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エコーズ エンディング

 ベッドの上で目を覚ます。酷い悪夢を見た後の様な心地がした。いや、悪夢はこの世界そのものだ。まだ覚めてはいない。

 あのとき叫んでいたのは確かに俺だった。俺…閥川層路は「やめろ…!!」とそう叫んでいた。

 そうだ!俺は友を殴ったのか…!?

 自分がしでかした事に気付き身体の芯が冷える。パパ発狂はなんて事をしでかしたのか。

 起き上がるとすぐ隣に二人が居た。

「だいじょうぶ…?しんじゃわないっ…?」

 友は涙目で俺に抱きついてくる。良かった…。外傷はない。という事は俺はすんでのところで意識を失った様だ。娘に手を挙げずに済んだ事にホッと胸を撫で下ろす。

「アンタ友ちゃんの前で突然気絶したのよ!?大丈夫?」

 時計を見ると三十分も経って居ない様だった。

「ごめん…。心配かけたね。」

 返事をしながら気付く。親しみこそ感じないままだけれど、酷かった拒否反応もなくなっていた。

 違和感が何だ、さっき狂いそうになっていたときも俺は全てが台無しになる事を恐れていた。それはつまり、この世界が本物だと内心分かっていたという事だ。

 カプグラ妄想だとしたら違和感も確信も全てが錯覚でこの世界は全て本物だ。並行世界との交換が起きていたとしてもそれは水面下で全てのものに起きていて、あらゆる世界の部分が集まって入れ替わり続けるつぎはぎ状態だからそもそも偽物という定義がなくなる。

 そうだ。仕事柄些細な事を誇張、曲解して世に出す事もあった。しかしそれらは影響の出ない範囲で事実として受け入れられた。人々にとってその記事は全て水面下の出来事だった。

 事実…真実などそんなものだ。本物だ偽物だなんて人間が作り出した曖昧なものでしかない。

 そんな何でもない事に気付き直した俺は、気絶開けにして既に眠たくなっていた。

「疲れたからもう寝るよ。ごめん…せっかく夕食作ってくれたのに。」

「いいよ。気絶するくらい大変だったんでしょ。お休み。」「おやすみー。」

 再びベッドに背を降ろして力を抜く。

 全てがすり替わったあの日から眠る事が怖かった。目が覚めたら全てが元に戻る、そんな期待を裏切られる事が辛かった、自分を殺す一日がまた始まる事が苦しかった。

 けれど、それらはもう大丈夫な気がした。

 違和感を受け入れる、それが出来る。家族を愛していないなんて事もないさ。真美を愛してるって?そもそもそれ以前の後輩達も愛していただろう。全て偽物というガワに遮られて忘れていただけだ。

 曖昧な感覚に包まれながら、ゆっくりと意識から手を離す。

 目覚めても世界は何も変わらないだろうけど、自分だけは変わっている。そう確信していた。




 sandbox:MirrorWorld MamiToruse$ cd ../

 sandbox:Rial MamiToruse$ ◼︎


 青白いモニタのバックライトのみが照らす誰もいない暗い部屋。そこは大量のケーブルが整理され壁を覆い伝い何かの生き物の体内かの様にも見える。モニタの近くには人一人が丁度収まるCの字型のコンソールがあり、その中には安っぽいパイプ椅子が鎮座していた。

 近未来染みた部屋に置くには些か世界観錯誤なその椅子に帰って来たばかりの一人の女が座り一息つく。

「疲れた…。」

 女はコンソールを操作しモニタの表示を切り替える。思い出のアルバムを見返す様に様々な風景を写す。

 そこには世界があった。いや、厳密には世界の動きを機械的に再現したモデルが入っていた。

 ミラーワールド…寸分の誤差も発生しない世界モデル。

 まだ完成には至らないが、幾度の失敗の末にかなり微細な誤差に縮まるところまで辿り着いていた。

 しかし今回の誤差は大きかった。

 サンドボックス内は完璧に現実を再現していた、ただ一人の人間を除いて。

 一人のジャーナリストの男が精神疾患と診断された。現実のその人物は正常だというのにだ。

 人間が一人違うというのは石ころが少しズレた位置にある事とは訳が違う。バタフライエフェクトなんて言葉があるが、人間一人の影響力はそれと比較にならない程絶望的に大きい。恒常世界帯と定義した…とどのつまり誤差程度の違いで人間目線で出来事の変わらない世界から簡単に逸脱してしまう。

