池本のKO負け……そして……
長い長い池本の物語もついに最後になりました。
池本、どうなるんでしょうかね・・・
遂に最終話です。
翌日、伊藤さんは池本のアパートに行った。
昨晩、渡辺さんから電話が有り、池本から好きだと言われた事、これからもずっと一緒に居たい事、何より、自分が池本の事を誰よりも好きである事を言われた。
伊藤さんは、自分が試合が決まった時に池本に振られた事を伝え、素直に渡辺さんを祝福した。
そして、池本を祝福したいと思い、池本のアパートに向かった。
時間は朝の10時半である。
池本の部屋のインターホンを鳴らす。
……返事が無い。何度も鳴らすが返事が無い。
「池本さん……伊藤です……池本さん?」
伊藤さんは何度もドアを叩き声を掛けるが、全く返事が無い。誰も居ない様に静まり返っている。
伊藤さんはショートメッセージを送るが、宛先無しで戻って来てしまう。伊藤さんは電話を掛けた。
「お客様のお掛けになった番号は、現在使われておりません」
アナウンスが流れる。
伊藤さんは訳が分からず、ドアをノックし、ドアノブを回した。鍵が掛かっておらず、ドアが開いた。
そのタイミングで、隣の住民が出て来る。
「あれ?…鍵閉めた筈なのに、開きました?……閉め忘れたかな?」
「池本さん……隣の方は何処に行きました?」
「隣の方ですか?…今朝早くに出て行きましたよ。欲しい電化製品が有ったらどうぞって。ここのアパート、学生が多いから、みんなで貰ったんです。いらない物があったらリサイクルに出して下さいって事で、5万円も貰ったんですがいらない物が無かったんで、みんなで飯でも食おうって事になって、今から出掛け様と思って」
「……出て行ったって……」
「それじゃあ、俺は出掛けるんで……」
「待って、何処に行ったか心当たり無い?……何で居なくなったかとか?」
「そんな事言っても、あんまり付き合い無かったからなぁ……暖かい所に行こうかなって言ってた事くらいしか……」
「暖かい所……」
伊藤さんは、池本のアパートに入った。
ガランとしている。池本の荷物は何も無かった。部屋の中を見回すが、何も残っていない。伊藤さんが部屋を出ようとした時、下駄箱の上にバンテージが置いてあった。
「池本さん……」
伊藤さんは部屋から出ると、渡辺さんに連絡した。
「渡辺さん?」
「どうしたの、そんなに慌てて?」
「良く聞いて、池本さんが居ないの!」
「……何言ってるの?」
「居ないの、池本さんが居ないの!……荷物も何にも無いの!」
「え、何で?……何で池本さんが居ないの?」
「分からないわよ、でも居ないの。私も探すから、渡辺さんも探して!」
「分かった。私、花屋さんに行って見るから、心当たりを探して!お願い!」
「分かった!」
伊藤さんは部屋から物凄い勢いで出て行った。
伊藤さんは走りながら、徳井達に連絡した。
渡辺さんが花屋に着いた。
「店長、店長!」
「どうしたんだい、そんなに慌てて」
「池本さんが居ないんです、何か知りませんか?」
「池本君?……今朝早くに挨拶に来たよ……この街を離れるらしい……」
「私知りません、何も知らなかったです!」
「池本君、言い辛かったんじゃないかな?」
「何で出て行くんですか?……池本さんチャンピオンなのに?」
「……ボクシングはもう、出来ないんだよ……パンチドランカー……池本君が言ってたよ……」
「だからって、何処かに行かなくても……」
「足手纏いになりたくなかったんだよ……みんなにはそれぞれ夢が有る……邪魔したくなかったんだよ……」
「邪魔なんて思わないのに……」
「池本君ってさ、そんな奴だろう?……適当な事言ってるくせに、いつもみんなの事を考えてる……残れって言ったのに……」
店長は右手で目頭を押さえた。
「渡辺さん、あいつを止めてよ……この街を見てから出て行くって言ってたから、まだ居る筈だよ……邪魔なんて思ってない、必要だって言って上げてよ……渡辺さんしか止められない、頼むよ……」
