地下都市グラダンへ 3―骨竜―
部屋中の骨が一箇所に吸い寄せられるかのように集まっていく。
その光景はまるで骨の竜巻のようだった。
「下がれ!通路まで下がるぞ!」
ゼルが叫ぶ。骨の竜巻というありえない光景に一瞬目を奪われていた四人だったが、ゼルの叫びに我に返った。
骨の竜巻からは目を離さずに通路まで後ずさっていく一行。だが――
「お、おいおいっ!マジか!!」
もうすぐ通路というところでまたもゼルの叫びが木魂する。
振り返ると、骨の竜巻から無数の骨の破片が通路へと殺到し、ジグソーパズルを嵌め込むように通路口を埋めていく光景がジオの目に飛び込んできた。
「テンテンさん!モリモリさんだけでも外へ!!」
ジオが叫ぶのとテンテンが軽功を発動しモリーティアを抱えて走り出すのは同時だった。
「だめ!間に合わない!」
ミサの叫びと共に通路口は完全に骨で埋められてしまっていた。モリーティアを抱えたテンテンはあと一歩と言うところで通路口には届かなかった。
「だったらあっち――」
軽功での速度を維持したまま反転したテンテンだったが、反対側の通路ばかりか、渡り廊下が見える天井までをも骨片が埋め尽くしていく光景がテンテンと抱えられていたモリーティアの目に映った。
「くそ!逃げ場がねぇ!」
ゼルが叫びながらカバンから盾を取り出して腕に装着する。
同時に骨の竜巻は収束していき、そこからのっそりと顔を出したのは地上竜の形を取った骨の塊だった。
「な……」
そのあまりの巨大さに絶句するジオ。ゼルやミサも思わず呆気にとられて見上げてしまう。
太い二本足に、頭から尻尾まで流線型のなだらかな曲線を描き、その前足は小さいが骨で出来た鋭い爪がある。頭もまた竜の骨格のようになっていて、そのくぼんだ目の部分には黒い塊が渦巻いている。
口から漏れ出る黒いもやと、光がなく黒しかない目は、禍々しさを具現化したようだった。
骨の竜は、ジオ達三人を一瞥し、それからテンテンとモリーティアの方を見やる。
そしてまるで咆哮するかのように口を大きく開けた。声帯がないからか、咆哮は聞こえなかったが、変わりにその口からは黒い霧がガス状に噴出していた。その直後、骨の竜はテンテンとモリーティア目掛けて歩き始める。
「モリモリさん!テンテンさん!」
「この!ヘイト・アトラクション!!」
その巨体の所為か、竜の骨の動きは緩慢だが、もともとその巨体に対して部屋が狭い。それ故に数歩歩けばあっというまにその距離は縮まってしまうだろう。
ジオが二人にむけて走り出し、ゼルが間髪いれず注意を自分に向けさせようとする。が――
「きかねぇ!」
ゼルの盾から幻影の鎖が飛び出して巨大な骨の竜を縛り上げ、吸い込まれるようにして消える。
一瞬歩みを止めてゼルの方に首を向けるが、次の瞬間には再びテンテンとモリーティアがいる方向へ向けて歩き始める。
しかし、テンテンの行動は早い。モリーティアを抱えて軽功で走り出すと、自分の方へ向けて歩みを進める骨の竜の股座をくぐってジオ達のところへと戻る。モリーティアをミサに任せて、再び軽功から壁を蹴って骨の竜の真正面に立った。
だが、骨の竜はまたもそこで歩みを止め、テンテンをじっと見る。突如踵を返してジオ達の方へ向けて大きく口をあけ、咆哮の真似事をすると、今度はジオ達の方へ向けて歩き出した。
(これ、狙われてるのって…)
ジオがちらりとモリーティアをみる。そのモリーティアはミサの陰に隠れて怯える様にして骨の竜を見ていた。
「テンテンさん!モリモリさんを!」
「がってんだ!」
テンテンもまた骨の竜の狙いに気付いていたらしく、既にモリーティアに向けて走り出していた。
「ゼル、ここを頼む!」
「ああ!」
ジオが大鎌を取り出してその切っ先を骨の竜へ向ける。
「コーティングオブマッド!」
