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地下都市グラダンへ 2―遭遇―

 龍の骸、カンシーンの大穴からのぞく地下都市の中心に、その神殿はある。

ギリシャの神殿を思わせる、荘厳な造りのそれはしかし半壊している。屋根から壁にかけて、何か巨大なものが激しくぶつけられたかのように崩れ落ちていた。

 神殿の入り口、その壁の上には、龍と女神が向き合っているような紋様がかろうじて見て取れる。


「同じだ…」


 ジオが呟いた。

 かつて、自分が見たものと同じものがそこにあった。けれど、かつてジオが見たそこは、もっと綺麗で、荘厳で、光り輝いていた。

 そこでジオは光球と出会い、都市の由来を聞かされる。


 光球が語った都市がここなのか、はっきりと断言は出来ない。しかし、その内容は、モリーティアの話とも、場所も一致する。

 ジオはゼルにむかって一度頷くと、神殿へと足を踏み入れた。


 神殿の中もまた、半壊している状態だったが、そこでジオはかつてみたものを同じものを見つける。


「……これだ。」


 ジオが吸い寄せられるようにそれへと歩いていく。ゼルも周りを見回しながら、ジオの後に続く。


「どうすりゃこんな壊れ方するんだろうな。」


ゼルの問いかけに、ジオは答えず、部屋の中央へと向かって歩いていく。


「ここに、光の球が降りてきて――」


 部屋の中央には豪華な掘り込みのある杯のような形をした台座があった。ジオが上を向くと、そこにはかつて見たような穴はなく、遠くに洞窟の岩肌が見えるだけだった。

 ため息をついてしまうジオ。その傍までやってきたゼルも上を見上げる。


「この上に穴があったんだよな?」

「ああ」


男が二人並んで空を見上げている図は少々シュールだが、二人ともそんな事は気にせずに何もない洞窟の岩肌をただ眺めていた。

結局、記憶の中と一致する紋様と台座くらいしか、見るものがなく、光球が降りてくることもなかったが、何故か二人は何かを待つようにしばらく天に見える岩肌を見ていた。


「みーつけたよー!」


そんな二人に突如テンテンからコールが入って、同時に体をびくりとさせていた。


-------------------------------


「でかっ」

「でかいね」


 月光獅子ルルを停止させて、テンテンとモリーティアの二人は後ろに倒れこむんじゃないかと言うほど背筋を反らしながら見上げていた。

 洞窟の岩肌をくりぬいて作られた何かの像、ジオの話では女神像だったというが、今はそのほとんどが原型をとどめておらず、顔の一部や体型の残った部分でかろうじて女性の像だとわかる程度だった。

 近づいてみるとその大きさがよくわかる。足の親指部分だけでも既に二人の背丈を大きく越えていた。


「あ、見え――ないな、これ」

「どこみてるんだよ…」


 テンテンのそんな呟きにモリーティアは呆れてしまっていた。

それから岩の壁に沿うようにルルを走らせていくと、何体目かの像の足元に火のついていない篝が両脇にある通路を発見する。石を積み上げたような壁に、石畳のような床はちょっとやそっとでは崩れなさそうな造りになっていた。


「これ?かなぁ?」

「断定は出来ないけど…他の像にはないのかな?」

「えっ、モリモリさん、全部調べる気?」


 思わず振り返ったテンテンにモリーティアは顎に指を添えるようにして腕組して何事か考えるようにしている。


「その挑戦受けた!」


突如テンテンが大声をあげ、ビシッとモリーティアを指差す。


「へっ?」

「しっかりつかまってなよう!」

「えっ?えっ?なん――ひゃあああっ!!」


そしてルルを急発進させたテンテンに、モリーティアは悲鳴をあげ、慌ててしがみつく。


 走る、走る。月光獅子(ルル)は風を切り、洞窟内狭しと駆け巡る。その背中では歓声と悲鳴が同時にわきあがり、洞窟内を騒がせていた。

 向かってくる竜種をも蹴散らしながらルルは駆け、あっというまに洞窟内を一周して、元の通路のところまで戻ってきた。


「いやぁ、他に通路らしきものはなかったけど、楽しかったね!」

「…………」

「あれ、モリモリさん?モリモリさーん?」


 モリーティアはテンテンにしがみついたままげっそりとしていて、言葉も出ない。ともすれば口から魂が抜けていきそうな表情をしていた。


「んん?」


 そんなモリーティアの様子にテンテンは首を傾げるばかりだった。


 それからルルの背中に倒れこんでへろへろになっているモリーティアをよそに、テンテンは他の四人に連絡を入れる。すぐさま三人がテンテンの指示した場所へとやってきた。もう一人は隠形を使っていてその姿は確認できないが、間違いなくその辺に――モリーティアの近くにはいるだろう。その証拠に、ルルが仕切りに周りを気にしていた。