店長の目から涙が溢れていた。
伊藤さんは徳井・喜多・手塚と合流する。
徳井はトレーナーに連絡し、池本がパンチドランカーである事を聞いた。
そして、この街から出て行く事も……徳井は池本の怪我の事をみんなに伝えた。
それぞれが心当たりを探す。
池本と最初に出会った所、池本のロードワークのコース、トレーニングをしていた丘、思い付く所は探した。
渡辺さんは池本の妹、百合子の所に行き、事情を説明する。百合子は驚いていたが、何処に行ったか心当たりが無いとの事で、孤児院に連絡し院長に伝えるが、院長も分からないとの事だった。
百合子は渡辺さんに両親のお墓を教えた。そこに居なければ、もう分からないとの事だ。渡辺さんは教えられた場所までタクシーで向かった。百合子は旦那と駅周辺を探した。
渡辺さんはお寺で住職に会った。
「池本さん、来ませんでしたか?」
「今朝早く、6時くらいでしたかね……見えましたよ」
「何処に行きましたか?」
「……分かりません……ただ、そろそろ流れる……そう言ってました……」
「池本さん……」
渡辺さんの目に涙が溜まった。
「あなた、池本さんの大切な人ですね?」
「え?」
「お願いがあります……池本さんを止めて下さい……あなたを必要だと……大切だと思っている人が居る事を教えて上げて下さい……池本さんは昔に戻ろうとしている……池本さんを救って下さい、お願いします……」
「私に出来るか分かりませんが、出来るだけやって見ます……」
渡辺さんは住職に頭を下げ、お寺を後にした。
合コンのメンバー·妹夫婦·孤児院の院長と落ち合うが、池本は見付からない。
「池本さん、もう居ないんじゃ……」
徳井の言葉に全員が下を向く。時間は夕方の4時になっていた。
「そんな事ない……私は探す!」
渡辺さんはそう言って走り出した。
しかし、もう心当たりは無い。
渡辺さんは足を止めた。目の前にいつもの公園がある。渡辺さんは公園に入って行った。
公園は変わらない。
初めて池本に介抱された所·池本に背中をさすって貰った所·一緒にジュースを飲みながら話したベンチ·何よりおぶって貰ったこの場所……渡辺さんは池本との思い出を思い出した。
そして、涙が溢れてきた。
「池本さん…………」
渡辺さんは呟いた。
もう涙を止める事が出来なかった。拭いても拭いても涙が止まらない。渡辺さんは涙を流しながら、顔を上げた。涙で霞む視界の端に、見覚えのある背中が見えた。
渡辺さんはその背中に向かって走り出した。全力で走り、その背中に飛び乗った。おんぶの様な格好になった。
「な、何だ?誰だ?」
その声は今一番聞きたい声、池本の声であった。
「おい、降りろって……誰だよ!」
「やだ!……絶対降りない!」
「渡辺さん?なんで居るの?」
「池本さんが居なくなっちゃうからでしょ!」
「……よく分からないよ、とりあえず降りてよ!」
「やだ!……降りたら何処かに行っちゃうんでしょ!絶対降りないから!」
「それは仕方ないんだ……俺はもう、ボクシングは出来ないんだ……」
「ボクシング出来なくても、池本さんは池本さんでしょ!」
「……ボクシングが無けりゃ、俺は何も無いんだ……」
「そんな事ない……私は池本さんが必要なの……ボクシングしなくていいから一緒に居てよ!」
「俺が居ても邪魔なだけだ……渡辺さんの邪魔にはなりたくないんだ……」
「邪魔になんてならない……邪魔なんて言わないで!」
「……それでもいつか……過去を振り返った時……君の足枷である事を実感する……君の夢を後押しした俺が……足枷になっちゃいけないんだ……」
「池本さん言ったじゃない……自分の道は自分で決めるって……そうしないと歩けないって……私は池本さんと歩くって決めたの……決めたの!」
「……無理だよ……さあ、降りて……迷惑だよ!」
「うるさい、分かったって言え……何処にも行かないって言え!」
「降りろって……頑固だな!」
