優勝している。原野は高校2年生ながら優勝投手となり、ほぼ毎日、プロのスカウトが練習の様子を観察しにくるようになったのである。
「俺もプロに注目されてーよー」と、野球部の1人が原野に嘆く。練習終わりだからか、疲れた様子だ。
「逆にお前はプロに注目されてないのか?」
「俺は甲子園で大した活躍してないから」
「だったら活躍できるように実力をあげるのみだ」
原野はさっさと話を切り上げて駐輪場へ向かう。今日の夕飯が大好物の唐揚げということで、早く家に帰りたい様だ。
「さようならー」
「気をつけて帰れよー」
数学教師でバレーボール部顧問の算橋数夫先生が今日も校門前に立って、交通整理を行っている。駐車場が広く、『葉央高校』の前には『金計ロード』があるため、自家用車での送迎がかなり多いためだ。算橋先生は交通整理担当の先生でもあり、顔を知らない生徒はいないと、自慢げに語っていた先生でもある。
自転車をこいでいき、交差点の赤信号で停車する。原野はまだかまだかとそわそわしている。よほど唐揚げが好きなのだ。
やけに車のライトがあたると思い、ふと右を向くーー
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気がついた時には、ベッドで横になっていた。しかも、自宅のベッドではない。
「母さん?」
「球人……気がついたのね」
「あ……そうか……俺はあの時トラックにはねられて……」
「大した怪我はなかったそうよ。本当に運が良かったって」
球人の母の目には涙がたまっていた。それほど心配していたのだろう。息子がトラックにはねられたのだから当然といえば当然だが。
「唐揚げ……」
「え?」
こんな時でも球人の頭の中は唐揚げでいっぱいである。こんな時だからこそなのかもしれないが。病院にいるのだから唐揚げは無理だということを、球人の母は伝えるべきか迷っていた。親子揃って本来考えなければならないことからズレてしまっている。
「母さん、事故のことは大丈夫だよ」
球人は事故の瞬間のことを思い出してみる。やけに車のライトがあたると思ったらトラックにはねられ、体は宙に舞った。そして地面に落下し、右手をついて受け身をとった。が、受け身をとった際に頭をうったのか、その後の記憶はない。多分こんな感じだったと思い出して球人は満足する。これなら打撲程度ですみ、野球にはなんの支障も出ないだろうと。
ーーこの事故から、原野球人のアスリートとしての人生は、大きく変わっていくのであった。