コナミコマンド
ぼくらは破裂しかかった果実のようなヒビを見せる建物の中に入ろうとする。少し浮かんではいたけれど、階段だけはしっかりと地面に繋がっていた。
階段を登ろうとすると、建物の奥からプレイヤーが出てきた。男だ。すれ違いざまに顔を見ると、表情は弛緩しきっていて、満面の笑みを浮かべていた。
中に何があるのか、ぼくは気になった。
しかしそんなことを考えている間もなく、キュービは扉を開け、建物の中へと入った。
中に入ると廊下が見えた。
「コウ君、暗いね」
こんな所で怖がるリッカではなさそうだったけれど、歩みは止まっていた。
赤いカーペットが敷かれ、鎧が置かれ、等間隔に燭台が置かれている。そしてそんな廊下には窓がなかったため、廊下全体は暗く、唯一の光源は燭台の火の光だけだった。
それだけでも十分に不気味だった。しかもこの廊下はさらに不気味なことに、建物の外観からは想像できないほど長く、奥は暗くて見えなかった。
「バグのせいでこうなっちゃっているんですが、ちゃんとした廊下ですよ」
とことこと、小柄なキュービは一人奥へと先へ進んでいく。
ぼくらもそれについていく。
すると横にあった扉からプレイヤーが出てきた。
そのプレイヤーもまた満面の笑みを浮かべ、建物の外へと向かっていった。
気になったぼくはたまらず聞いた。
「キュービさん。この部屋は何ですか?」
キュービはくるりと振り返り、言った。
「そこは集会所ですよ。私たちのギルドは演説をする時もありますので、聴衆の方々にはその集会所に集まってもらうんです」
「演説? キュービさんがやるんですか?」
「まさか。私がやっても、眠たくなるだけですよ?」
確かに、おっとりとした喋り方だから、演説には不向きだろう。
「演説はギルドの長がやるんです。でも今は演説の時間ではないので、ギルドのメンバーの誰かが、プレイヤーの人たちと相談している所だと思いますよ」
「相談ですか」
「はい。仮想現実にも色々とありますからね。現実に戻れないことを不安に思う人や、恋愛相談から、ストーカー対策まで。色々ですよ」
つまり笑みを浮かべていたプレイヤーは、相談したことで不安を取りのぞいたということだろうか。
不安と相談。その言葉を聞いてぼくはふと、トラウムにいるポッチェのことを思い出した。
ポッチェはぼくとの別れ際に、生きる意味を失う人たちのために娯楽を作ると言っていた。
どこまで実現したのかは聞いていない。
しかし不安と向き合う姿勢は、このギルドもポッチェも似ているのかもしれない。
「ストーカー対策ってどうやるの?」
会話に割り込んできたのはフィオナだった。
「相談相手の代わりに、私たちギルドのメンバーが相手をぶった斬ります。言葉ではなく物理で。これで即、解決するんですよ」
おっとりとしたキュービの口から、物騒な言葉が飛び出す。
「なるほど、それは確かに心強いわね」
感心したようにフィオナはうなずいた。
確かにこのギルドのメンバーがボディーガードになるのなら、ストーカー相手には十分な威嚇になるだろう。一度斬られたら意欲を失うに違いない。
ただぼくはフィオナのように感心はできそうにない。口にはしないけれど、物騒だと素直に思う。
「集会場はあとでまた案内しますよ。それよりギルドの長の部屋へ行きましょう。『まだか』というチャットがさっきから私に飛んでくるほど、みなさんに早く会いたいそうです」
「えっ……そうだったんですね。何だか関係のない質問をしてすみません」
ぼくは平謝りをする。
「いえいえ、長も怒っている訳ではないので結構ですよ。では行きましょう」
そう言って廊下をまっすぐに進む。
少しすると廊下はおわり、扉が目の前に現れた。キュービはその扉を開いた。
扉を開けると、また同じような長い廊下が視界に飛び込んできた。
「1番奥にある扉まで行きます」
そう言ってキュービはとことこと歩きだす。ぼくらはそれに黙ってついていく。
そして廊下の奥にあった扉を開く。
するとまた長い廊下が視界に飛び込んできた。
「また廊下?」
アサノの疲れた声が聞こえた。
「はい、廊下です。お疲れかもしれませんが、まだまだ続きます。しっかりと扉を閉めて……」
ガチャリと重々しい音がして、扉が閉まる。
そしてキュービは閉じた扉をすぐに開けた。
「みなさん、こっちですよ」
そう言ってキュービはさっきまで歩いていた廊下に戻っていく。
「えっ、戻るの?」
フィオナが驚きの声をあげる。
「いえ、戻っているように見えるかもしれませんが、これが正しい道なんです」
「どういうこと? もしかしてバグのせいで廊下もめちゃくちゃになっているって言うの?」
「その通りです。実はこの廊下、さっき歩いた廊下とは違うんですよ。3Dモデルは使いまわしですけどね」
驚いたり疲れたりしているぼくらを見て、キュービは楽しそうに言った。
「それじゃまるで迷路じゃない。ちゃんとたどり着けるの?」
フィオナは顔をしかめて言った。
「ここに侵入する人は迷うでしょうね。でも私たちはちゃんとたどり着けますよ。ルートは偶然にも『コナミコマンド』と一緒ですからね」
「『コナミコマンド』?」
「知りませんか……そうですよね。このゲームで遊ぶ、ヘッドマウントディスプレイ世代の人たちには馴染みのない単語ですよね」
その言葉では残念そうに聞こえたけれど、キュービの声のトーンは下がらず、実に楽しそうだった。