 そして、前回前々回と恒常世界帯に収まっていたそのモデルが今回になって大きく狂った原因も不明だった。

 女はそのモデルを完成させるために命を費やすよう育てられた。だから、危険を承知で現実の表面しかなぞっていないサンドボックス内に身を投げ入れて原因究明にに臨んだ。それだけが両親に認められる為の唯一の手段だった。

 だが可能な限り嗅ぎ回って、結局詳細な原因は良く分からなかった。

 現実世界でも発生した神隠し事件、システム稼動から二週間程前に起きたそれの影響を受けたという事だ。

 その結果、サンドボックス内のモデルと現実の世界が、神隠しが発生した部屋を経由して繋がっていた。それは現代の科学で説明の付くものではない人智の及ばぬ異常であり、副次的な不具合がどれ程発生するかも分からない。

 モニタの右上にメールのインターフェイスが表示される。女はすぐに内容に目を通す。

 今回の世界モデルの削除が決定した。当然だ。作り物の世界が現実世界と繋がっているのだ。サンプルケースとして保存するには手に余る現実に異常が発生してもおかしくはないとても危険な状態だった。

 もっと言えば特異点とも言える自分と男がその部屋の家族に干渉してしまった。今まではその部屋に人間が入った場合は現実の人間とモデルの人間が同時に重なっていた。しかし、部屋に現実の人間だけ、もしくはモデルの人間だけが出入りした場合どうなるか分からない。自分達が関わる事でその部屋の周りの現実との乖離が大きくなってしまっている。

 帰り際に誰も部屋に入れずに状態を維持するべきと伝えたが時間の問題だ。何かが起きる前に早く世界モデルを削除しなくてはならない。

 コンソールに削除コマンドを打ち込む。

 実行に手を伸ばしたとき、キーにあと少しで触れるところで手が止まった。

 短い様で長い二週間、絵本で読んだ優しい父親の様であった男の姿が頭に焼き付いて離れない。

「優しかったなぁ…。閥川さん…。」

 女は泣いていた。

「閥川さんがお父さんだったら…。」

 無意味な仮定だった。そんな幸せな夢は考えるだけこれからする事を苦しくする毒でしかない。

 世界モデル内のその男は所詮作り物だ。人権もないし価値もない。世界モデルを削除したところで現実にいる本物その男には影響はない。それでも偽物の方に女は肩入れしていた。

「そうだ…!あの部屋が現実と重なっているなら、削除する事で現実の部屋も消えるかもしれない…!」

 突発的に思い付いた内容をメールで送る。突拍子も無い話だが、そうでないとも否定しきれなかった。空間に穴が空いた場合、何が起こるかよく分かってはいない。真空に空気が流れ込む様に一瞬で空間が流れ込んで穴が埋まり、その空間の歪みによる重力でブラックホールが発生する可能性がある。もしくは、空間は即座に再生してそこだけ物質が消失したかの様になるか、だ。そもそも削除が部屋にとどまらず、現実世界諸共消えてしまうかもしれない。

 だからこの世界モデルを、この男を削除させないで欲しい。そんな淡い期待は返信されたメールでいとも簡単に崩されてしまう。


『ミラーワールドの削除による現実世界への影響は無い。直ちに削除を実行すべし。十分後には其方に到着する。報告書を纏めておくように。』

「あぁ…。」

 どの道十分の命なら、せめて私の手で…。

 さよなら…。閥川層路さん。ありがとうございました。


 女は叩きつける様に実行キーを押した。



 実行された命令が、全てを消し去っていった。まずは小さなものから消えて、順を追って車、家、と。

 誰もそれを見て驚く事は無かった。作られた世界の人々は、あくまで本物と同じ振る舞いをするだけで心を持っている訳ではない。現実世界で起こり得ない現象に対するリアクションは元から設定などされていなかった。

 人間達も消えていった。音波の様に迂回した命令は、ある家を経由して現実世界の座標に入り込んだ人間モデルも削除した。

 空気が削除され、すぐに空間も削除された。何も無い虚空の中に落ちた人間は、何かが起こった事にも気付かないまま程なく息を引き取った。


 現実のふりをした世界に迷い込み、正常なふりをしていた男は明日を見る事も無いまま消え去った。現実世界で本物のふりをする男と共に。



 最期のキーの音が、虚しく部屋をこだました。



 echo : 『こだま、模倣者』

此処までお付き合い頂き、ありがとう御座いました。


さて、このエコーズはもう一つエンディングを用意しております。現実世界に帰れた方のお話です。

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