 通路は天井が人二人分、幅が三人分くらいの広さを持っていて、見通しは悪くないが明かりが灯っていないため、その先は暗い。

 竜達の声は中から聞こえはしないが、ここへ来た時と同様、先頭を任されたジオは一瞬躊躇う。

広さは全然違うが、通路のつくり、石の質、そして先の見えない暗闇は、かつて自分が目を覚ましたところを思い出させた。口の中にあの感触が蘇ってくる。生きるために、生きたままのそれを喰った感触だ。

強烈な生臭さと歯ざわりが口の中に鮮明に蘇ってきて、吐き気を覚えた。


「ジオ?どうしたの?」


 歩みが止まってしまったジオに心配そうに声をかけるモリーティア。

何故かその瞬間、ジオの口の中の感触は一気に消え去って、正常に戻った。


「……あ、あぁ、大丈夫…」


 ジオがそんなモリーティアの顔をみて、ふっと優しい笑みを湛えた。


 ジオ達五人は陣形を組んで慎重に進んでいく。

途中いくつもの横穴が空いていたが、竜が潜んでいるわけでもなく、多くの場合その穴はすぐに行き止まりにぶち当たった。行き止まりには時々龍と女神が向き合っているあの紋様が刻まれていたが、その意味を解するものはジオ達の中にはいなかった。


 ジオ達はライトの明かりを頼りに暗闇を慎重に進んでいく。時折後ろから竜がやってくるが、ミサの触手に足止めされたところを、見えぬ刃で眉間や喉を突かれてあっというまに絶命していた。

 モリーティアを中心として、横をゼルとテンテンが固めているが、罠もなく、警戒するのは分かれ道や横穴のあるところくらいだから、さほど疲労の色は見えない。

しんがりをつとめるミサにしても、サラとの連携が思ったよりうまくいってて、少々楽しんでいる節もあった。

ジオはというと、時折あの暗闇を思い出しかけるが、後ろからモリーティアの視線を感じて、自分を奮い立たせていた。

 結局一番疲労を見せたのはモリーティアだ。

もともとモリーティアのスタミナは少ない。警戒しながらゆっくりとした歩みではあるのだが、他の四人の緊張が伝わってくるから自分だけのんびりしているわけにもいかず、同じように辺りに気を配り、自分を守ってくれている四人にも気を遣いながら進むから、スタミナというより気疲れの方が大きいのだろう。


「モリモリさん、大丈夫?」

「……はぁ……はぁ……うん…大丈夫……」


 汗が浮かんだ額に髪が張り付いている。そんなモリーティアの様子に、流石に一度休憩すべきかとゼルとテンテンに目配せをしてみるが、二人は首を振るばかり。

流石に、広くも明るくもないこの場所で休憩を取るには安全面にかける。敵は少ないが、いつ襲ってくるかわからないのだ。

けれど、モリーティアの限界も近いだろう事はゼルもテンテンも察しているから、どこかで折り合いをつけなければなるまい。


「もう少し進んだら休憩を取ろう」


振り返ったジオの言葉に、皆も無言で頷いた。


-----------------------------------


 一方マハリジの街では、編成が終了した第三次龍の骸調査隊が街を出発したところであった。

調査隊を仕切るのはやはりサムライ“ゴロー”。副官として緋の賢者“ルリ子”、ウォーロックマスター“んふっふ”が同行している。

 ハルおじさんとメッツは先行してトンネル谷を調査しているとのことで、それは行方不明になった“ジオ”なる人物の捜索がメインであることを彼らは知っていた。


「生きていればよいのですが…」

「……」


ルリ子の呟きにゴローは答えない。


 はっきりいってしまえば、ジオなる人物の生存は絶望的であろう。

暗闇が覆っていたと言うカンシーンの大穴。その暗闇が晴れた場所から覗く地下都市まではかなりの高度がある。あの高さから落ちたとすれば、たとえ耐性スキルを取っていたとしてもただではすまない。そして地下都市は竜種の巣窟になっているというから、動けない体で龍の餌食になるのが落ちだ。


 あの日、彼の友人だというモリーティアとミサというエルニムスとホビニムスの女性達の態度は目に余るものがあるとゴローは思っていた。

ハルおじさんの提案から捜索隊の編成まで、秘密裏にではあるが、可能な限りスピーディーに行ったつもりだった。生きている可能性があるのなら、と。

 ところが、彼女らはろくに話を聞いている風でもなく中座して出て行ってしまった。ルリ子は彼女らの気持ちを慮っているようではあったが、ゴローとしては、生きている可能性に賭け、彼女らの友人を救うために必死で準備を行ったのだ。