「『コナミコマンド』ってなに?」
フィオナが囁くように質問をしてきた。
「知らないよ。昔流行った言葉かなんかだろう。本人に聞けば教えてくれるんじゃないか?」
「それは……なんか嫌よ」
まあ、そうだろう。
一度聞いて、世代差を指摘された。しかもフィオナよりも幼い姿のプレイヤーに嬉しそうに言われたのだ。
フィオナはきっと見下されていると思ったのだろう。
ただ、だからといってぼくから聞くことはなかった。
聞いたところであまり意味のない話だろうと思ったし、ぼくは早くギルドの長に会いたかった。
わざわざ待ってくれているのだから、大事な話があるのだろう。その内容が何なのか予想ができない分、気になった。
それに加えて、アルビオンに入ってから一度も言葉を発しないベルクがいる。
ベルクは建物に入ってから、より顔から生気がなくなったように見えた。死でも覚悟しているかのような、そんな絶望的な表情だ。
きっとロクでもないことを隠していたに違いない。
気の毒だとは思いつつも、ぼくはその真相も確かめるべく、歩みを進めた。
どういう構造なのかまったくわからない長い廊下を、キュービは迷うことなく進んだ。
引き返して入り口にでも戻るのかと思いきや、左にあった扉を開け、今度は右に進み……と、本当は迷っているんじゃないかと思えるほど道筋はめちゃくちゃだった。
外観からは想像できないバグが起こっているとはいえ、奇妙にもほどがあるし、何よりゴールがわからないことがぼくをさらに疲れさせた。
だけど、キュービは急に立ち止まった。
キュービの前には、虎やライオンや象といった獣のレリーフが両側にかたどられた荘厳な扉があった。どう見ても今まで見てきた廊下の扉とは違っていた。
「ここか?」
ぼくがそう尋ねると、
「そうです、お待たせしました。この先に私たちギルドの長、アギトがいます。どうぞ、お入りください」
キュービは扉に手をかけて、一礼をしながら中へ手招きをした。その動作はまるで想像上の貴族の屋敷にいるメイドのように丁寧だ。
ぼくら全員が部屋に入るのを確認してから、キュービは中に入って扉をゆっくりと閉めた。
ギルドの長がいる部屋の天井はトーラスの屋敷のようには高くなかったが、部屋は広かった。
その光景は部屋というより、体育の時間によく行く剣道部とかの部室に近く、無駄なものがほとんど見当たらなかった。剣道部の部室との違いは、来客用のために置かれたであろうソファー2脚ぐらいしかなかった。
そして、部屋の奥には玉座があり、そこには人が座っていた。
「待っていたよ、バグラーの諸君」
玉座に座る男は、毅然とした態度で言った。
声はキュービとは反対に大きく、そして美しいオペラのように明瞭に聞こえた。
「あなたがアギトさんですか?」
ぼくは言った。
「そうだ。まあ遠慮することはない。君たちは客人だ。そこのソファーにでもかけてくれ」
「ありがとうございます、アギトさん」
「あー、あと。アギトさん、じゃなくてアギトでいい。その代わり、君たちのことも親しみを込めてコウと呼ばせてもらってもいいか?」
「えっ……?」
ソファーに座る動作が途中で止まる。
いきなり呼び捨てにされたことに、ぼくが驚いたわけじゃなかった。
どうしてぼくの名前を知っている?
「あっ、初対面なのに呼び捨てはさすがに変か。でもキュービから君たちのことは全部チャットで聞いていたからな。そう警戒するなよ」
アギトは笑みを浮かべて、「どうぞ」とソファーに座るよう手で合図をした。
ぼくは少しだけ戸惑いながらも、ようやくソファーに座ることができた。
アギトの笑みが、ぼくには怖く見えた。
アギトの鋭くとがって見える鼻梁、20歳は軽く超えたぐらいに見える大人な顔立ち、短髪にまとまった金色の髪、そして赤く染まった双眸のすべてが威圧的だった。しかもそれだけではなく、背に収まった大剣や腰につけている2本の短剣や赤く重々しい鎧もまた、アギトの強さを誇張しているかのようで、居心地の悪さに拍車をかけていた。
「お姉ちゃん……」
その恐怖をもっとも顔に出していたのはアイリだったが、フィオナと一緒に座ることで泣かずに座ることができたようだった。
ぼくはその姿を見てホッとした。
しかしそれは一瞬のことで、アギトはぼくら全員が座るのを確認すると、すぐに口を開いた。
「俺もキュービも、もう聞いているかもしれないが君たちと同じバグラーだ」
その時、キュービは今まで被っていたフードを脱いだ。
青い双眸だけではなく、顔もようやく見ることができた。
髪はアルビオン周辺にある雪山のように真っ白だった。
そして、その白の髪の上をバグラー特有の虹色の光がはっきりと見えた。
アギトの赤い鎧にもまた、はっきりと虹色の光が走る。
「だが、1つだけ大きな違いがある」
ぼくらは誰も口を開かない。何か言いたくても、軽々しく言える雰囲気ではなかった。
だけどアギトは、そんなぼくらを気にすることなく喋り続けた。
「それはだな、俺たちはバグ・ノートリアスを決して倒さないんだ」
ぼくらに動揺が走る。声は出なくても表情でわかる。
全員が戸惑い、
「どうして……」
ぼくだけがなんとか声を絞り出した。恥ずかしいほど震えていたが、気にしている場合じゃないと思った。
「どうして? 答えは簡単さ。
ブラックアウトを起こし、世界を止めたのが、この俺だからさ」
アギトは気味の悪い笑みを浮かべた。




