第9話 黒騎士襲来。
酒場を出てギルドに向けて歩く。
「さて…出来ればちゃんと正体を教えて協力してもらえるように話をしないとね。それには…」
亜空間の中にまだあるはずだけど…どこだったかなぁ?たしか予備の鎧が……亜空間は整理してたんだけど久しく鎧が壊れた事なんて無かったからどこにあるか把握してないんだよね。
あ、あったあった。これと…剣はどうしようもないかな?『逢魔』は修理に出したし……そういえば修理に出したは良いけど人族に修理出来るのかな?……出来ないなら出来ないでも血脂さえ何とかしてくれたら問題ないか。
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「…さてそろそろ時間か」
昼間現れたあの女は一体何者なのか…俺の過去を知っているのは間違いなさそうだが。
しかも模擬戦の最後…あのナイフでの一撃は確実に殺すつもりだった。
『格上相手に手加減していいって思ってる?』
あの言葉は正しくその通りだったというわけか。
「しかし…俺よりも実力がある様な相手が『影』の情報に載ってない訳がないんだが…」
女性で有名なのはエレノア軍団長だが彼女は青髪だったし、まずこんな場所にはいないだろう。
他にもいるのだが俺よりも強いとなると隊長クラス位しか思い付かないな…
オルトが待っている間に思考に耽っていると、不意に気配を感じて顔を上げる。
そこにはいつも見慣れた受付嬢…エリーが立っていた。
「マスター、フィリアさんの事で少し良いですか?」
いつになく真剣な表情をしている彼女。
「…なんだい?もう遅いから長くなりそうなら明日聞くが…」
「フィリアさんについてなんですが…マスターは彼女をどう思いますか?」
む、もしや…俺や彼女の正体に気付いたのか?
「………どう、とは?」
「実力もあるみたいですから今まで溜まっていた高ランクの依頼とかを受けてもらえたらなぁって思ってですね」
…な、なんだ……。そういう事か。
「ふむ。だが彼女はあまりギルドの依頼は受けないと思うぞ、登録自体も乗り気ではなかったのだろう?」
どうも彼女はギルドに登録するのがあまり乗り気では無かったから依頼を積極的に受けることは無いと思っている。
「ですけど、最近はこの支部の成績も落ち込んでますし…それに、ギルド対抗試合のメンバーもマスターだけでは無理でしょう?例の魔族問題もあるのなら尚更実力のある彼女にやって…」
「駄目だ。忘れたか?ギルドは強制してはならない。これは破ってはならない掟だ」
冒険者とは何者にも縛られない、過去のしがらみなども関係なく、自由に生きる。それがギルドを創設した過去の勇者であり大英雄…ユウナの意志である。
彼女は異世界より呼び出された後、国によって使役される毎日を過ごしていた。
毎日戦場を駆け巡り、ボロボロになりながらも卓越した剣技で黒騎士とも互角以上に渡り合ったと言われていたが、最後には強すぎるという理不尽な理由で国から裏切られた。
その際に彼女は『自由に生きるため』と当時の強国で現在の帝国であるルストブルグを頼り、裏切った国…サイリルを滅ぼした。
滅ぼしたとは言っても勇者召喚に関わっていた王族と貴族だけだったが…を滅ぼした後、自由に生きるための組織…『冒険者組合』を設立、自らが冒険者となって活躍したのが始まりだ。
「今じゃそれを守らない輩も増えた。その結果が今の冒険者ギルドの状況でもある」
「…そう、ですね。確かに私も冒険者は強制されるべきではないのは分かっていますが…このままだとこの支部は無くなっちゃうじゃないですか!私が憧れ、育ててもらった冒険者ギルド…ノックス支部には潰れてほしくないの!!マスターなら分かってくれてると思ってたのに……!」
…困った。彼女が幼い頃から付き合いがあるのだが泣かれると俺にはどうしようもなくなってしまう。
「エリー、君がこのギルドを大切に思っているのは分かってるから…大丈夫だ。俺が生きている限りは潰させやしないさ」
大人になっても彼女は変わらないな。だが俺はそんな彼女に助けられたのだ……だから俺は彼女が生きている間はこのギルドを守り続けるだろう。
「…さ、そろそろ帰った方がいい。もう夜も……!?」
そう言ってエリーを帰そうと手を伸ばした時、俺は自分の目を疑った。
「…そんな馬鹿な……!なぜ、なぜ貴方がここに?!」
「…………」
咄嗟にエリーを自分の後ろに庇うが、もしあれが俺が見ている幻覚などではなく本物であるならば……そんな行動に全く意味はない。
「え?一体…ってあれは…?…ッ!?マスター!」
エリーも気が付いた瞬間に腰に提げた剣を引き抜く。
「エリー、絶対に手を出すな。もし、あれが本物なら……俺が時間を稼ぐから逃げろ。いいな?」
修練場の入り口から姿を現したソレは全身漆黒のフルプレート、揺らめく深紅のマントに霧がかかった様に霞む姿、兜から覗く2つの紅い眼光………
「やはり黒騎士………なのか」
何故ここに黒騎士が…いや、心当たりはある。俺は……
「とうとう俺を処刑しに来たのか……」
一歩、また一歩と歩く黒騎士に俺は自然と後退りする。
間違いない……この威圧感は本物だ。
