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エコーズ アナザーエンディング

 泣き喚く子供と女がいる。眼前の光景を眺めても、それ以外は何も思わなかった。

 程なくして家に入って来た男達に取り押さえられ、俺は自由を奪われた状態で車の中へ運ばれた。


「また君か……。」

 車の中で男達にそう言われた。

 どうやら俺はこの車に乗るのが始めてではないようだった。ぼうっとする頭で行き先を聞くと病院だと告げられる。そこでやっと合点がいった。

「黄色い救急車って黄色くないんですね。」

 精神病患者を運ぶ車は黄色い色をした救急車だと聞いた事があった。1回目に搬送されたときは気絶していたから見る事は無かったが、今回は実際に目に見る事でそれが間違いだと知った。

 やはり偽物ばかりじゃないか。この世界は。

 信じる価値など最初からなかったのだ。それなのに何故俺はこんなにも無駄に苦しみ続けたのだろう。

「あれ?通り過ぎましたよ?」

 車はこのあいだの病院に止まる事なく、横切ってさらに先に進んでいた。

「いや、あっているよ。君が入るのは閉鎖病棟だからね。」

 俺の疑問にそう答えた男は、そんなに構える事はないよ、付け加えた。

 家族に手を挙げたのだ。精神異常者が暴力を振るったとなれば何もおかしい事じゃない。

 娘を殴った罪で牢獄に入れられる…健常者ならばそう思うところなのだろうが、今の俺は一切の罪悪感も持ち合わせてはいなかった。

 殴ったものを娘とは思っていない。何故なら俺は閥川層路ではないからだ。

 全てのものが偽物な訳じゃない、俺だけが偽物だったのだ。

 考えてみれば当然のことだ。イレギュラーというものは文字通り“正常でない”という事。一つだけしか正常がない場合は、それがイレギュラーであり異常がレギュラーだ。違いがあって、俺だけがそれを訴えていたという事は、俺がおかしい事に等しかった。

 何かしら不具合が起きている場合は、複数のものよりも一つのものに発生している可能性の方が高い。二人の人間が別の世界へ入れ替わっている事よりも、一人の人間がそう認識するように狂っている方が現実的だ。

 俺はずっと、自分は正しいという傲慢な空想に支配されていた。自分を閥川層路だと思っていたかったんだ。最初から家族を大切に思ってなど居なかったのだ。閥川層路であろうとしていただけだった。それだけだ。

 清々しい吐き気を宿しながら、俺はとても冷静になっていた。閉鎖病棟ならば一人でいられる。もう違和感が歩いて迫ってくる、苦しい日々もないだろう。

 真美に失望されるかもしれない事だけが、唯一の心残りだった。


 そう思った時だった。


 突然俺は地面に投げ出された。

 慣性の法則がかかっていた分、地面と平行なベクトルを持った状態で、酷く地面に叩きつけられる。5m程転がってから止まった俺は、何が起こったのかと辺りを見回した。

 さっきまで乗っていた筈の車はなく、側には男達が転がっていた。

「大丈夫ですか……………!?」

 安否を確認する暇もなく、目の前で男達が消滅した。同様に景色からも次々とものが消えていくのが見えた。世界からありとあらゆるものが消えていた。

 見覚えはあるが違和感のある景色達が崩れていく。それはとても心地の良い世界の終わりだった。自分の認識が肯定されてゆくような感覚に狂ってから初めての快楽を覚えながら、それと同時に焦りを覚え始めた。