「頑固はお互い様、いいから降参しろ!」
「分からない奴だな!」
「分かるもんか!……そんな事分かるもんか……そんな事……分がんないよ~、やだよ~、行がないでよ~……」
とうとう渡辺さんは泣き出してしまった。
「置いでがないでよ~、ずっど居でよ~……」
渡辺さんは池本にしがみついて更に泣き出した。池本は右手で頭を掻いた。
「…………参った……参ったよ…………俺の負けだよ……」
「いげもどざん?」
「はぁ、渡辺さんには敵わないよ……とりあえず降りて……」
渡辺さんは池本から降りた。池本は渡辺さんの方を向いた。
「渡辺さん……降参する……」
「ぼんどうに?」
「ああ……本当だ……」
「じゃあ、何処にも行かない?」
「……リハビリして帰って来るよ……今のままじゃ、普通の生活も大変だ……」
「何処に行くの?」
「沖縄……あっちに知り合いが居てさ……リハビリには丁度いいんだ……専門の病院もあるしね……」
「どの位行ってるの?」
「さて……1年になるか2年になるか……あるいはもっとかな……」
「だったら……だったら2年経って帰って来なかったら、私が沖縄に行く!」
「!?……おいおい……」
「いいの、私が決めたの!」
「……分かったよ……とりあえず2年、リハビリしたら帰って来るよ……」
「分かった2年ね!絶対帰って来てね……帰って来なかったら許さないから!」
「はいはい、帰って来ますよ……」
「よろしい、携帯の番号も教える事!」
「はぁ、本当に敵わないな……」
池本は渡辺さんに携帯番号を教えた。
「別れるって言ったら、背中に乗ってまた泣いてやるから!」
「それは勘弁してくれないか?……結構苦しかったよ……」
「なら、別れるって言わなければいいでしょ!」
「……そうだね……別れないよ、絶対にね……」
「!?……池本さん?」
「別れない、絶対に別れない……後悔しても遅いからな!」
「後悔なんてしないよ~だ!絶対後悔しないも~ん!」
2人は2度目のキスをした。
…………2年後…………
池本は懐かしいこの街に帰って来た。リハビリを終え、思い出がたくさんあるこの街に帰って来たのだ。所属していたジムのトレーナーとして、働く事も決まっている。あの懐かしく熱い空気を、また胸いっぱいに吸いながら生活していく。池本は新しい一歩を踏み出すのだ。
池本は懐かしい道を歩いた。
暫く歩くと、いつかの公園の前に着く。池本は公園に入って行った。
公園のベンチに荷物を置き、空を見上げた。
突き抜ける様な、気持ちのいい青空が続いている。
池本は背伸びをし、両手をポケットに入れた。
不意に背中に人が飛び乗って来た。おんぶの様な格好になる。
「お帰り、池本さん!」
「ただいま、渡辺さん……」
渡辺さんは池本から降りる。池本は渡辺さんの方に向きを変える。
「今日から一緒に住むんだよね!」
「……どうかな?……渡辺さんが嫌って言わなければじゃないかな?」
「え~!……池本さんがやだって言わなければでしょ!」
「……俺は言わないかな……知ってるか、俺はわた……俺は裕子の事が大好きなんだぜ……絶対言わないな!」
「私だって言わないもん、純也の事が大好きだから!」
「それは残念だ……俺とずっと一緒に居るって事だね!」
「それは残念……私とずっと一緒に居るって事だよ!」
2人は3回目のキスをする。
そして2人は、新しい場所に一緒に歩いて行く。2人共笑顔である。きっとこの先も、2人は笑顔で一緒に歩んで行く。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
池本は私が現役の頃の理想を形にした人物です。
とても感慨深いキャラクターになりました。
いつでも強く、真っ直ぐで、戦う時は真っ正面から突破する。
まさにボクサーそのものであり、強い男です。
皆様の心の隅にでも、池本純也が居れば、とても幸いでございます。
本当にありがとうございます。