「エリー、いいか?絶対に手を出さずに逃げるんだ、じゃないとエリーまで巻き込まれる」
「マスター?」
不安そうに見つめるエリーに笑いかけると言葉を紡ぐ。
「俺はね、魔族なんだ。君に助けられたあの日俺はある任務に失敗してね…同僚を振り切って逃げてきたのさ」
「なにを、言ってるの…?」
もう10年以上前になるのか…思えば長かった様で短い時間だったな。
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「はぁ、はぁ、はぁ………」
もう、限界か。追手は巻いたがここがどこなのかさえも判らない…
近くの木にもたれ掛かると地面へと座り込む。
全身は切り傷だらけ、何ヵ所かは剣で貫かれた…これは無事に逃げ切れた、とは言えないな。
「はは…唯一の幸運は黒騎士に追われなかったという事だけだな…まあ…………裏切りの、末路は…こんなもんか……」
裏切った魔族や逃亡兵は黒騎士に切り捨てられるのが常だが…俺はその点では幸運だったのだろうな…だがどのみち後は魔獣に喰われて終わりだろう。
その時、ガサガサという音が近づいてきた…多分魔獣が血の匂いを嗅ぎ付けてきたんだろう。
「おにぃ!!こっち!人が倒れてるよ!」
「だから走んなっていってんだろ!エリー!……ってこいつはやべぇ!大丈夫か?!」
駆け寄る男と…心配そうに見つめる少女…エリーを見てもしかしたら助かるのかもしれないという希望が見えた。
それから色々あって冒険者になり、ランクも上へ上り詰めた。
だがあるダンジョンで俺達は敗北しエリーの兄は死んで俺とエリーは命からがらで街へと戻ってきた。
エリーはその時に受けた傷が原因で冒険者を引退し、俺はギルドの推薦で支部を任される事になった訳だ。
本当に色々な事があったな…
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「……ふ、これが走馬灯ってやつか…俺の命はくれてやる!だがエリーには手出しさせんぞ!!」
双剣を引き抜いて一気に距離を詰めると左の剣で突きを放ち、右の剣で首を狙った斬撃を放つ。
高速で繰り出される連撃を黒騎士は何処からか取り出した禍々しい剣で弾いていく。
「……………」
「うぉぉぉぉぉ!!!舜連刃!!双竜波斬!」
金属同士がぶつかる音が響き渡り、剣と剣がぶつかり合う度に衝撃波が巻き起こる
オルトは黒騎士が攻撃する隙を与えないようにひたすら連続で剣を振り抜き更に加速していく。
まだだ、まだ!!
「俺は、こんなもんじゃねぇ!!昔とは違う!黒騎士だろうと大切なものに手出しはさせねぇ!」
「……………!?」
振り抜いた一撃はガードした黒騎士を弾き飛ばしよろけさせる。
「貰った!!『魔双一閃』!!」
強烈な踏み込みからの魔力で強化した双剣での2連撃は黒騎士に直撃して修練場の壁まで吹き飛ばした。
「はぁ、はぁ…やったか…?」
凄まじい数の連撃に加え、自身が使える魔力を限界まで注ぎ込んだ一撃を放ったオルトは肩で息をしながら土煙をあげている修練場の壁を見つめる。
……あれで倒せたならいいが………倒せてなかったら…
「……『イビルスラッシュ』」
土煙の中からそんな声が聞こえた瞬間、オルトめがけて黒い斬撃が走った。
オルトは咄嗟に持っていた剣を交差させてガードしたが黒い斬撃は止まらずガードしたオルトごと突き進んでいき今度はオルトが壁に叩きつけられた。
「マスター!?」
「来るな!早く…逃げろ」
オルトが立ち上がると同時に黒騎士が吹き飛ばされた場所の土煙が晴れ、剣を振り抜いた状態の黒騎士が姿を現す。
「くそ…俺は一撃でボロボロ、あいつは傷ひとつないってか……流石に魔族最強の黒騎士…だな」
剣を肩に担ぐ黒騎士は昔戦場で見ていた頃となにも変わらない。
違うのは昔は味方で今は敵だということだ。
「よくも!マスターはやらせない!」
「よせ!エリー!お前じゃ勝てない!」
駆け出すエリーに叫ぶオルト。
黒騎士は剣を構えると駆けてくるエリーに狙いを定めたのか黒騎士の持つ剣が黒い光を帯びる。
「………『イビル…』」
「『アクセル』『シャープネス』『ストレングス』!」
エリーは支援魔術を重ねて必殺の一撃を振り下ろし、それを迎え撃つように黒騎士の剣は地面を抉りながら振り抜かれ剣が交差した瞬間…エリーの剣は砕け散り首目掛けて黒騎士の剣が振り抜かれた。
「……あ、あれ?生きてる?」
首を斬られたと思ったエリーは何故か自分が生きているという事実に驚くが次の瞬間にはグラッと倒れていく。
それを黒騎士が受け止めて地面に寝かせるとゆっくりと鞘に剣を納めた。
なんだ?何が起こっている?黒騎士がエリーを見逃したとでも言うのか……?
黒騎士は剣を納めた後、ただ黙って佇んでいる…魔王城でそうしていた時の様に。
「一体何なんだ?俺を処刑しに来たんじゃないのか……?」
「…………」
黒騎士はゆっくりと首を振ると兜に手をかける。
黒い靄が解除され、兜を脱ぎ去ると何処かで見たことのある真っ赤な髪に真紅の瞳……
「…いや、あのね?いきなり攻撃するのはどうかと思う…私じゃなかったら死んでたよ……?」
ちょっとバツが悪そうに頭を掻くフィリアだった。