 やっと異常(自分)を受け入れられたのに。こんなところで死ぬのではあまりにも救いがない。

 まだ、自分には生き方が残されていた筈だった。失うかもしれないものは魅力的に見える。自分の未来にはまだ希望がある筈なのだ。

 逃げ方も分からずに辺りを見回すと、すぐ近くに見覚えのある家が一軒残っていた。

 それは昼間に取材した赤井家だった。

 そこで俺は、あの違和感の無い部屋を思い出した。あそこだけは明らかに他の場所と違った。違和感のあったものが消えているのならば、あそこに行けば助かるかもしれない。

 地平線から黒いものが迫っているのが見えた。それが地面が消えた影だと理解したとき、俺は赤井家に向かって走っていた。門を乗り越えチャイムを鳴らし、ドアノブをガチャガチャと回す。反応は無い。そうしている間も影は此方へと迫っている。

「早くしてくれ!開けてくれ!いやだ!俺はまだ死にたくない!!」

 泣きそうになりながら目を瞑って祈っていると、掴んでいたドアノブの手ごたえがなくなった。

 目を開けるとそこには子供部屋と空き地があった。赤井家は消えて、あの部屋だけが残ったのだ。

「やった……!これで助かる……!!」

 急いで部屋に駆け込んだ。既に周りは完全な更地で、何処を見ても影と地平線しかない。そしてその地面すらも影に塗りつぶされるように消えていった。

 この部屋だけが、世界に残っていた。


 ホッと胸を撫で下ろしていた束の間、全身に激痛が走る。

 此処まで逃げても駄目だったのか。絶望に包まれながら、意識を失ってゆく。

 最後に見えた景色は塗り潰された虚無が家の壁へと移り変わった瞬間だった。



「……。…お帰りなさい。」

「ただいま。」

 赤井家の一部屋で倒れていた俺は、すぐさま病院に搬送された。

 検査の結果、俺は全身に細胞単位の細かな空洞が出来ており、危篤状態だった様だ。そのまま死んでしまえばよかったものを、半年の入院を経て回復し退院してしまった。

「……………。」

 目の前を歩いているのは留衣だ。違和感の無い、紛れもなく本物の。

 あれから俺の評判は酷く変わってしまった。

 というのも、留衣が言うにはあの日ずっと俺は普段通りの生活をしていたらしい。

 帰宅してすぐに夕食を食べた俺は、留衣と長話をしている途中で突然と姿を消した。翌日になって他人の家に不法侵入した状態で発見された。さらに世にも珍しいスポンジ状態での発見であった。

 瀕死で意識を失っている間、世間は俺を攻撃する事に決めたらしい。目を覚ましたときには、既に俺は『赤井幸也を誘拐した犯人』だの『宇宙人の実験材料』だの色々な濡れ衣が被せられていた。

 後者に関しては俺も否定は出来ないが。そんな事はどうでも良かった。

 世界から違和感が消えている。俺は元いた世界に戻って来た様だった。しかしそれを素直に喜ぶ事は出来無かった。

 俺自身が自分を偽物だと思っているのに、今更どうやって元の生活に戻ればいいんだ。目の前にいる留衣は無関係な人間というにはあまりにも愛おしく、それでいながらもとてもどうでもいい。相反する二つの気持ちが混在する感覚はあの世界と何ら変わりなく、苦しみはまだ終わらない。

 むしろあのとき守ろうとしていた自分の周囲が既に壊れている今の方が、より苦しいのかもしれない。



 家について真っ先に留衣は俺に聞いた。その目には信用といった色は映っておらず猜疑心に彩られていた。

「アンタ、本当に閥川層路なの?」



 俺が偽物になって、世界の異物になった。


 なあ、本物の閥川層路さんは何処へ行ってしまったんだい?

閥川さんがスポンジ状態なのは仮想世界で摂取した分の質量を失ったから。

本編に書く流れが作れなかった説明終わり!



此処までお付き合い頂き、本当にありがとう御座いました。

だいぶ窮屈な話で申し訳ありません。それでも、何か心に伝わる事が有りましたらそれは私にとって至上の喜びです。


拙いながらもちゃんと1作品を完成させる事が出来た初めての経験です。今後もどんどん作品を出せる様になりたいので、お見知り置きを頂けますと幸いです。


ご読了、ありがとう御座いました!

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