 今のわけのわからない状況で、龍の骸での成功に皆が不安を忘れる事ができた中に、たった一人の行方不明者という小さなひずみでさえ紛れ込ませたくはないから、その件は公表はしていない。その事だって状況を鑑みれば彼女らもわかってくれているはずだから、ゴローは協力してくれるものだとばかり思っていた。


 ところが蓋を開けてみれば不愉快そうな顔をして、話の最中にふらふらとでていってしまうあの態度。ホビニムスの方の女性はわざわざ頭を下げてくれたのだが、今ひとつ釈然としないものがゴローの中にはあった。

 ルリ子は変わらず彼女らの肩を持ち続けているのだが――


「彼女は待てるヒトだと思うわよ?けれど、それは相手を信頼できて、かつ、相手とつながりを感じているから待てる。何も言わず、突然いなくなった人間を待つ、というのは並大抵のことじゃない。ともすればバカよ。けれど、彼女は待とうとしてる、そんな気がする」

「わかるのか?」

「ただの勘よ、彼女の瞳は死んでなかったから」


ルリ子が何をいっているのか、ゴローにはさっぱりだ。チンプンカンプンで顎に手を当てて首をひねっている。


「そういうあんたは嫌いじゃない」

「やめんか」


耳元で妖艶にささやくルリ子に、ゴローはうっとおしそう(・・・・・・・)に払うようにして手を振った。


 そんな二人の様子には目もくれず、んふっふ(・・・・)は深く被ったフードの下で、ニヤリと笑みを浮かべていた。

それを見止める者は誰もいない。

そして、彼が何を考えているかを知るものは、そこにはいなかった。


----------------------------


 休憩を提案してからまもなく、暗闇しかなかったその先に微かな光が見えた。


「出口?」


 疲労で息も絶え絶えにモリーティアが呟いた。

ジオ達が地下都市で見つけた通路からどれくらい歩いたかと言うと、単純に計算してもカンシーンの大穴から地下都市グラダンまでへの直線距離の五分の一ほどだ。

 出口というには短すぎるから、モリーティアの呟きには誰も答えない。けれど、光源があるならともすれば休憩を取れるかもしれないと思い立ったモリーティアを除く五人は、少し足早になってしまって、モリーティアも慌てて歩調を合わせる。

 やがて光は段々はっきりしてきて、確かにそこには何かしらの光源がある事を教えてくれる。


 そこはこれまで歩いてきた通路が狭いとすら思えるほど開けた場所だった。

石でできた壁は相変わらずだが、天井の岩肌まで吹き抜けになっていて、その途中に渡り廊下のように通路が掛けられているのが見える。が、それもかなり高い部分での話で、あちらから見ればこっちは地の底といったところだろう。天井の岩肌に、地下都市にあった光球と同じようなものが据え付けられているようだ。これが光の正体だろう。


 それよりも五人の目に飛び込んできたのは、その床に散らばる大量の骨だった。

一つ一つの骨が大きいから人間のそれでないとわかるものの、その質感は天井の光を反射して不気味に輝いている。


「うぇ…なにここ…きもちわる…」


 部屋の様子をみたモリーティアが思わず呟く。


「モリモリさん、離れないでね」

「う、うん」


 ジオの背中にぴたりと張り付くようにしてキョロキョロとあたりの骨を見回すモリーティア。

続いて入ってきたゼルやテンテン、ミサもまた部屋の様子に眉をひそめて、より一層警戒を強めた。

当然、モリーティアの後ろに控えているサラも警戒を強めている。

 その何者をも射殺すような視線は、モリーティアに張り付かれているジオを貫いているのだが。


油断なく辺りを見回す五人だったが、床に散らばった骨、うず高く積まれた骨の山以外には、敵の姿も見当たらない。


「あ、あれ!」


 モリーティアが何かに気付いて声を上げる、指差した先は、骨の山のさらに後ろ。ジオ達が入ってきた通路の真正面に、入ってきた通路と同じように通路口があり、その両脇には、今度はただしく篝火として火が灯っていた。


「……まだ、先は長い、か…よし、もう少し様子を見て安全そうならちょっと休憩してからあっちに向かうとしよう。」


 警戒しながら進んでいく五人だったが、部屋の中央まで来たところで、何も起こらなかったから一瞬ほっとする一行。

だが――


「ね、ねぇ、ジオ、この音何?」

「……なんだ?」


 突如部屋中から、カタカタと硬いもので床を叩くような音が響いてくる。そして、その音は段々と大きくなって――


「ジオ!下がれ!」


 ゼルの叫びと共に部屋中の骨が一箇所へと一斉に集まりだした。

そしてそれはきしむような音をたてながら積み重なっていき、やがて一つの巨大な骨の塊と化す。


「おいおいおいおい、まじかよ!」


ゼルがそれを見上げて悲鳴にも似た叫び声をあげた。


五人の目の前には、巨大な、骨で出来た竜が姿を現した――

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