鎌の先から紫色の光が出現し、それは骨の竜の足元へと魔方陣を象る。そこから泥が足へ絡みつくようにして覆っていく。その隙を縫ってテンテンが骨の竜の足元を駆け抜ける。上げかけていた足を封じられたが、しかし、無理やりその足を振り上げてまとわりつく泥を振り払った。
「フェスティバルオブリーパー!」
コーティングオブマッドを発動すると共に走り出していたジオが泥が残った足目掛けて大鎌を振るう。
それは虚空を切ったようにみえる、が、斬撃が見えない無数の刃となってその足へと向かっていく。
「ハンディングバインズ!」
間髪いれずに技を振るう。無数の手が骨の竜の足をつかみ振り上げた足を地上へ戻そうと引っ張り始めたところへ、フェスティバルオブリーパーの無数の斬撃が足の付け根を切り刻んでいく。
それでもなお足を振り上げようとする骨の竜だったが無数の斬撃により足の付け根が千切れ始める。
「もう一発!」
千切れ始めた足へと向けてジオがフェスティバルオブリーパーを再び放つ。足の崩壊が進み、完全にバランスを崩した竜の体がぐらりと傾いた。
「イビルナイトシールド!」
「アウラオブウォル!」
ジオを黒いオーラが、ゼルとその周りにいた三人を白いオーラが覆っていく。
「テンテンちゃん!」
ゼルの声に、白いオーラが自分とモリーティアを覆いつくしたのを確認したテンテンがモリーティアを抱えてそこから離れていく。しかし、骨の竜はその視線をモリーティアから離してはいなかった。
ジオが竜の脇を走り抜けると同時に、バランスを崩していた巨体は頭から地面に突っ込んで骨粉を舞い上げる。足を構成していた骨が胴体から千切れるやいなや、バラバラになってその場に散乱した。が、すぐにそのちぎれた場所に再び骨が集まっていき足を再構成し始める。
モリーティアとテンテンの方を向いたままの竜は小刻みに震え始めると、体のあちらこちらからその巨体に比べると小さくはあるが、いくつもの骨を床に落として、カランと小気味いい音を立てる。
床に落ちて跳ねた骨がその一瞬の間をおいてモリーティアを抱えたテンテンの背中めがけて、意志を持ったかのように一直線に飛んでいく。その様はまるで骨の矢のようだった
「なぁっ!?」
驚きの声を上げたテンテンが骨の矢から逃れるようにジグザグに走っていく。テンテンの走るすぐ後に、まるで道ができたかのように次々と骨の矢が刺さっていった。
一方、その間に崩れた足の修復を終えた竜が、今度はジオの方へ、その鼻先を向ける。
一歩踏み出した竜は、大きく口を開けるとジオめがけてその巨大な頭を振り下ろしてきた。たまらず後ろへ飛びのくジオ。竜の頭はそのまま地面に激突――せずにギリギリのところでピタリととまると、今度は頭をひねりながら飛びのいたジオへと迫るように首を伸ばした。
「やべっ!」
迫り来る巨大な口に、ジオの逃げ場が無い。後ろへ飛びのいても首を伸ばせる範囲の外に出るとは限らないし、左右ではいずれにしても勢いよく伸びてくる顎か鼻にぶち当てられてただではすまない。
「ウォードッグフォーム!!」
選択肢は一つしかなかった。
頭を横にしてまっすぐ迫ってくる竜に対して、逃げ場はそこしかない。
叫ぶと共に、ジオの体が一瞬で大きな犬の姿に変わる。手にしていた鎌を口にくわえ、四肢で床を蹴って大きく跳躍する。直後、それまでジオがいた場所を竜の頭がすべるように過ぎ去っていった。
少しでも遅ければあの口に飲み込まれていただろう。ジオの背筋をひやりとしたものが通り過ぎていった。
着地したジオはそのままの姿で疾走し骨の竜との距離を取る。それを見透かしたように空を切る音がして、走っていくジオを追うように、先刻のテンテンよろしく骨の道が出来ていく。
骨の矢をかろうじてかわしながら駆けていくジオが横目でゼルたちの方を見ると、ミサが蔓の盾を展開しながらゼルの前に立ち、ゼルは詠唱を始めていた。その意図を察したジオが急旋回して、ゼル達からも距離を取り始める。執拗に追いかけてくる骨の矢と、竜の動きにも注意を払って、ゼル達から竜を遠ざけるように誘導を始めた。
