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六十


 *


「――時間ですよ」


穏やかな、しかしどこか張り詰めた声に、クゼは顔を上げた。見えたのは、あの日とは対照的な晴れ渡った空と、よく見知った仲間の顔。

 今日は、漸(ようや)く彼らが世の表舞台に立つ日だ。


「いっちょ、やってやるか」


クゼは立ち上がって伸びをした。伸ばした腕の先は透き通った色の美しい青空だが、このところ雨が降っておらず、その美しさがとても恐ろしい。もう、禍(わざわい)は始まっていた。


「行くよ、クゼ」


 すぐ向こうに、ハクビが立っているのが見えた。

あの雨の日から、随分時間が経ったように思える。しかし、実際にはほんのひと月しか経っていなかった。その、ひと月が長かった。仲間も、増えた。


(やっとだ。やっと、動ける)


 このほんの一握りの集団が、この国に反旗を翻(ひるがえ)す時が来た。

クゼは、一度だけ振り返った。自身が育ち、世の無慈悲さに嘆き、そして決意した雨水(うすい)の地を。あの日、燃やし尽くした思い出の跡を。


「……行ってくる」


 かつて共に過ごした幼子たちとは、あの暴動の日より一度も会っていない。誰一人として、あの焼け跡に帰ってくる者は居なかった。散り散りになった彼らは、生きているのかも判らなかった。もとより気紛れに集まっていた子たちだ、集まらなければならないというわけでもなし、どこかで逞(たくま)しく生きているのかもしれない。

 クゼは歩き出した。向かうは、今日殺される予定の真王の元へ。


「さあ、始めよう」



――今、世界が廻り始める。



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