「まだなんですか!ゼルさん!」
「もうちょい、まて、もうすこし…!」
ゼルの足元に魔方陣が描かれていく。ゼルを中心として、かなりの範囲まで広がっている魔方陣は、その大きさに比例してゆっくりと光の軌跡を描きながら展開されていく。ミサが逃げ惑うジオとテンテン達を気にしながらも、ゼルにその流れ矢が当たらないように、真正面で蔓の盾を展開してくれていた。
「助かるぜ、ミサちゃん。」
「いいからはやく!」
「はやくといってもこればっかりはな…」
目の前の小さな女の子に盾をさせる、それはゼルにとっては少々、いや大分形無しであるし、女の子に盾などさせたくないのだが、現状打破をするには今はそれしか思いつかない。
「あ!!」
ミサが受け損ねた骨の矢が一直線に動けないゼルへと向かう。
「幼女に盾をさせるとは、情けない男だ――」
だが、その骨の矢は何もない空中に突如として現れた短剣ではじかれた。
「恩に着るぜ、アサメイ」
骨の矢とともに短剣が地に落ちるのを見てゼルが呟く。
「まったく、早くしろ。モリモリさんが危ない」
「はいはい、まぁ、みてろって。」
魔方陣が完成し、そこからまばゆいほどの輝きがあふれる。
それは聖なる光。魔方陣からゆっくりと浮かび上がってくるのは聖なる光を湛えた球体だった。
「セイクリッド・ライトニング・ボール…いっけぇぇぇっ!!」
漏れでた聖なる光が骨の竜の黒いもやを焼いて、その事に気付いた竜が振り返る。
「遅いぜ!!」
その時にはすでに、魔方陣からその姿を全て露出した、まばゆい光を放つ球体が竜へ向けて放たれるところだった。
カタカタカタカタ…
ジオとテンテン達を襲っていた骨の矢が一斉に竜の元へ戻り始め、その竜の前に分厚い壁を形成していく。脅威を感じたのだろうか?竜がそのまま息を吸い込むような動作を取った。
勢い良く放たれた光球は、形成中だった骨の障壁をいとも簡単に粉砕し、骨の竜に向かっていく。
「フィーラープラント!」
「コーティングオブマッド!ハンディングバインズ!!」
光球の後ろからはミサの触手が、そして竜の後ろからウォードッグ形態を解いたジオが泥と死霊の手で、わずかでも竜を逃すまいと拘束を駆ける。
光球はそのまま拘束された竜に衝突し、さらに光を放ち始め、大爆発を起す。
その爆風は床に散らばっていた骨の破片を大きく舞い上げて、土煙ならぬ骨煙を巻き起こす。
「どうだ!?」
ゼルが叫ぶ。蔓の盾を展開して爆風をしのいだミサと、硬気功で自身とモリーティアへのダメージを防いだテンテンも、もうもうと立ち上る骨煙を固唾を呑んで見守る。
「みんな!よけろ!まだだ!!」
竜の後ろにいたはずのジオが骨煙の中から駆けて来て、叫び声と同時に煙の中から無数の骨の矢が降り注いだ。
「うぉおっ!!アウラオブウォル!!」
「スプラウト・アウェイクニング・ラピッド・ハーベスト!!」
「モリモリさん!つかまってぇっ!!」
「わあぁっ!!」
ゼルが再び白いオーラを発し、ミサが目の前に巨大な木を発芽させる。テンテンがモリーティアを掴んで、その木まで軽功で走った。
「ヘルリフィル!イビルナイトシールド!」
テンテンとモリーティアを補助するように木の傍まで走ってきたジオも防御系反射系の魔法や技を発動させて、二人が木の影まで隠れる時間を稼ぐ。それでも避けきれない矢は、サラが短剣を投げて弾いてくれていた。
どうにか全員が木の影に隠れたが、無数の骨の矢の前に、この矢の雨が止むまで一歩たりとも動く事は出来ずにいた。
プシュウウウウウウッ!!
ようやく骨の矢が収まりかけた頃、勢い良く水蒸気が漏れるような音と共に、黒い霧がジオ達が隠れる木の影から迫ってきていた――




